自己満足でも、主人公を夢みたい

「コイツボコしたらもっと視聴者増えんじゃね?」

「とっととコイツボコッて天使悪魔の部屋特定しにいこーぜ」


 一人、また一人と座り込んでいる湊月に手を出し始める。最初は足で体を揺さぶる程度だったのが、コメント欄の一部の盛り上がりに流され、次第に殴打や蹴りが加えられ、その光景はリンチという以外何物でもない。


「……ッ!!」


 次々と加えられる暴力に、湊月は苦悶の声をあげるが、コメント欄に煽られアドレナリンに溢れた六人の男達の耳にはその声が届く事は無い。


「ハハハッ!偽善者こいて粋がってんじゃねーぞクソガキ!」

「じ、自分達の犯罪を映像に残してネットにあげてる時点でクソガキはアンタ等だろ!」

「威勢だけは一丁前だなクソガキ!早く尻尾巻いてこの場から失せろや!」


 まるで悪役がアニメのワンシーンで言ってそうなセリフを、普段は無口そうな男が声高々に叫んだ。そのあまりにも不釣り合いな光景は、傍から見れば非常に滑稽極まりないがこれがこの男の本性なのか。それとも、ネットに浸る事によって培われてしまった自己顕示欲が肥大化してしまった結果なのかは分からない。


「よっしゃー!どんどん視聴者数が増えていくー!うお!マジですか!おい皆、今視聴者のコメントで教えて貰ったけど、ツイッターのトレンドにも乗ってるらしいぞ俺等!」

「マジで!やった!これで俺等も有名人じゃん!ありがとなガキ。お前のおかげで良い取れ高になってるわ」

「うぇ~い!これ俺のツイッターのアカウントでーす!皆さんフォローしてねー!」

「切り抜きも作って貰えるらしいぞ!ガキお前自分の痴態を、後で俺等の切り抜き見て自覚すると良いよ。まぁ、その時にはネットの玩具おもちゃになって外に出るのも恥ずかしくなってるだろうけどな」


 各々のスマホでポン酢サーモンの配信を確認している男達。その表情は非常に嬉々としていて、ネットで自分達が注目されている事を都合良くしか解釈出来ていなかった。実際のトレンドの乗り方は『犯罪配信』『デジタルタトゥー』なのにも拘らず、犯罪をエンタメとしか思っていない彼等には微塵も危機感など無い。


 それから数分間は、コメント欄の盛り上がりに乗じるように暴行は止まなかった。立ち上がる事はおろか、関節を動かすのも億劫なまでに節々が痛みつけられた湊月。時間を稼ぐ為に煽るという狙い自体は達成したものの、引きこもりがちな高校生の体にこれ以上抵抗する余力など残っていない。


「はぁ~、何かコメント欄の盛りも下がってきたし、そろそろ天使悪魔の家にリア凸しろって言われてるから俺等は行くわ~。それじゃあねー、みつさん」


 コメ欄の流れを見て、一呼吸吐いたポン酢サーモンは湊月に一声かけて踵を返す。


──警察はまだ到着しないのか?もう全身が痛いし、正直これ以上はどうしようもないんだけど……


 ぞろぞろと先へ進もうしている男達を霞んだ視界で見つめる湊月。


──アイツ等がこのまま志穂の部屋に到着したら……


 配信では、強行突破してでも部屋へ侵入すると言っていた。玄関を突破するのか、それが無理でも恐らく窓を破って侵入するのだろう。ポン酢サーモン達はまだ天使悪魔の部屋を確定出来てはいないが、写真から情報が特定されている目星が付いた部屋から行くのであれば、真っ先に侵入されるのは志穂の部屋だ。そうなれば志穂は──


 纏まらない思考でぼんやりとそんな事を考えていると、突然頭の中にフラッシュバックされる夏音の言葉と、その情景。


『少年漫画の主人公じゃん!』


 いつも通りの屈託ない笑みでそう言った夏音。


──本当に違いますよ、先輩。


 今よりももっと昔。まだ、自分の一人称が『俺』ではなく『僕』だった頃。湊月が初めて二次元という文化に触れた作品。父親から借りた少年漫画の主人公は、誰よりも強くて、優しくて──それでいて、いつも何かの中心にいた。


 著名人が頻繁にテレビなどで言う『君の人生の主人公は君だ』という誰でも聞き馴染みのあるこの言葉。一見耳障りの良いこの言葉だが、湊月はどうしても嫌悪感を抱かずにはいられなかった。何故なら、本当の意味で自分の人生の主人公になる為には、誰かの人生の主人公にならなければいけないから。一人で完結できる物語じんせいなど、この世には存在しない。当然、この考え方は皮肉でひねくれているのは湊月にだって分かっている。それでも、嫌悪を感じずにはいられない。期待は、すればする程裏切られた時のショックが凄まじいのを知っているから。勝手に期待させて無責任に見放される痛みを、湊月は知っているから。でも、


──父さん。俺、あの漫画の主人公になりたいよ。自分でも主人公になれるような人間じゃないのは分かってるけどさ、夢見るくらい良いよね。


 心の中で、天国にいるであろうへ語りかけた湊月。


 人の思い込みの効果というのは意外と凄いもので、天国の父親が見守ってくれていると思うと不思議と体が軽くなったように感じるのだ。


 そのままフラフラと立ち上がった湊月。夏音が通報してからそこそこは時間が経っている為、後もう少し踏ん張れば警察が到着するだろう。


「なぁ。一つ聞いて良いか?」


 実際は言葉を発する気力も残っていないのだが、喉を振り絞った湊月は、前へ進もうとしている六人の男達に言葉を投げかけた。

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