恋人のようなクッキー
優佳さんの顔に盛大な頭突きをしたお詫び(?)として、雑談に付き合う事になった湊月は、再び橘家のリビングで座っていた。
そこへ、お皿にクッキーのような茶菓子と麦茶をのせた優佳さんが、湊月の対面に位置する席へと腰を掛ける。
「これ、お口に合うか分かりませんが……」
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます……って、え!?これ、全然買えないって有名なお店のクッキーじゃないですか!?良いんですか!?」
目の前に並んだ茶菓子の累々を包んでいる、色彩鮮やかなパッケージに刻まれた『Re:crown』というお洒落なローマ字のフォント。
なんと、優佳さんが世間話のお供として持ってきた茶菓子の数々は、湊月でも知っている程有名なお店の、それも今一番話題性のあるクッキーだったのだ。
店頭ではまず間違いなく売り切れており、そもそもが数量生産な為、予約もしばらく待たなくては手に入らない程希少価値の高い幻のクッキー。
前にも似たような紹介をした激辛料理屋があったかと思うが、あれとは比べ物にならない程予約の待ち時間が長い。今では一年待ちもザラと言われていて、湊月がツイッターで見かけたこのクッキーのレビューでは、『胸に来る甘さは、まるで付き合う前の高校生男女が、両想いなのを何となく知っていながらLINEで好きな人誰~?と聞き合い、お互いにヒント出し合っているあの雰囲気そのものだ』と書かれていた為、中々に意味不明ながらも少なからず興味はそそられていた代物だ。
「えぇ、もちろん。従来の製品を改良した新作なので、その試食を兼ねて。ぜひ感想聞かせてください」
「改良……?買ったのをアレンジしたって事ですか?」
「う~ん……買ったのをアレンジというよりかは、開発段階で手を加えてます。この商品、作ってるの私なので」
「……ん?作ってるのが橘さん……?」
「はい。私のお店なので」
平然とした面持ちでそう言った優佳さん。
理解が追い付いていない湊月の脳内で、一つ一つ優佳さんの言葉を繋げてみる。
「てことは……Re:crownは橘さんのお店って事ですか?」
「そうですね。Re:crownは私のお店です」
ほんの少しの沈黙の後、湊月の頓狂な叫び声が腹の底から湧き上がり、それが部屋全体に響き渡った。
「えぇぇぇええ!?」
「ひっ!」
湊月の唐突な叫び声に、肩をビクッと震わせた優佳さん。
「あ、急に大きな声出してすみません。あまりにもビックリして!」
「い、いえ。驚くのも無理ないですし……」
苦笑にも似た柔らかな笑みでそう言った優佳さん。
湊月は、目の前に並べられたクッキーとそれを作った本人を交互に見ながら、決まりが悪い表情を浮かべた。
「えっと、その……俺なんかが有名店の新作を試食して良いのでしょうか……?」
「……?何故ですか?むしろ、あれを聞いてから食べるのを断られてしまうと、正直ちょっと
「あ、いえ!そういう意味では無くて!その、俺みたいなバカ舌が食べて良い品物じゃないというか……」
「そんな事気にする必要なんて無いですよ?ぜひ召し上がってください!」
「分かりました……では、頂きます」
緊張で
「……!」
「どう……でしょうか?」
少し不安気にその様子を見ている優佳さんが味の感想を尋ねてきたが、当の湊月は全ての五感が味覚に集中している為、その言葉が耳に入っていなかった。それほどまでに美味なのだ。
一口目で分かる丁度良いサクッと感。そして、それに追随するように、食べる前までは控えめだった甘い香りが爆発する。
味ももちろん絶品で、くどくないがしっかりとした生地の甘さと、生クリームの甘さが素晴らしい調和を見せている。しかし、甘すぎないのだ。この病みつきになる感覚に人は魅了されるのだろう。十分すぎるくらいに納得がいく。この味を表すならそう、
「恋人との日常……!」
「……え?」
おかしな事を言っているのは湊月にだって分かっている。そもそも恋人がいた事無いし。だが、そんな湊月でも、頭の中は知る由も無い恋人との日常──当たり前という名の幸せでいっぱいになってしまったのだ。
何をどう改良したのかは前の物を食べた事が無いし全く分からないが、あのレビューでは付き合う前だったのが、新作では付き合っている。落ち着いた幸せがここにはある。
「えっと、それは……美味しかったという事ですか?」
「はい!今を大切にします!」
「今を?それはまぁ大事な事ですが、味の感想は……?」
「めちゃくちゃ美味しいです!こんなに美味しいクッキー食べた事が無い!」
「ふぅ、それなら良かったです!小野寺君急に黙るから、美味しくないのかと思っちゃった」
張り詰めていた頬を緩ませて、安堵の溜息を漏らす優佳さん。
「ごめんなさい!あまりにも美味しくて!!」
「ふふ、私は製作段階でたくさん食べているので、良かったら全部召し上がって良いですよ?」
「ほんとですか!?うわー!ありがとうございます!!」
「もちろん!それを食べながら、少しお話を聞いてくれると嬉しいです」
嬉々としながら次のクッキーを手に取る湊月。
その様子を満足そうに眺めながら、優佳さんは口を開いた。
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そのー……変なお話書いてすみません!!
この話だけ見たら、グルメ系小説みたいですね笑
ただ、こういうの書いてみたくて!!
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