挑発

「あんた誰?てか、何で俺の名前知っんの?」


 突然目の前に現れた湊月に動揺を見せるポン酢サーモンとその一行。カメラ越しにその様子を見ているコメント欄は、先程以上に爆発的な盛り上がりを見せていた。


『リア凸キター!』

『誰コイツ?』

『何か良く分かんないけどオモロクなってきて草』

『はいコイツネットのおもちゃ確定www』


 突然の乱入者である湊月は、コメントを打っている観衆達から惨憺さんたんたる言われようだ。しかし、こうなる事は元から何となく予想は出来ていた。恥を晒す結果になったとしても、湊月はこの場所から引く訳にいかない。


「リアルでは初めてですね。みつみつ@ECEの鴨です」

「みつみつ……?あー!FFのみつさんね!へー!住んでる場所が近いとは聞いてたけど、こんなに近かったんだ!」


 湊月が自身のFFと知り、親し気に話すポン酢サーモン。だが、湊月は依然真剣な面持ちのまま口を開いた。


「これ以上は止めましょうポン酢サーモンさん!あなた方がやってる事は犯罪ですよ!」

「あーそっか。みつさんって大のECE信者でしたもんね。でも気になりません?自分の推しがどんな顔で、どういうとこで生活してて、何て名前なのか。あ、住んでる区域が近いなら、もしかすると本名を聞けば意外と知り合いとかにいるかもしれませんよ?」

「気になりませんし、配信で言ってる事が全てだと思うので、彼女が公開してないリアルの情報を強引に知ろうなんて思いません」

「へー変わってますね。普通のファンなら全部知りたい事だと思うんですけど?本当に好きなんですかー?天使悪魔あまつかでびるの事」

「はい。好きだからこそ、でびるちゃんが困る事はしたくないんです」


 湊月は、思っている本心の丈をそのまま言葉として吐いたのだが、それを聞いたポン酢サーモンは表情にイラつきの色を滲ませながら頭を搔いた。


「あー、そういう偽善みたいなのいらないんで。ほんとは顔も見たいし色々知りたいんでしょ〜?そうじゃなきゃファンとか名乗れないっしょ」

「推しが困る事とか嫌な事をするのがファンなんですか?」

「はぁーー、めんどくさ。まぁいいわ。みつさんがそうでも、俺の配信の視聴者さん達は天使悪魔の身バレを楽しみにして待っててくれるからさ。俺としてもその期待を裏切る訳にいかないし、とりあえずそこどいてくれない?」


 意見が頑なに相反する湊月に、ポン酢サーモンはイラつきの表情から呆れに変わり、深い溜息を吐いて片手でその場から退くように手振りした。しかし、湊月はそこから一歩も動かず、奥歯を噛み締めて言葉を吐き出す。


「視聴者の為とか言ってますけど、結局は視聴者数稼げてチャンネル登録者数増やしたいだけですよね?前に言ってましたもんね。広告収入で楽して生活したいって」

「は?仮にそうだとして、需要と供給があるんだから別に良いっしょ。何か問題ある?」

「そんなんで来た人なんて、すぐ離れていきますよ絶対に。ただ自分の犯罪行為をネットに残すだけです。今来てる視聴者は、これからもポン酢サーモンさんを守ってくれるんですか?」

「ッ!そんな事今はどうでもいいだろ!いいからそこどけよ!」


 声を荒げたポン酢サーモンは、しびれを切らしたように前へ進み、目の前に立っている湊月の体を押しのけた。


「どきません!」


 しかし湊月は、自分を退かして先へ進もうとするポン酢サーモンの腕を掴み、それ以上前に行かないよう握る手に力を込めた。


「ちょ、離せよ!ほんとに邪魔なんだけど!?」


 腕を掴まれたポン酢サーモンはそれを振り払い、勢いのまま湊月の体を小突いた。勢い良く押された湊月の背中は壁に打ち付けられて鈍い音が苦悶の声と共にマンションの廊下に響く。


「ウグッ……ッ!」

「お、お前が急に腕を掴むからだからな!正当防衛!そうこれは正当防衛だ!」


 画面の向こうの視聴者へと必死に抗議するように言葉を並べるポン酢サーモン。その傍らで、壁に打ち付けられて痛みに悶える湊月。


──どうしよ。このままだと先に進まれちゃうな。どうにかこの人達の気を引かなくちゃいけないんだけど……


 解決策を探る為、湊月は焦りながら一生懸命に頭を回す。そして、一つの結論に至りそれを実行すべく口角を無理矢理上げて口を開く。


「……ポン酢サーモンさんって、もう二十歳超えてましたよね?ていうか、一緒に凸しようとしてるあなた方も見た感じ二十歳超えてるように見えるのですが?」

「あ?二十歳超えてるけど何?今それ何か関係あんの?」

「良い歳した大人が、揃いも揃って何やってるんすかマジで。どうせ家に引き籠って毎日ネット見てるんでしょうけど、良い事と悪い事の判別くらいつけられるようになりましょうよ?」

「はぁ!?別に俺等ニートとかじゃねーしな!てか何でお前上から目線で物言ってきてんの?ガチでキモイんだけど」

「ガチでキモイのはあんた等だけどな!人の迷惑も考えないでしょーもない配信して!あんた等がニートじゃなかったら、犯罪配信で自分の顔載せるただのアホでしょ」


 湊月は、半笑いで煽る立てるような文言を目の前の男達に浴びせる。


 それを聞いた男達は湊月の狙い通り逆上しながら、座り込んでいる湊月の元へと詰め寄って行く。


「てめぇ偽善者ぶって調子こいた事言ってんじゃねーぞ!」


 

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