湊月の初めて

 二人が向かった先は、通り沿いに点在しているラブホテル──ではなく、その少し先にあるアニメイトの、それも本店であった。


「めっちゃ珍しくないですか?先輩がアニメイト行きたいなんて言うの」

「あー、確かに初めてかも」

「もしかして今先輩の中でアニメブーム来ちゃってます!?だったらオススメの作品リストにして四十個くらい教えますよ!」

「あはは、そういうわけでは無いんだけどねぇ……しかも四十は多すぎるし」

「そうなんですか、残念です……だったら、尚更何でアニメイトに?」

「ちょっとね~欲しいものがあるみたいな、そんな感じかな」

「欲しいもの……?」


 アニメイトの一階に置いている、アニメ関連の雑誌や本をぷらぷらと眺めながらここに来た理由を尋ねる湊月。


 以前の恰好で夏音がアニメイトに来ていたらその派手な格好によって大いに目立っていたかもしれないが、今の夏音は少し肌の露出がある地雷系の洋服。落ち着いた黒髪ツインテールをひらひらと揺らして歩いている姿は、その美貌で近くにいる男性客の目を引く事はあれど、大勢から悪目立ちする事は無い。


 アニメはオタクの文化だと思われがちだが、最近では若い層──それも女性層がどんどん増えており、今の夏音のような服装をした女性がアニメイトに来るのはさほど珍しく無いのだ。さすがに前の志穂のような派手髪派手服は異例だが。


「みっつんが前に言ってたVTuberの天使悪魔あまつかでびるちゃんと、春秋冬夏しゅんしゅうとうかちゃんのグッズってどこにあるの?」

「それは多分三階のコーナーだと思うんですけど……先輩VTuberに興味ありましたっけ?」

「え?あーえっと、そう!ほらあの、春秋冬夏ちゃんってゲーム上手じゃん?ウチとやってるゲームの種類も似てるしたまーに見るんだよね!ほんと、たまーにだよ?」

「そうなんですね!何にせよ先輩が冬夏ちゃんの配信見てくれてるの嬉しいなぁ」

「ふ、ふぅ……だからあの子達のグッズがちょっと気になるなって!」

「なるほどです!じゃあ行きましょ!」

「うん!」







「先輩が言ってたのって、多分これですよね!」

「あ、そうそう!これこれ!」


 アニメイト三階の、VTuber特設ブースへとやってきた二人。


 天使悪魔の限定グッズを手にした夏音は、満足気にそれを見つめる。


 一方の湊月は、夏音の付き添いできたのにも関わらず、楽しそうに周辺の商品をひたすら物色していた。


「うわぁー!!さすが本店!!他のお店に無い商品めっちゃある!!あ、これ!ずっと探してたけど売り切れ続出してたやつ!!これはもう運命でしょ!!」

「みっつんって本当にESEのライバーが好きなんだね~」

「そりゃもう好きなんてレベルじゃないですよ!!愛してます!!!」

「そんな事をそんな堂々言われても……何か恥ずかしいし……」

「え、何で先輩が恥ずかしがるんですか?」

「な、何となくだよ!なにダメ!?何となくウチが恥ずかしがったら!」

「あ、いや……ダメとかじゃないんですけど……なんかすいみません」

「わ、分かれば良いんだよ!!どれどれ!どんな商品を買ってるのかなぁ~?」

「ちょ、先輩!勝手に見ない──」

「良いではないか~良いではないか~。ふむふむ?あー、みっつんエッチなのばっか買ってる~」

「違いますよ!!俺は推し達をそんな目で見てません!!」

「こーんな、パンツが見えちゃいそうな女の子のミニフィギュア買おうとしてるのにエッチな目で見てないは、信じられないなぁ~」

「あーもう!それ返してくださいよ!先輩は買うのそれだけなんですか?」

「あ、話逸らそうとしてる~」

「してません!」


 からかってくる夏音に、顔を真っ赤にしながら否定する湊月。周りから見れば完全にカップルの痴話喧嘩な為、近くの客達は冷ややかな視線を送っているが、当の本人達は全くそれに気が付く様子はない。


「みっつんが買おうとしてるのって何か偏ってない?冬夏ちゃんと悪魔ちゃんのやつで溢れてるじゃん」

「確かにそうかも。最推しの二人なんですよ、この二人が。好きすぎて毎日寝る前に、話せたらどんな内容を話そうかなって」

「何話すの~?」

「ずっと悩んでたんですけど、丁度昨日答え出ました。話せたら緊張しすぎて何も話せなくなるが俺の考え出した結果です!」

「悩んだ意味無いじゃん!」

「だって絶対なにも話せませんもん!向こうが俺に興味あるならまだしも、俺から話題を振るなんて絶対に緊張して無理です!!」

「めっちゃあるから!!興味しかないから!!」

「そんなわけ──って、何で先輩が分かるんですか?」

「え、いやほら……そういう職業の人って、ファンとの交流も仕事の内じゃん?だからきっと、しがないオタクのみっつんにも興味持ってくれるかな~って!あは、あはは……」

「それは確かにそうかもしれないけど……けど……」

「けど?けど……何?」

「だけど……仕事じゃなく俺に興味を持ってほしい!!何なら好きって言ってほしい!!」

「すっごくワガママじゃん!!」

「オタクならそう思うんですよ!!!ゴミと言われようがカスと言われようがキモイと言われようが、そう思うんですよ!!!」

「そこまでは言ってないけどね?」


 声高々に願望を語った湊月に若干とまどう夏音。


 それからしばらく店内をうろついた二人は、ひと段落した後に会計に向かった。


 ちなみに、夏音の会計が六百円程度だったのに対し、湊月の会計は六千円強。この数字を見れば分かる通り、付き添いで行ったはずの湊月のカゴの中には、本人も無意識の内に商品でパンパンになっていたのだ。


「あぁ……また買いすぎた……」

「あれ、そろそろ貯金が尽きるって前に言ってなかった?」

「口座には、大体あと四百円くらい……」

「あー……バイト頑張れっ!」

「はい……死ぬ気で頑張ります……」


 会計を済ませて外へ出た二人。


 電車に乗りいつもの最寄り駅に着いた頃には、もう空は真っ暗になり、綺麗な半月が自分の存在を主張するように輝いていた。


「いやぁ~今日はほんと楽しかったな~!」

「ですね!!久々にゲーセンにも行けたし!勝負に負けたのはさすがに悔しかったですが……」

「いつでもリベンジ待ってるよん。また近いうちに絶対行こっ!!」

「はい!絶対行きましょ!!」

「ちょっと名残惜しいけど、ここでバイバイだね」

「明日また学校で会うじゃないですか。それに、帰ったら狩猟生活が待ってますよ!」

「あ、そうだった!全然名残惜しくないや!」

「……なんか、それはそれで寂しいですね……」

「あはは、嘘々。本当に今日は楽しかったよみっつん!ウチのワガママに付き合ってくれてありがとっ!!」

「こちらこそです!色々予定立ててくれてありがとうございました!!」

「うんっ!じゃあね!!」

「はい!」


 そう言って、互いに踵を返した二人。


 そのまま颯爽と帰るのかと思われたその時、湊月を呼び止める夏音の声が。


「はい……?──ッ!?」

「えへへ……これで今日の事は絶対に忘れないね」


 愛らしく、また悪戯っぽく微笑んだ夏音は、そのまま自分の帰路に就いた。


 だが、驚きのあまり硬直した湊月は、しばらくその場所から進む事ができない。


「これって……」


 自身の唇に人差し指を当てて、ぼーっと夏音の帰っていた道を眺める。


 夕闇に照らされたこの日、湊月は人生で初めての唇と唇を合わせた接吻キス──ファーストキスを経験したのだった。


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