ハグとキスは理性が壊れる

 狭いプリクラ機の中で、ドギマギしながら立っている湊月と、小さい手鏡で自分の顔を確認している夏音。


 初めてこの機械の中に入る湊月は、何とも落ち着かない気持ちのまま目前の画面を見ていると、『恋人モード!』というピンクの文字が高らかな女性の声と共に映し出された。


「先輩、恋人モードって……?」

「え?だってウチに全部任せるって言ったじゃん?」

「言ったけど、恋人モードってカップルがするもんですよね!?」

「も~細かい事は気にしないの!!デートしてるんだからカップルと言っても問題ナシ!!」


 その言葉の勢いそのまま、湊月の片腕に抱き着いた夏音。ふくよかな二つの双丘が、湊月の腕に当たることによってムニュっと潰される。恥ずかしさのあまり腕を引き抜こうとするが、引き留める力が予想以上に強く、何度も試みているとまるで湊月が肘で夏音の胸をさすっているような挙動になってしまう。


「……あっ、ん!」

「先輩変な声出さないでくださいよ!?」

「だってみっつんがウチのおっぱいにイタズラするから……」

「ち、違いますよ!」


 大慌てで否定する湊月。


 そんな会話をしていると、プリクラ機から最初のポーズの指定をされる。


『まずは二人でハートを作って!』

「二人でハートを作る……?」

「みっつんが片手でハートの半分を作って!ウチがもう半分を作るから!」


 夏音に言われた通り、片手で半分を作るとその半分を夏音が作り、二人の手はハートの形状になった。


 そしてそのまま、シャッター音が鳴り響く。


『次はお互いにハグしてね!』

「ハグ!?」

「ほ、ほら!早くぎゅーして!」


 いつの間にか湊月の腕から離れて、両手を広げて待つ夏音。


「ハグはまずいですって!色々と!」

「罰ゲームなんだから!!ほら早く!」

「っ!ほ、ほんとにしますからね……?」

「うん!うん!」


 ゆっくりと夏音の華奢な体に手を回す。夏音の腕も湊月の背中を包み、二人の間には一センチの隙間も無い。


「……みっつん、意外とがっちりしてるんだね。ふふ、男の子の体だ」

「う……恥ずかしいのであまりそういう事は……」

「心臓の音、すっごく響いてくる。可愛い。ウチがドキドキしてるのも感じる?」

「わ、分かりません……」

「……これなら?」


 湊月の頭を自身の胸に寄せた夏音。


 服越しでも分かる柔らかな胸の感触に、湊月の理性が悲鳴を上げてもう何が何なのか分からなくなっていた。


「き、聞こえます……先輩余裕のある感じだけど、意外と緊張してるんですね」

「そりゃあ、ねぇ?大好きな人とぎゅーってしてるんだから、緊張の一つや二つはするよ?」

「何だか不思議な感じですね。いつも俺をからかってくる先輩のそういう一面。ギャップが可愛くってイタズラしたくなっちゃいます」

「イタズラって──んあっ!」


 突然聞こえる夏音の嬌声。


「先輩の耳真っ赤ですね」

「ちょっと、耳はダメ……だから……」

「いっつもバカにしてくる仕返しです。えいっ」

「んんっ!」


 湊月の細い指が夏音の右耳を優しく撫でる。いつもなら絶対に出来ないしやらない事だが、狭い場所で極度の緊張状態が続いてる事によって、湊月のテンションがおかしな状態になっているのだ。


「ほんとっ!ダメだから!!」

「耳ってそんなにくすぐったいですか?」

「いやそうじゃなくって!ウチ耳がその……性感帯なの!」

「性感帯……?」

「そう!だから……んはっ!もう!何でやめてくれないの!」

「いや何か、いつもと違う反応が可愛らしいな~って」

「うぅ……いつもは弱気なくせにこういう時だけ積極的になるんだから!」

「それに先輩、あんまり嫌そうにしてないし」

「嫌では無いけど……恥ずかしいよぉ……」

「え~?でも俺耳触ってるだけですよ~?」


 公共の場でできるギリギリの会話をする二人。


 プリクラ機の指示を無視してじゃれ合う湊月と夏音だが、最後のポーズ指定を聞いた時、湊月はハッと我に返った。


『最後はキスプリ!チューしちゃえ~!』

「チュー!?」

「チュー知らないの?キスってことだよ?」

「それは知ってますよ!だけどキスはさすがに……」

「もうっ!急にいつものみっつんに戻るのやめてよね!!」


 トロンとした光悦な表情で湊月を見つめる夏音。


「え、本当にするんですか!?」

「罰ゲーム!」

「そ、それは……」

「はいっ!目を瞑ってるからみっつんから来て!!」


 そう言って、瞳をぎゅっと瞑った夏音。


 淡く頬が紅潮しているその顔を見た湊月は、もう引くに引けない状況である事を察して、高騰している頭の中で理性と本能の狭間を往来する。


 今本当に唇にキスをしても、夏音が怒る事は無い。むしろ待たれている現状だ。


 だが、もしそれをしようものなら、これからの自分と夏音、それに志穂との関係には何かしらの亀裂が入ってしまうんじゃないか?


 残っている僅かな理性で、夏音のぷるんと潤っている可愛らしい唇から目を逸らす。


「じ、じゃあ……行きますよ?」

「うんっ!」


 そーっと顔を近付ける。


 ふわっと鼻腔をくすぐる柔らかい匂いに、理性の箍がボロボロと崩れていくのが分かるが、舌を軽く嚙んでそれを抑えた。


 そのまま、夏音の唇──ではなく、紅潮している右頬にそっと唇を当てた。その瞬間に響くシャッター音。


「こ、これが限界です……」

「…………」

「あの、先輩?」

「……みっつんの」

「え?」


 がばっと湊月の体に抱き着いて、その胸にグリグリと顔を押し当てる夏音。


 そして、湊月には聞こえない程の小さな声音で、


「いくじなし……」

「今何て?」

「何でもない!!」


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