やっぱりあざとい夏音先輩

「……先輩。ここって……」


 眼前で堂々とした看板を掲げている店の前で、固唾を吞んで立ち尽くす湊月。適温すぎる適温な今日という日に似つかない冷汗が、ジワジワと額から零れ落ちる。


「そうっ!ウチが前に話したSNSで話題沸騰の超激辛蒙古タンメンのお店!!『殺気』!!」

「……えぇ、前に行きたいって言ってましたもんね。今来てみて分かったんですけど、この店本当に人が死にます」

「んね~!!お店から出てくる人みーんな顔色最悪だもん!うわぁー!本当に楽しみっ!!」

「……は、はは」


──完ッ全に忘れてた!そういえばこの人、生粋の辛い物好きなんだ……


 店と外界とを隔てる真っ赤な暖簾のれんを、ゲッソリとした表情で出てくる三人組の男性客を横目に、湊月の口からは乾いた笑いが漏れ出す。


 現在、夏音と湊月が訪れているお店『殺気』は、元々それなりに客層の厚い老舗の蒙古タンメン専門店なのだが、SNSでの積極的な宣伝活動や若者ティーンの間で人気沸騰のYouTuberが紹介した事によってその人気に一気に火がついた。今では観光スポット並みの客足を誇る超人気店であり、予約を取るにも2、3ヵ月待ちは下らないはずなのだが……


「このお店、良く予約取れましたね……」

「ほんとそれな~?Webからじゃ予約取れなさそうだったから直接行ったんよ。そしたら、なんと運よくキャンセルが出たとかで予約取れたの!!ウチってば強運すぎ~勝利の女神って呼んで?」

「直接?……ちなみに、どうやって頼んだんですか?」

「えっとねー、店長さんに会わせてもらって上目遣いで『おねが~い♡』って!そしたら、空きが出たら連絡するからって事で連絡先交換して、見事空きが出たってわけ!」

「な、なるほど。要は先輩の美貌で押し通したってことですね?」

「まぁ、魅せ方と使い方だよね~。みっつんにドキッとしてもらう為に練習した、斜め四十五度からのウルウル瞳がこんな所で生きてくるとは!あ、でも安心して?みっつんにする時は、追加でアヒル口も組み込むつもりだから!」

「……自分が可愛いのをしっかり利用できる先輩の器用さには、素直に脱帽します」


 微妙に噛み合わない二人の会話。アヒル口という最大限のあざとさで自身の美貌を武装する夏音の姿を想像した湊月は、一人でに恥ずかしくなり無意識に顔を俯けてしまう。


「……い、嫌だった、かな?」

「え?」


 俯き気味であった湊月の表情を見た夏音は、か細い声音でそう尋ねた。


「いやウチさ、時々一人で盛り上がっちゃって周りを置いて行っちゃうことがあるじゃん?だから、その悪い癖が出ちゃったかな~って心配になっちゃって……」

「い、いえそんな事ないですよ!」

「でもみっつん、何か元気なさそうだし、顔赤いから怒ってるのかなって……」

「ち、違いますよ!それは先輩のアヒル口を想z……はっ!!」


 夏音の珍しく塩らしい様子を目の当たりにした湊月は、慌ててその誤解を解こうと試みるが、その延長で余計な事を口走ってしまい言葉の通りハッと我に返る。


 何とか取り繕おうと言葉を重ねてはみるが、言ってしまった事はもちろん無かった事にはならず、所謂いわゆる後の祭り、もとい身から出た錆というもの。


 しかもそれが、勘の鋭い夏音に聞かれてしまったわけで、


「ん~?ウチのアヒル口が何かな~?」


 口端を上げて、にんまりとした笑顔を受けべる夏音。


「そ、そんな事言いましたっけ?」

「ウチのアヒル口を想像して何なのかな~?」

「想像って言い切る前に止めたじゃないですか!?」

「やっぱ想像って言おうとしてたんだ~?」

「ッ!あーもう!早く行きましょう!!お腹も空いてるし!俺だって辛いもん大好きなんですから!!」

「あはは!知ってるよ~。それより、想像して何なのか早く教えてほしいな~?」


 あたふたしている湊月と、それを見て満足気にからかう夏音。恥ずかしさのあまり居ても立ってもいられなくなった湊月は、夏音の腕を引っ張りながら超人気激辛蒙古タンメン専門手『殺気』の暖簾を潜っていくのであった。

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