この住所って……

「なぁ~湊月聞いてる~?」

「あー……うん」

「ほんとか~?」

「あー……うん」

「今湊月にキスしていい?」

「あー……うん」

「うん、これ絶対何も聞いてねーわ」


 華逢文理学園の昼休み。


 各々がそれぞれ自由なひと時を過ごしている中、湊月はぼーっと窓の外に広がる雲一つない青空を眺めていた。


 そんな上の空の湊月に、腐女子が聞けば飛び上がって喜びそうな言葉を発する翔馬だが、言葉が右から左へと流れてしまっている湊月は無意識にそれを受け入れてしまった。


「おけ。じゃあほんとにするからね?」

「あー……うん」

「いくぞ?」

「うん…………って、何やってんの翔馬!?急に何!?」

「いやお前がキスして良いって言ったから……」

「言ってないわ!てか仮にそう言ったとしても普通するか!?」

「だって湊月、なんか悩んでそうだったし」

「悩んでる事とキスってなんの関係が……」

「どうせあれだろ?天宮先輩の事だろ?」

「え、何で分かるの……?」

「だって前に出掛けたって言ってたじゃん。湊月が悩む事なんて、白羽さんか天宮先輩の事しかないと思うし」

「俺を単純人間みたいに……」

「湊月は割と単純だぞ?でも良い事じゃんか。悩みが少ないって心にかかる負担も少ないんだから」

「う~ん、そういうもんなのか……?」

「そういうもんそういうもん。てか、それより何に悩んでるんだよ?ほら、お兄さんが聞いてあげるから言ってみな?」

「俺は弟か何かか……?えっと、前に天宮先輩と出掛けるって話はしたじゃん?その時に実はさ……」


 湊月は、聞き耳を立てる者はいないだろうが、一応の為に翔馬の耳元でコソコソと先日起こった出来事を話した。


「うんうん………………はぁ!?キスされた!?」


 だが湊月の配慮は虚しく、翔馬の驚嘆の叫びが教室中に響き渡ってしまう。その声を聞いて不思議そうにこちらを見る視線もちらほらと。


「ちょ、お前バカっ!声がでかいって!!」

「え、あぁ、ごめんごめん。てかそれガチ?お前先輩と付き合う事に決めたの?」

「いや……そういう訳じゃないけどさ……」

「え、じゃあ何とも思ってない人とキスまでしたって事?」

「いや別に何とも思ってない訳じゃ……てか向こうから急にだったから……」

「あー、先輩から一方的になのか。それで、何に悩んでるわけ?」

「なんかさ、あの日から夏音先輩もなんだけど、志穂とも話すの恥ずかしくなっちゃって……全然まともに会話できないんだよな」

「ん?先輩は分かるけど白羽さんもなの?」

「うん。何でなのかは良く分かんないけど」

「ふ~ん。俺なら嬉しすぎて居ても立ってもいられなくなりそうだけど。湊月は先輩とのキス、嫌だったん?」

「嫌というか、驚きが強すぎてそれどころじゃなかったていうか……とにかく!とにかくだよ翔馬君。俺はあの二人との距離感をどうすれば良いんだろうか」

「どうもこうも、お前が意識しすぎなだけだろ?普通に関われば良いじゃん」

「その普通ができれば苦労しないんだよ……」

「う~ん、意外と湊月って繊細なのな。白羽さんはもちろんだけど、天宮先輩もそんな事気にしてないと思うんだけど」

「やっぱ俺の考えすぎなのかな……う~ん、時間が解決してくれれば良いんだけど」

「時間が解決するかどうかは完全に湊月の問題だな。てか、それに悩んでてお前がいつも必死でやってる日課をしてなかったのか。てっきり体調でも崩してるのかと思ったわ」

「日課……?ってそういえば!!あぁ!!」


 翔馬に指摘されて、慌てて鞄からスマホを取り出した湊月。


 ちなみに日課というのは、湊月が毎日朝のホームルーム前にしているツイッターのタイムライン周回の事であり、そのオタク垢から得られる推し達の日常的な呟きや同志達の楽し気なリプライは、まさに湊月の一日のエネルギー源といっても過言では無いのだ。


「まっ、元気なら良かったよ」

「え、あぁごめん。何か心配かけた……って、これはっ!!ESEの新ライバーのシルエット立ち絵!?うわー!あの箱どんどん成長していくなー!」

「んーやっ。心配なんてしてねーよっ」


 画面に張り付くようにツイッターを眺めている湊月を見て、半ば呆れたように微笑を浮かべた翔馬はそっと自席に戻っていく。


 スマホの画面を下にスワイプしながら、叫びだしたい気持ちを必死に抑える湊月。興奮冷めやらぬままツイッターを見ていると、ある一件の気になるツイートが目に留まった。


「……これは」


 そのツイート内容は、『EnCouragE』に所属しているライバーで、湊月の最推ししているVTuberの一人である天使悪魔あまつかでびるが書いた「見て!すっごく大きいぬいぐるみ!」という文章と、そのぬいぐるみを映した現実リアルの写真であった。ここだけ見れば何の変哲もない普通の日常ツイートであり、VTuberが時々現実リアルの写真をあげるのはそこまでおかしな事では無いのだが、このツイートのリプ欄はやけに荒れている。いや、何なら軽く炎上している程だ。


「うん?このツイートの何がおかしいんだ?」


 ぱっと見ただけでは何一つ理解できなかった湊月は、目を凝らして何十件も来ているリプライの中からプチ炎上している原因を探る。すると、何やら見たことのある数字の羅列が。


「これって、志穂ん家の……住所じゃ……」

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