膨らむ感情は風船のように

「これどこの高校の制服だ?まぁいいや。全裸を配信で映されて、明日からもまともに学校行けるんかね?ねぇみつさん?」


 倒れ込んでいる湊月の髪の毛を掴んで、そう問いかけるポン酢サーモン。


 完全にテンパってしまい身動きの取れない他の男達は、明らかにエンターテイメントの枠から外れたポン酢サーモンの行動を止める事は出来ず、成す術もなくオロオロとしているしかなかった。


「……い、行けますよ。俺は……間違ったことは、していませんから……」

「あ、そう?じゃあ、何の気兼ねもなく全裸で土下座させられるわ」

「…………ッ!」


 最後の気力でポン酢サーモンを睨みつける湊月。そんな湊月の視線に訝し気な表情を浮かべたポン酢サーモンは、転がっているカメラを拾い視聴者リスナーに向けて声高らかに喋り始めた。


「えー、皆さんごめんなさい!配信がこのガキの乱入で少し荒れちゃいました!なので、今からコイツを全裸にして土下座させたいと思いまーす。その後は予定通り天使悪魔の家にリア凸を続行するので、その前座だと思ってお楽しみくださーい」


 話しながら、湊月の着ているブレザーに手を掛ける。


「おい。コイツの服脱がすの手伝って」

「……え、いや、でも。これ以上は……」

「何?お前も配信者として有名になりたいんじゃねーの?別に、今お前の個人情報ここで叫んでも良いんだけど?」

「ウッ……わ、分かったよ」


 突っ立ていた男の一人が渋々と頷き、ポン酢サーモンと共に湊月のブレザーへと手を掛けた。


 そのままブレザーを脱がし、ワイシャツを破る。湊月に残っているのはもう、中に着ていたシャツと下に穿いているズボンだけだ。いや、そのシャツすらたった今剥ぎ取られた為、上半身は一糸纏わぬ状態となってしまった。


 何万人もいる配信に自分の上裸が晒されているが湊月だが、自由に動く事が出来ない為ただひたすらにその屈辱に耐える他ない。


「アハハハハ!肌白すぎだし、細すぎだろ!俺等にニートとか言ってきたけど、本当は自分がニートなんじゃねーの?今着てる制服も何かのアニメのコスプレだろコレ!」


 心底楽しそうに笑うポン酢サーモン。


 湊月はもう、上裸を晒しあげられてるという事実から目を背け、何も考えないように目を瞑っているしかなかった。


 強がってはいるが、当然怖い。それもそうだろう。17歳の少年が、自分の全裸をインターネットに流されて永久的に玩具おもちゃにされようとしているのだ。学校でも、これから先の生活全てにも一生付きまとうこの恐怖。まるで、一生追いかけてくる殺人鬼のように。だが、


──後悔は、してない。


 これから先生きるのも辛くなるだろうし、まともな生活を送れるのかだって分からない。しかし、少なからず湊月はこうなる可能性を考慮していた。分かっていても尚、天使悪魔の──いや、志田志穂の平穏を守りたかった。もしかすると、もっとマシな方法はあったかもしれないが、今の湊月にはこれしか思いつかなかったのだから仕方ない。


「かっこ悪いなぁ……」


 湊月は、言葉として形を成したのか、それとも心の中で呟いたのかも分からない程に極僅かな声音で、誰へともなくボソッと一言をくうに残した。


「それじゃ!皆さんお楽しみの全裸土下座タイムでーす!!この配信は切り抜き全然オーケーなので、じゃんじゃん拡散しちゃって下さーい!」


 そう言って、湊月のズボンに手を付けようと腕を伸ばしたポン酢サーモン。


 様々な感情と思考が心と脳内を駆け巡るが、抵抗する事が出来ない湊月は奥歯を噛み締めて力強く目を瞑った。そしてそのまま、ズボンを脱がされようかとしたその時、


「アンタ等、やりすぎ」

「ひゃうっ!!」


 断末魔のような甲高い悲鳴が響き、ポン酢サーモンはしな垂れるようにその場で倒れた。


 何が起こっているのか理解不能な湊月は、ゆっくりと目を開ける。一番最初に目に入ったのは痛みに悶えてるポン酢サーモンで、次に視界に映ったのは湊月を庇うように前に立つ夏音の姿であった。


 混乱していて全く気付かなかったが、ぼやけた意識の中でパトカーのサイレンがうっすらと聞こえてきた。


「やっと……来たんだ……」

「うん。みっつん良く頑張ったね。ほんとに……本当にかっこよかった」


 湊月の頭を撫でながら、若干掠れた声音で優しく声を掛ける夏音。


「ッ!!このクソアマッ!!!」


 頭に血が昇って声を荒げたポン酢サーモン。だが、次の瞬間に続々と入ってきた警察官の姿を見て、動揺しながら座り込んでしまった。


「動くな!!警察だ!!!」

「ヤ、ヤベェよ!!おい、逃げるぞ!!」

「ち、違いますよ!!俺は何もしてないです!!コイツ等が全部やりました!」

「詳しい話は署で聞く!」


 乗り込んできた警察官を見て、唯々たじろぐ男達。一人は逃亡を図ろうと走り去り、一人は他人に全ての責任を押し付けようと必死に抗弁している。先程までの光景からは考えられない非常に滑稽で人間的な姿が、無機質なコンクリートに転がっているビデオカメラによって視聴者リスナーに届けられていた。


『ザマァ過ぎてワロタwwww』

『犯罪者おめでとー!』

『ガチ草wwww』

『良かったやん!大好きな撮れ高撮れてるよ!w』

『え、てか一瞬映った黒髪のJKめっちゃ可愛くなかった?』


 猛烈な早さで流れていくコメント欄。内容は一律として煽りやポン酢サーモン達への誹謗中傷で、数分前と同じ配信か目を疑うような手の平の返し方である。


「そっかぁ……志穂は、もう大丈夫なんだ……」


 目まぐるしい情景変化の中で、安堵の溜息を漏らす湊月。心に落ち着きが戻ってきたからなのか、必死に繋いでいた意識の糸が段々と千切れていく。


「そうだよ。みっつんが、シホっちを守ったの」

「……良かったぁ。志穂が無事なら、それで良いや」

「……ぐすっ。こんなになっても人の心配するの、優しすぎだよみっつん」

「……先輩。助けに、来てくれて、ありがとうござぃ──」

 

 そこまで言ったところで、ぷつんと意識が途切れて眼界が暗闇に覆われる。


 ずっと推していた大好きなVTuberの正体が実は志穂と夏音である事を知ったり、初対面の人間達にリンチにされたりと、これまでの──いや、この先の人生においてもここまで心と体が騒がしい日は無いだろう。傍から見れば最悪の日だ。それでも、湊月は今日という日が来なければ良かったとは思わない。何故なら、人生で初めて、ほんの少しだけ自分の事を好きになれたからだ。


 自分の部屋で溢れんばかりの涙を流しながら配信を見ていた志穂と、優しく湊月の頭を抱いている夏音。二人は、一人の少年に向けて計らずも同じ言霊を呟いた。心の底からの本音であり、口にすればする程重さが増していくその言葉。まるで、どんどん膨らんでいく風船のように。


「「大好き」」


───────────────────


風船って、膨らみすぎると……ね?


それはそうと、これにて第1章完結です!!読んでくださる皆様のおかげで、一先ず1章は全て書き切る事ができました!心から感謝申し上げます🙇‍♀️


また、第2章も頑張るのでこれからも何卒応援の程よろしくお願い致します!


あ、あの……もし良ければ1章完結記念という事で★と♥を頂けたりとか……?お願いします!!!

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