地雷系を着てる先輩はとてもあざとい

「ちょっと早く来すぎちゃったかな……」


 携帯の液晶に映る『9:40』と、その真下にある『日曜日』という文字を確認してぼそっと呟いた湊月。だがそのか細い声音は、いつ何時も途切れることのない忙しなく流れる人の列から発せられる雑音によってかき消された。


 あまり人が混み合っている場所を好まない湊月にとって、ある程度慣れ親しんでいるこの空間であっても若干の頭痛を覚えてしまう。


 右から左、左から右へと、それぞれがバラバラであるはずなのにある種統率されたかのように歩みを進める人々をぼーっと眺めていると、ふと四年前の──今では溌剌はつらつとしている少女、天宮夏音と初めて出会った日の光景が湊月の瞳の奥でくすぶった。それは比喩でも例えでもない、そのまんまの意味で死んだ目をした女の子……


「だーれだっ!」

「うわっ!」

「ウチはどこの誰でしょう~?」

「……私立華文学園の三年生で学校の四大美女の異名を持つ、天宮夏音先輩」

「あはは!大正解~」 


 そう言いながら、夏音は華奢な細い指を湊月の目元から遠ざける。


 視界に色が戻った湊月は、楽しそうにはしゃいでいる声の主の方へと振り向いた。


 そこには、その声音以上に満面の笑みで片手にタピオカミルクティーを持っている夏音の姿が。


「ごめんね~お待たせしちゃったかな?」

「いえ、少し早く着いちゃっただけなんで大丈夫ですよ?」

「それな~早いよね?あっ……もしかして、楽しみすぎて居ても立ってもいられなかったの?」

「……そうですね。久々に先輩と遊ぶので張りっきちゃいました」

「え、あ……ふーん。そ、そうなんだ……ふーん」

「はい。死ぬほど楽しみにしてました!」

「え、いや、あの……」


 徐々に弱々しくなっていく夏音の声音。そんなカスカスの喉元から一生懸命に捻りだした「ありがとう……」という言葉は、周囲の喧騒に消え入ってしまう。


「……」

「…………」

「……先輩」

「ひゃっ!な、何……?」

「先輩自分から煽るような言い方しておいて、そこまで分かりやすく照れます?」

「て、照れてないから!ちょっと大分嬉しかっただけだし!」

「素直なのか素直じゃないのか分からない……」

「あーもーいいから行こ!行きたいとこいっぱいあるんだから!」

「あ、ちょっ痛いですって!腕引っ張らないでください!」




 *




「みっつんさ、お腹の空き具合どんなん?」

「あー……朝結構ギリギリに起きちゃって割と空いてるかもです」

「ほんと!?良かった~!」

「どこかご飯でも食べに行きます?」


 グイグイと腕を引っ張られながら連れて行かれた湊月と顔が真っ赤だった夏音は、二人が待ち合わせていた場所から少し離れた騒音の少ない路道を歩いていた。


 夏音の歩幅に合わせて歩く湊月と、鼻歌交じりに終始笑顔が絶えない夏音。二人の寄り添う距離感は、傍から見れば朝から熱烈にイチャイチャとしているカップルとしか映っていないだろう。


「ご飯はもちろん食べに行くんだけど、もうお店は予約しちゃったの」

「予約?先輩イケメン彼氏すぎません?」

「まぁウチから誘ってるしこれくらいは、ね?」

「ありがとうございます!ちなみに何時から予約してるんですか?」

「十時半!」

「はっやい!それ俺が朝ご飯食べてきてたらどうするつもりだったんですか!?」

「んー、ウチ一人で食べる!」

「悲しすぎますよそれ!それだったら無理してでも食べます」

「あはは、みっつんならそう言ってくれるだろうな~っていう信頼の元だよ、うんそうそう」

「絶対何も考えないで予約したやつだ……」

「まあウチら二人とも空腹なわけだし結果オーライって事!」

「何か釈然としない……」


 バツが悪い表情を浮かべる湊月を他所に、一人ケラケラと笑う夏音。そんな夏音の愛くるしい笑顔を見ていると、細かい事なんてどうでもいいやと、そう心を動かされてしまうだけの魅力がある。まるで魔術のように。


「本当に久々ですよね。二人でこうして遊ぶの」

「それな~。前はしょっちゅうみっつんの家でゲームしてたんだけどね」

「なんなら少し懐かしさすら感じますもん。あ、覚えてます?格ゲーしてたら、盛り上がりすぎて未羽にめちゃくちゃ怒られたの」

「覚えてるよー!二人で正座して一時間近く怒られちゃったよね」

「しかもその後やったFPSでも死ぬほど盛り上がっちゃって、結果的にゲーム機取り上げられましたもんね」

「うわー!懐かしい!いつも可愛い未羽ちゃんに本気で怒られて、ウチ半泣きだったもん」


 大して月日が経っているわけでは無い出来事なのにも関わらず、ノスタルジックな気分に浸る二人。それはきっと、直近に起こった出来事が大きすぎる故なのだろう。


 他愛もない会話で少し前の昔話に花を咲かせていると、ふと湊月の鼻腔をかすめる柔軟剤のような柔らかい匂いが。


「……香水」


 ぼそっとそう呟く。


 集合してからここまでの間で、少なからず緊張していた湊月。だが会話が弾み緊張が和らいだ事で、ふわっと香る非常に心地の良い匂いへと意識を向ける余裕ができた。


 そんな湊月の呟きを聞いた夏音は、じゃっかんムスッとした表情になり唇を尖らせる。


「もうっ、みっつんウチの格好とかに全く興味ないのかと思ってた!てか香水よりも先に気付く事あるでしょ~?」

「気付く事……?」


 そう言った夏音は、肩を並ばせていた場所から早足で数歩前に出て、自身の全身を湊月の視界に映させた。


「……っ!」


 そこにいたのは、湊月が知っている派手な服装に身を包んだ夏音ではなく、黒のトップスに細いベルトで腰回りを締めた灰色のミニスカートを穿いている、所謂いわゆる地雷系と呼ばれる系統の服装に身を包んだ夏音であった。


 基本的にアイロンで髪を巻いている夏音には珍しい直毛のツインテールは桃色のリボンで丁寧に結われており、見える全てが新鮮で目新しい。そして、もちろんそれら全てが様になっているのだから流石の二文字である。


 ただ、際どさだけは相変わらずで、色白い華奢な肩は全面的に露出されている。


「せっかく新しい洋服で来たのに、ぜーんぜんこれに触れてくれないんだもん。あーあ、悲しかったなぁ……」

「え、いや、その……」

「可愛くおめかししてきたつもりだったんだけどなぁ……」

「ご、ごめんなさい……」

「ふーん?謝るよりも先に言う事があるんじゃないの~?」

「えっと……」


 ここまでお膳立てした挙句夏音が喉から手が出る程欲している言葉を発してくれない湊月に、更にジト目を細くする。


 半ば諦め気味に嘆息を漏らした夏音が「まぁいいけどさ」と踵を返し歩き始めようとした時、


「可愛い、です」


 か細い声音で言う湊月。だがその一言を夏音が聞き逃すわけがなく、


「ふふ、ありがとっ♪」

「っ!あ、あの、今日予約したお店ってどういうお店なんですか?」

「あ、話逸らした~」

「そ、逸らしてませんし……単純に気になっただけというか」

「それはね~」


 にやにやと口角を上げている夏音は、もう一度湊月の方へと振り返り、目の下の部分に人差し指を置いて舌先をちょこんと出した。


「なーいしょっ」

 

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