止まってください
「もう本当に近くまで来てるな……あの人達の中ではまだ確定してないけど、志穂の部屋番号まで割れてるし今のネットって怖すぎ」
ポン酢サーモンの配信とそこに映っているここから歩いて二、三分の見慣れた建物を見て、一人嘆息を漏らす湊月。
ちょっとした外の風景から場所を割り出し部屋番まで目星を付けるなど、一昔前なら有り得ないし出来るはずもなかった。だが、インターネットによる広範囲な情報収集力が現代スマホカメラの美麗な解像度と相まってここまでの事が比較的簡単に成し遂げられてしまう。せっかくの技術進歩がこれでは元も子もないだろう。
「でも、志穂に意地でも食い止めるって言ったし根性見せろ俺!今までどれだけ志穂に助けられたと思ってんだ!」
本音を言えば、もちろん怖い。怖すぎるくらいに怖い。
歯止めが効いてない男一人と対面するだけでも十分恐怖なのに、今回はそれが複数いるのだ。どう考えても言って聞く相手だとは思えないし、囲まれてリンチにされる可能性だって十二分にあるだろう。
しかし、それでもあいつ等を志穂の部屋まで行かせる訳にはいかない。志穂の部屋には
「ま、まぁ?格ゲーで学んだ戦い方と音ゲーで鍛えたこの腕力があるし?」
誰へともなくそう言って、空気中にへなちょこな正拳突きをして見せる湊月。その様子を上から眺めていた夏音は、ケラケラと笑いながら携帯電話を手に取り通話ボタンを押す。
「どうしました?夏音先輩」
「来たよみっつん。配信してる人達の姿が見えた。もうそろそろエントランスに入るから、心の準備だけしといた方が良いかも」
「そうですか。ふぅー……怖い!!」
「そりゃ怖いよ。危なくなったらちゃんと逃げなね?そしたらウチが、あいつ等に強烈な金的お見舞いしてくるから!!」
「うへー、先輩の金的とかガチで痛そ」
「使い物にならなくする!!」
「ははっ、でも大丈夫ですよ。警察が来るまでは何とか頑張ってみます。志穂には絶対に近付けません」
「……シホっちの事大好きなんだね。本当に」
「はい。こんな俺にいつも優しくしてくれてる大切な幼馴染ですから」
「ふーん。ウチもみっつんに優しいと思うんだけどな~?」
「えぇ。ですから先輩の事も大好きですよ?あ、あいつ等の声が聞こえてきた!そろそろこっちに来そうなので一旦切りますね!証拠映像と警察への通報よろしくお願いします!」
そう言い残し、通話を終わらせた湊月。
夏音は、画面に映っている湊月のLINEアイコンを見つめながら空虚にそっと溜息を落とす。
「あーあ。そういうとこだよみっつん」
*
「やっぱエントランスからは侵入できないか~!でも安心してください皆さん!ここで引くような俺らじゃないので!真正面が無理なら他の入り方をするのみ!駐車場から回って塀よじ登りま~す!」
ポン酢サーモンとその取り巻き五人は、ガヤガヤと騒ぎながら駐車場側へと移動する。行われているリアルタイム配信では、既に三万人を超える視聴者がその様子を眺めていた。コメント欄は賛否があるものの盛大な盛り上がりを見せており、この空間では、犯罪行為がエンタメに昇華されているようだ。
「おぉ!三万二千人!さっすがエンカレッジの人気
「へへ、部屋特定するだけでも相当な収穫だぜ?個人情報が分かるもん映して絶対誰なのかは特定してやろうぜ!」
「もちろん!だから視聴者さんは、ブラウザバックせずにおもろいもん映るの期待して待っててくださいー!」
心底楽しそうに騒ぎ続けているポン酢サーモン達はとうとう駐車場へと到着し、湊月との距離はもう既に目と鼻の先というところまで来ていた。
バクバクとうるさい心臓を必死に落ち着かせながら、湊月は一人覚悟を決める。
もし暴力で強行突破してこなかったとしても、何万人もいる配信に自分の顔が映されるのは免れないだろう。そうなってしまえば、ネットのおもちゃとしてGIF画像や合成写真を作られてしまうだろうし、私生活にも間違いなく影響は出る。もしかしたら、これから先の就職やその他諸々にも影響が出てしまうかもしれない。
だが、それ等を天秤にかけたとしても、湊月は自分自身よりも志穂の安全を選んだのだ。ただ幼馴染だからという訳じゃない。それ以上に、今まで志穂には幾度となく助けてもらってる恩があり、感謝がある。それに、
「こんな俺を好きって言ってくれる女の子を危険に晒すなんて、男としてできないよな!」
誰へともなくそう言い放ち、拳を力強く握った。
「はい!では皆さん!塀を昇って侵入していきまーす!」
六人の男達が塀を昇って、一階の通路へと侵入する。もちろん不法侵入であり、これは歴とした犯罪だ。その姿は、間違いなく夏音がカメラで収めており、後は通報した警察が到着するのを待つのみ。
湊月は、男達全員が塀を超えて入ってきたのを確認した後、彼等が持っているカメラの前へ堂々とした面持ちで姿を現した。
「止まってください。ポン酢サーモンさん」
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