大荒れ配信

 湊月の声に反応し、訝し気に後ろを振り返ったポン酢サーモン。


「……何すか?まだ何か?」

「ポン酢サーモンさん達は、今やってる配信をきっかけに伸びて、ネット上で活動する配信者になりたいんですよね?そんでもって、好きな事をして生きていきたいと?」


 淡々とした声音でそう問いかける湊月。


「そうだけど、それが何?……あ、もしかしてみつさんも同じように配信者として伸びたい感じ?だから俺達の配信に乱入してきて売名しようとしてたんだ?もーだったら最初っからそう言って──」

「でもそれって、少しおかしくないですか?」


 ポン酢サーモンが勝手な解釈をして近付いて来ようとした時、それを遮るように言葉を発した湊月。その表情は、先程までの苦虫を潰したかのような顔とは一転して、相手の神経を逆撫でするような薄い笑みを貼り付けていた。


「何がおかしいんすか?」

「だって、配信者として好きな事して生きていきたいって言う割には、視聴者が打ってるコメントにただただ媚びへつらって、それがやって良い事なのか悪い事なのかも考えず脳死でカメラ回してるだけじゃないですか。前に少しお話した時、俺にはクリエイターとしてもエンターテイナーとしても才能があるとか言ってましたけど、今アンタがやってる事って操り人形と何が違うんですか?」

「……ッ!この企画を打ち出したのも俺だし、実行してんのも俺で、その結果視聴者がこぞって見に来てるんだから俺のエンターテイナーとしての才能だろ!」


 必死に抗弁するポン酢サーモンの姿を見て、「ふっ」と鼻で笑った湊月。そして、口端をほんのりと上げたまま言葉を続けた。


「やっぱり……一番肝心なとこ勘違いしてますよね?」

「は?だから、さっきから何を──」

「今アンタの配信に人が集まってんのは、『ECE』っていう大きな看板と天使悪魔あまつかでびるの話題性あってのものでアンタの実力じゃないって事だよ!」

「ッ!!そ、それでも俺の配信に人が来てるのは事実だろうがッ!」

「はぁ……どんだけバカなんですかマジで。じゃあ、もっと分かりやすく言ってあげますよ。視聴者リスナーはアンタ等みたいに頭が弱くないから、犯罪を犯すと生活が壊れるって理解しているんです。だから、アンタ等みたいな自分達の代わりに度が過ぎた事してくれるバカを煽って、その光景を面白がって見てるんですよ。でなきゃ、アンタ等みたいな何の面白味もない底辺配信者の配信なんて見る訳ないでしょ」


 湊月は何の躊躇いもなくそう言い切った。


 これを聞いたポン酢サーモン達は間違いなく逆上するだろうし、そうなった彼等は何をしでかすか予想もできない。だが、綴った文章の全てが嘘偽りの無い本音であり、湊月の心に後悔の念は微塵もなかった。


 それに何よりも、自分の最推しでもあり大切な幼馴染でもある志穂を泣かせたのだ。これでもまだ言い足りないというもの。しかし、湊月の口からその先の言葉が発せられる前に、強烈な痛みと衝撃が左頬に走り、男達を見据えていた視界が一瞬にして白く飛んでしまった。


「うるせぇ!!!」


 案の定逆上したポン酢サーモンは、プツっと何かの糸が切れたかのように湊月へと襲い掛かり、思い切り左頬を殴り飛ばした。鈍い音とポン酢サーモンの叫んだ木霊が響き、他の五人は唖然とその様子を眺めている。


「うるせぇうるせぇうるせぇッ!!俺をバカにするのもいい加減にしろよお前!!」

「痛──ッ!せ……正論言われたら暴力とか、社不にも程があるだろアンタ!」

「俺は社不じゃねぇ!!クソッ!クソッ!クソッ!!」


 我を忘れて無抵抗な湊月を殴り続けるポン酢サーモン。躊躇なく殴り続けるポン酢サーモンの姿を最初こそ呆然と眺めていた男達だったが、段々と表情に焦りが滲み始める。そして、湊月が口から吐血したタイミングで暴走するポン酢サーモンを止めに入った。


「お、おい!ちょっとやりすぎだって!!」

「こ……これマズくないか?口から血を吐き出したぞコイツ」

「俺は知らねぇからな!!」

「お、俺も知らねーぞ!ポン酢サーモンが勝手にやってる事なんだから!」

「良いからとりあえずコイツ抑えるの手伝えって!このままじゃ本当にやべぇって!」


 ポン酢サーモンの体を抑えながら口々と責任逃避を始める男達。


 その様を、完全に白ボケした眼界で見つめながら男達の声を聞いていた湊月は、ひっそりと口端を上げて自身の考え通りに事が進んだことを一人心の中で喜んだ。


──これで、コイツ等もうこの先に足を進めなくなったな。


 まぁ、それもそのはずだろう。元々はネットで結ばれた薄っぺらい関係性で、群れてたから強気に犯罪配信をできていただけの連中だ。一回その輪が崩れれば嫌でも脳裏によぎる、という事実と恐怖が。


「騒ぎすぎたし、警察呼ばれる前に一回逃げようぜ!このままじゃ本当に捕まっちまうよ!」

「そ、そうだな!また日を改めてリア凸配信すれば良いし……つか、ここまでの撮れ高でも十分視聴者の人達も楽しめたっしょ!」


 そう言って、男達の中の一人がスマホを取り出し、ポン酢サーモンの配信を画面に映す。我を忘れたポン酢サーモンがカメラを落とした為コンクリートの地面から映像は変わっていないが、そこに流れているコメント欄は男達が予想していたよりも数倍惨憺たるものになっていた。


『はぁ?ここまで来てヒヨるとかしょーもなさすぎだろ死ねよ』

『てかコイツ等がした事って未成年の少年リンチしたの配信に映してただけじゃね?』

『それなwwwタイトル詐欺すぎてキモイわ』

『人生終了おつかれ~ww』


 コメント欄の全てを見渡しても、リア凸配信を行っている六人を擁護するようなコメントは一つとして無い。呆れる程美しい手の平返しに、配信を見ていた男は目を見開いて声を荒げた。


「なッ!?さっきまで俺等の味方してくれてたじゃん!?人生終了お疲れって、別に俺等は何もヤバい事してないだろ!ヤバい事してんのはポン酢サーモンだけで!」


 しかし、言葉を並べれば並べる程視聴者リスナーからの攻撃は過激さを増す一方であり、もうこの中で味方ともファンとも呼べる者は誰一人としていないだろう。


「お、俺等が犯罪なら見てるお前等も同罪だろうが!!クソッ!!」

『言い分がクソガキで草』

『ガチ草』

『もう頭悪すぎて腹痛いってwww』


 慌てふためく五人の男達と、少し落ち着きを取り戻してゼェゼェと息を切らしているポン酢サーモン。そして、傷だらけの状態で倒れ込んでいる湊月。滅茶苦茶で状況整理の出来ない状態だ。


 しかしこんな事態でもただ一つ、はっきりと言える事がある。それは、捨てる物が無くなった人間が実は一番怖いという事であり──


「要はさ、コイツのせいで俺等の配信が頓挫したって事だろ?なら責任取ってもっと面白い事して貰わないとな。丁度弱って動けなくなってるし、全裸にして土下座させるか」


 ぽつりとそう言ったポン酢サーモンは、睥睨へいげいしながら倒れ込んでいる湊月の元へとゆっくり不気味な足取りで寄って行くのだった。


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