どっちが好きなの!
「痛てて……いつになったらこの怪我は治るんだ……?」
「しばらくは安静にしておきなさいってお医者さんに言われたんだから、言う事聞いて安静にしときなよ~。骨折してる腕じゃ、キーボードもマウスもまともに触れないでしょ?」
「いやでも……今来てるイベントずっと待ってたから、命かけて周回したいんですよ」
「はぁ……全くもう。後でウチがやっておくから、ね?今は安静に寝ておきな?」
「え、マジですか?じゃあ大人しく寝ておきます」
「みっつんあんな事があったのに、もうケロッとゲームしようとしてるの本当に神経がズ太いっていうか、狂人ゲーマーというか……」
そう言って、苦笑気味に笑う夏音。
人気VTuber
「そういえばみっつん。学校で今すっごい有名人になってるよ」
「……ちなみにそれは、良い意味でですか?それとも、悪い意味でですか?」
「う~ん。別に悪い意味では無いんじゃない?この学校の二年生にネットのおもちゃがいるぞ~って」
「それめちゃくちゃ悪い意味じゃないですか!」
「あはは、うそうそ。普通に、ネットで騒ぎになってる張本人がこの学校にいるらしいぞ位かな」
「それもそれで嫌ですけどね……まぁ、正直そうなる事は分かってたので仕方ないと言えば仕方ないんですが……」
「後悔……してる?」
「まさか。俺が予想してたのはもっと悲惨な結果だったので、これで済んで良かったとすら思ってます。リア凸配信してたポン酢サーモン達も逮捕されましたし。それに、
「ふふ、それは確かに神クリップだわ。でも大丈夫?エイム良すぎてチート疑われちゃううんじゃない?」
「界隈が荒れちゃいますね!!」
お互いに冗談を言い合って笑う二人。
しかし、今だからこそある意味ネタに昇華できているが、湊月が気絶して病院に運ばれたあの日、志穂も夏音も号泣で完全に気が動転してしまっていた。医師からは命に別状は無いと聞かされていたが、どうしても心配だった二人は深夜に近くの神社へ出向いて一時間程祈っていたのだが、もちろん湊月はそれを知る
「でもさ、本当に命に別状が無くて良かったよね。みっつんが吐血した時、このまま死んじゃうんじゃないかって気が気で無かったんだから」
「あはは……ご心配お掛けしました。でも実は、あれ本当の血じゃ無いんですよ?」
「えぇ!?そうなの!?」
「はい。最近所用で買ってた血糊をたまたま持ってて、それをアイツ等にバレないよう口に含んだだけです。ビックリしました?」
「そりゃビックリしたよ!……てか、所用で血糊持ってるってどういう状況?」
「今月の終わりに、志穂とオフラインのコスプレイベント参加する予定があって、その衣装作る為に買ってたんです。それがまさか、あんな所で役に立つなんて」
湊月が感慨深く一人で頷いていると、目を見開いた夏音は身をグッと乗り出して詰め寄った。
「待って!シホっちと二人でそんなイベント参加する予定だったの!?しかも衣装作りって事は、ウチに隠れて二人でコソコソ愛を育もうとしていたと!?」
「愛を育むって大袈裟な……大体、先輩そういうアニメのイベントとか全然興味無いじゃないですか?」
「確かに興味ないけど!無いけどさ!!」
「なら別に問題無いんじゃ……?」
「そういう事じゃないの!!ウチをハブりながら二人でイチャつこうとしてた事が問題なの!!」
「痛い痛い痛いっ!!先輩体揺さぶらないで!俺一応骨折してる病人です!!」
「天罰だよ天罰!酷い事しようとしてた天罰!!」
骨折している部分を刺激されて、鋭い痛みに悶絶する湊月。夏音は頬をぷくっと膨らませながら、湊月の体から手を離した。
「つまり、先輩は遊びに誘われてなくて拗ねてるって事ですか?」
「そうとも言う!」
「素直だ……。じゃあ、怪我が治ったら三人でどっか遊びに行きましょ」
「え~?やっぱりウチと遊びに行きたいんだぁ~?」
「うぅぅ……めんどくさい……」
「あ、今めんどくさいって言った!?ノンデリだ!!最低!!」
「言ってないです言ってないです」
「テキトウじゃん!!」
「あ、バレました?」
「やっぱテキトウだった!!」
夏音は、わざとらしく首を背けて「ふんっ!」と鼻を鳴らす。そんな様子を見ながら、ヘラヘラと謝罪をする湊月は、「そういえば」と何かを思い出したかのように話を切り出した。
「先輩はあの事件の後、志穂とは会いました?」
「ん~とね、その日に会ったきりかな~」
「俺もまだ会ってないんですよね」
「シホっち色んな事の対応に追われて本当に忙しそうだったからね。どっかのタイミングで連絡が来るとは思うけど……?」
「その連絡、実は昨日来たんです」
「そうなん?何て来てたの?」
「直接会って色々話したいって」
「うんうん」
「んで、志穂が今から来ます」
「うん……うん?今から?」
「えぇ。てか、時間的にはそろそろ──」
湊月がそこまで言ったところで、タイミング良くインターホンの音が家に鳴り響く。そして、返事を待たずに勢い良く開けられた玄関が閉まった時にはもう、入ってきた張本人は既に二階まで登って来ていた。
「湊月!!」
「志穂さん志穂さん。思春期男子の部屋を開ける時はノック位しましょうね?」
「え?あ、ごめん……って、何で天宮先輩がいるんですか!?」
「それはウチのセリフだよ?シホっちECEのスタッフと色んな対応に追われてたのに、みっつんの家に来ちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないですが、少しだけ時間を貰って来たんです。ていうか先輩、無抵抗の湊月に何か変な事してませんよね?」
「え~、変な事って~?もしかしたらしちゃったかも?」
「ッ!まぁいいです!それよりも──」
ニマニマとからかうような笑みを浮かべる夏音を
「うぅぅ……!みつきぃ!心配だったよぉ……!」
「ちょ、痛いっ!……志穂こそ、元気そうで本当に良かった」
そう言って、志穂の頭を優しくゆっくりと撫でる。大切な幼馴染の元気な姿を自身の目で確認できた所で、湊月はようやく心の底から安堵する事が出来た。肩から重荷を降ろしたかのような感覚で、心なしか骨折している部分の痛みが和らいだかのよう。
「本当に!本当にありがとう湊月!!それと、ごめんなさい!」
「志穂が謝る事じゃないよ。それに、俺がしたくてした事だからね」
「元はと言えば私の不注意のせいだから……!なのに……なのにっ!湊月がこんなにボロボロになって……ぐすっ。うわぁぁぁあん!!」
「はいはい、もう泣かない泣かない。志穂は笑ってる時が一番可愛いんだから。俺は、志穂を泣かせたかったんじゃなくて、楽しそうに笑っていてほしくてあぁいう事したんだから。ね?」
「すんっ……すんっ……うん。泣かない……ぐすっ」
「偉い偉い。志穂は、これからも今まで通り配信活動できそうなの?」
「うんっ!それもこれも、全部湊月のおかげ!!それと……夏音先輩も、ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみませんでした」
「あははっ!良いよ良いよ気にしないで。ユニット組んでる相方なんだから、これくらいは当然っしょ!それより、問題はみっつんの方なんだけど?」
「え?俺ですか?何かありましたっけ?」
「ウチ……褒められてない!!ウチの事を褒めて!!!!」
「ですから、何度も感謝を……」
「感謝はされこそ、褒められては無いもん!!あーあ、ウチも頑張ったはずなんだけどなぁ?みっつんにとっては、ウチの頑張りじゃ足らなかったかぁ……」
「いやいやいや!本当に助かりましたよ!俺の沽券が守られましたし!」
「え~ほんと~?」
唇を尖らせながら拗ねたような表情で言う夏音。
湊月は、何度も首を縦に振って首肯する。
「それなら褒めてくれても良くない?」
「褒めるって、どうやれば良いんです?」
「あ、ウチが決めて良いんだ?んーとね、じゃあキスして!今!!」
「キス!?それ別に褒めて無くないですか!?」
「はぁ……やっぱりみっつんにとってのウチは使い捨ての駒なんだね。数ある道具の一つか……すんすん」
「ウグ……わざとらしく泣き真似するの止めてください……」
「初恋で悪い男に引っかかったばかりに……天宮夏音はこれから男性恐怖症を患いながら生きていくと……」
「……ッ!あーもう!分かりました!!何でキスが褒める事に繋がるのか分かりませんが、良いですよ!どうぞ!!」
「やったー!あ、もちろん唇ね?」
「え!?唇は色々とマズイ気が──」
「はい!つべこべ言わなーい!」
湊月の必死な言葉を遮って顔を近付けた夏音。
ふわっと香る甘い匂いに
「……ん?」
ただその感じた感触というのは、柔らかいは柔らかいのだが芯に固いもの──まるで骨のような違和感を含んだ何かで……
──夏音先輩の唇って、こんなに硬さあったっけ?
心の中でとんでもなくデリカシーのない疑問を浮かべながらそーっと目を開けると、湊月と夏音の唇の間には二人のものではない第三者の人差し指と中指が。
「……シホっち?」
心底気まずそうに瞳を横に流している志穂が、湊月と夏音の唇の間から指を抜いた。
「……キスって、恋人同士がするものだと思うんですよね……」
「ちょっとシホっち!!キスを止めるのはさすがに無くない!?」
「だ、だって!おかしいじゃないですか!!先輩と湊月付き合ってないのに!」
「でもウチみっつんの事大好きだもん!大好きな人とはキスしたいものでしょ!」
「一般的におかしいって話をしてるんです!!ていうか、湊月の事大好きなのは私だって同じですから!!いいえ!!何なら、先輩よりも湊月の事大好きですから!!」
「はぁ!?そんな訳ないでしょ!!」
「そんな訳あります!!!」
段々と見慣れたいつもの光景に戻っていく三人の日常。二人の言い合いを黙って見ていた湊月は、この光景を自分は守れたんだなと少し誇らしくなり、自然と笑みが零れていた。
「みっつん何笑ってるの!?この性悪KY女にみっつんからも一言言ってよね!!」
「誰が性悪KY女ですか!?それなら先輩は痴女女狐女ですね!!」
「はぁ!?!?」
「何ですか!?」
「ふふふ。いやーなんか、いつも通りだなーって思って」
「それはいつも通り先輩がうるさいって意味よね!?」
「違うでしょ!いつも通りシホっちがうっとうしいって意味でしょ!」
「ん~、いつも通り楽しいって意味かな」
「この状況の何が楽しいわけ!?ていうかさ、みっつんがいつまでもはっきりしないからシホっちがずっと図々しいんだよ!?」
「なっ!!図々しさは良い勝負でしょう!?」
「でもさ、この際優劣はっきり付けたくない?」
「それはそうですが……湊月が、そんな短絡的にどっちが好きか決めてくれる性格なら、ここまで引きずって無いと思うんですけど?」
「そりゃね。だからウチ考えたの。まずは、どっちの推しが好きなのか決めて貰おうって」
「なるほど。確かにそれは気になるところですが……」
「ん?え、え……何か変な方向に走ってない?推しってまさか……」
困惑する湊月に対して、真剣な眼差しを向ける二人。そして、
「ねぇ!
「
何故かこういう状況では妙に息がピッタリな二人は、全く同じタイミングで同じ文言を言い放った。
「「どっちが好きなの!!」」
〈be continued〉
──────────────────
1章これにて完結です!ご拝読本当にありがとうございます!
皆様の応援が、止まりそうな指を何度も動かし、境ヒデりの頑張る理由となっています。
まだまだ未熟な物書きの一端ですが、これからもこのお話をご愛読頂けると幸いでございます。
次回からの2章にもこうご期待を!!物語の展開や重厚感が、グッと変わります!!
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