少年漫画の主人公みたいなラブコメの主人公

「シホっち大丈夫!?」


 慌てた様子で中に入ってきた夏音は、学校指定の革靴を脱ぎ捨ててすぐさま飛び掛かるように志穂に抱き着いた。


「は、はい……今は少し落ち着いてます」

「良かったーー-!いやまだ良くはないけどさ!ほんとごめんね!!すぐ学校早退して駆けつけたかったんだけど、担任が進路相談会からどうしても逃がしてくれなくて!!」

「いえ……私こそ迷惑かけてすみません」

「もう!!そんな水臭い事言わなくて良いって!迷惑なんて思うわけ無いじゃん!!」

「ですが……」

「ていうか先輩、来るなら来るって言ってくださいよ。ビックリしたじゃないですか……」

「いやだってみっつんがいるとは思わなかったんだもん。シホっちには連絡入れておいたと思うけど?」

「え、あ、ほんとだ。全然気づかなかった……」

「何回も電話したのにぃ……ん?ていうか、何でみっつんがここにいるわけ?」

「それは、いつも休まない志穂が休んでたから心配で……」

「いやいや!普通それだけで学校抜け出してまでシホっちの家来る!?さすがに心配性が過ぎない?」

「さすがにそれだけじゃ家には来ませんよ。ツイッターのタイムラインに流れてきたのを見て、何だか嫌な予感がしたんです」

「ツイッターのタイムライン?それってもしかして、天使悪魔あまつかでびるのツイートのやつ?」

「えぇ、そうです。もしかして、先輩もそれを見て心配で来たんですか?」

「うん。てか、それってつまりそういう事だよね……シホっち?」

「はい。湊月には全部……話しました」


 志穂は、先程湊月に秘密を打ち明けた事を夏音に伝え、夏音は「そっかー」と優しい声音で一言だけ口にし、再度志穂の体をぎゅーと強く抱きしめた。


「勇気振り絞ったんだねシホっち。よく頑張ったよ、本当に」

「いえ……私の不注意が無ければ湊月の夢を壊してしまう事なんて無かったので……」

「んーん。悪いのは、あの画像から住所特定して公に晒した陰湿変態野郎なんだから。それに、ウチらが好きになった人は、一言でも夢を壊されたーなんて言った?」

「それは……言われてないけど……」

「でしょ?ウチらが惚れたみっつんは現実リアルのウチらも、Vとしてのウチらもどっちも受け入れてくれる人だよ……って、ウチが言わなくても幼馴染だから昔からそれは知ってるか!」


 夏音は、はにかみながらそう言った。


 いつもは度々いがみ合っている二人だが、今のこの空間を見てそう感じる人間は一人としていないだろう。誰がどう見ても仲睦まじい先輩と後輩の姿がここにある。


 だが、ほのぼのしい会話の中で頭の中が疑問符でいっぱいの男が一人いる訳で……


「え……先輩今何て?」

「ん?だから、みっつんが優しいのはシホっちなら昔から知ってるよねって」

「いやその前です」

「えっと、現実リアルのウチらもVとしてのウチらも──」

「そこです!!!」


 夏音の言葉を遮って声を張り上げた湊月。突然の大声に、他二人の肩が僅かにピクッと跳ね上がった。


「ビックリするから急に大きな声出さないでよ!?てかウチ、何かおかしい事言った?」

「だって今、Vとしてのウチらって言いませんでした?」

「言ったよ?シホっちが天使悪魔ちゃんで、春夏冬秋しゅんしゅうとうか別におかしい事言ってなくない?」

「ええぇぇぇぇぇぇ!?!?」


 湊月は、驚嘆した勢いそのまま座っていた椅子から真後ろに倒れ込み、喉が張り裂けんばかりの発狂とも呼べる絶叫と鈍い転倒音が部屋中に轟いた。


「ちょっとみっつん大丈夫!?」

「は、はい……痛てて。いやいやいや!そんな事より先輩が冬夏ちゃんってマジですか!?」

「え、うん。あれ~、もしかしてシホっちウチの事は言ってなかった……?」

「はい。私は自分が天使悪魔って事しか……」

「てっきり知ってるもんだと思ってた!あー、じゃあごめ!みっつん今の忘れて!」

「無理でしょ!俺の最推し二人が、実はとんでもなく近い距離にいたなんて……」

「みっつん超幸せ者じゃん!!」

「天宮先輩……湊月が愕然としてるのはそういう問題じゃない気が……」

「天春てぇてぇは、つまり白夏てぇてぇだったて事で……」

「うん、湊月。そういう訳でもないよ?」

「まさかビジネスてぇてぇ!?」

「いやそうじゃないけど!!」

「てかみっつん、あんまり最推し二人に囲まれて生活してたっていう余韻に浸ってる暇はないんじゃない?」

「いやその余韻に浸ってるわけじゃないんですが……でも確かにそうですね。今の最悪な状況をどうにかしないと」


 夏音が湊月の眼前に出したのは、ポン酢サーモンの一行が映っている家凸害悪配信の映像で、そこに映っている背景は湊月達も良く知っているここから歩いて数分の場所であった。


 これが意味するのは、もうそろそろ志穂の素性を晒したい奴らがここに到着してしまうという事であり、これ以上悠長にお喋りする時間は無い。


「どうするかなーコイツら。一応通報はしたけど、事件自体は起きてないからあんまり相手してくれなかったし」

「ただ、この人達マンションのエントランスからは入れないから、どっかから登ってくると思うんです。そしたら、さすがに不法侵入で警察もしっかり動いてくれると思うんですよね。だから、先輩はこの人等が不法侵入したらそれを一応映像に残してすぐ通報してください。そこから警察が来るまでは、どうにか俺が食い止めるので」

「待って!そんな事したら湊月があまりにも危ないわ!」

「でも、それ以外の方法が思いつかないし、女の子にこんな事させられない」

「……分かった。みっつんが足止めしてる間に、ウチが通報とその様子を撮っとく」

「天宮先輩まで何言ってるんですか!?私のした事なんです!私が行きます!」

「ねぇシホっち。ここはさ、みっつんにかっこつけさせてあげようよ?それにほら、みっつん前に言ってたじゃん。推しの為に死ねるなら本望だって」

「先輩、勝手に俺が死ぬ設定にしないでください。でも、志穂の為ならまぁ半殺しにされるまでは頑張るよ。本気で死にそうになったら逃げちゃうかもだけど」

「あはは!そこは死んでも守るよって言わないと~」

「俺は少年漫画の主人公じゃないので!」

「……私のせいで起こったことなのに、二人とも本当にごめんなさい。それと、本当にありがとう」


 志穂は、深々と頭を下げてそう言った。そして、顔を上げるや否や玄関へ向かおうとしている湊月の元へと近付いて、


「……え?」


 湊月の頬に自身の唇をそっと重ねて、真っ赤に染まった顔を隠すように志穂は俯いた。


「急にごめんね。だけど、どうしても今したくなって……」

「あ、ありがと……う?」

「気を付けてね湊月。大好き」


 それだけ言い残しサッと体を離す志穂。


 突然の出来事にほんの数秒放心していた湊月だったが、強引に頭を切り替えて外へと向かう。そして、それに追随する夏音。


「行ってくる」


 そう言って、部屋の外へと足を踏み出す。


「みっつんさ」

「はい」

「やっぱ少年漫画の主人公じゃん。ねぇねぇウチもちゅーして良い?」

「もう!ふざけてないで行きますよ!俺にとっては人生で初めての大喧嘩なんですから!」



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