女子の察しては8割察せれない

「ここは……?」

「ん~?ウチらがいつも溜まり場にしてる空き教室だけど?」

「空き教室の使用って、確か生徒会の承認が必要だった気が……」

「あー大丈夫大丈夫。ウチと生徒会長マブだから」

「一体どんな人脈ですか……」


 夏音によってズルズルと引っ張られた湊月が連れてこられたのは、いくつかの使用していない机や椅子が乱雑に置かれている、閑散とした無人の教室であった。


 本来、生徒が空き教室を利用するには生徒会の承認が必要というのが華文の校則であるのだが、本人曰く生徒会長とマブな夏音はこの教室の使用が承諾されているようだ。


 入り口付近から動いていなかった夏音は、湊月が教室の中央へ進んで行ったのを確認すると、スライド式の開閉扉をピシャリと音を立てて閉めた。そしてそのまま、唐突な金属音に体をビクつかせた湊月の方へじりじりと距離を詰めていく。


「な、何ですか……?」

「ん~?何も~?」

「な、なら少し離れてくれると有難いというか……」

「何で?」

「近いから……?」

「良いじゃん、別に」

「密着しちゃいますよ!?」


 前方へ踏み出す夏音の一歩一歩に合わせて、同じような歩幅で後退していた湊月だったが、とうとう壁際まで追い詰められてしまい逃げ場が無くなってしまう。それまでは、近いとはいえ一定の幅を保っていた二人の距離だったが、尚も止まる気配を見せない夏音によって更に縮まり、互いの顔がもう目と鼻の先に位置するまでになっていた。


 夏音の流れるような美しい黒髪から微かに漂ってくる柔らかなラベンダーの香りが鼻腔をくすぐり、暴れまわっている湊月の心拍は落ち着かせるのが困難なまでに暴走している。


 僅かほどもない距離となり湊月との身長差が顕著になった夏音は、華奢な首に角度をつけて上目遣いのまま口を開く事無く、引き込まれそうなその美しい瞳をただただ目の前の少年に向けて開いていた。


──これが……ガチ恋距離ッ!?


 状況による混乱と、黒髪清楚な先輩の説明のつかない突飛な行動に対する動揺から、まとまらない思考の末に意味不明な解釈をする湊月。


 ガランとした空き教室で身を近付け合う──廊下を通りかかった誰かが見たら、カップルのイチャつきにしか見えない親密な空気間の中で、互いの瞳の奥の底を探り合う二人。


 そんな中、空気に重くのしかかった無言状態に耐えきれなくなった湊月は、しぶしぶといった様子で会話を切り出す。


「……お、怒ってます?」

「いーや?」

「本当に怖いんですけど……?」

「それはさ、何か心当たりがあるから怖がってるの、カナ?」

「何で語尾がカタコトなんですか!?本当に心当たりがないので、何かあるなら言ってください。彼女いない歴=年齢の童貞男子に察しては、ペットに家を掃除させるよりも無理な話ですよ」

「ふーん。二人から告られて、絶賛垂らし中のモテクズ男の発言とは思えないなぁ……」

「ウグッ!そ、それとこれとはまた別の話と言いますか……」

「……はぁ。別に怒ってないのはホント。ただちょっと拗ねてるだーけ」


 密着していた湊月との距離を少し空けた夏音は、近くにあった生徒用の机にひょいっと腰をのせて、唇をちょこんと尖らせながら半目で目の前の男子の姿を捉える。


「拗ねてる……?いやでも、先輩が俺に対して拗ねることなんて──」


 そこまで言ったところで、ハッとつい最近あった出来事を思い出して口を噤んだ。


──もしかして、志穂と二人で遊び行った事に対して……?いやでも、その話は夏音先輩にはしてないはずだし……


 しかしそんな疑念も束の間、机に座ったままの夏音はスラっと伸びた足を宙でプラプラとしながら、湊月の考えを見透かしているかのように口を開いた。


「ウチが拗ねてる理由……今みっつんの頭の中に浮かんでる事で当たってると思うよ~?」

「え、いやでも、志穂が新しく買った洋服を見せる為に家に来た事なんて誰に聞いたんですか?あ、もしかして志穂とその話しました?」

「え、何それ?ウチが知ってるのは、みっつんと志穂っちが一緒に映画デートしてたって事なんだけど。てか何、洋服を見せる為に家に来た?聞いてないんだけど!?」

「いやまぁ映画は観に行きましたけど、あれはデートと言うよりオタク同士のオフ会みたいな……ほぼアニメ関連だし」

「新しい洋服が可愛かったからって普通直接見せに行く!?志穂っちあざと可愛すぎるんだけど!!今度一緒にショッピングしに行こ!!」


 微妙に話が嚙み合わない二人。

 

 湊月をほったらかしに勝手に盛り上がっていた夏音は一度コホンと咳払いをして、


「と、とにかくウチはすっごく拗ねてるわけ!だって、こんなのって不公平だと思わない?高三だけ受験なんたらとかで日曜日学校行かされて、みっつんと志穂っちだけその間お楽しみなんて」

「えぇ……ま、まぁ(?)」


 それは不公平なのか?と思いつつ、曖昧に頷いた湊月。そして、その反応を確認するや否や、夏音は口端を上げてにやっとした笑みを見せた。


「てことで、今週の日曜日はウチが貰うからね!!ウチがしたい事にひたすら付き合ってもらうから!」


 満面の笑顔で言い放つ。


 それを聞いた湊月は、最初こそ「俺の予定は……」と困惑したものの、あまりにも楽しそうに笑う夏音を見てそれら全ての感情が吹き飛んだ。そしてふと、目の前にいる彼女と初めて出会った日の──四年前の彼女の面影が重なる。初めて笑ってくれたあの日の夏音と。


「やっぱり先輩は、笑顔が一番素敵ですね。心の底からそう思います」


 抱いた感情が考えるよりも先に言葉として形成される。


「なっ!!」


 一瞬で顔を赤に染めた夏音は大きく口を開いて頓狂な声を出す。しかし、すぐにその唇をすぼめるとゴニョゴニョとした声音でぼそっと、


「そういうとこだよ……ホントに」

「え?声が小さくてよく聞こえ──」

「何でもない!とにかく日曜日約束ね!詳細はLINEで連絡するから!!遅刻欠席は認めませんっ!それじゃあ!!」


 そのまま勢いに任せて空き教室を出て行った夏音。


 そんな様子をぼーっと不思議そうに見ていた湊月だったが、ガランとした空き教室にこれ以上一人で長居する理由もなかった為夏音に次いで教室を出た。その際、鍵を閉め忘れたらしい夏音が急いで戻っているところに遭遇して、結局は二人でそれぞれの教室へと戻った。


 ちなみに、朝倉まなの握手会抽選には見事二人分しっかりと当選していたようで、湊月が自教室に帰ってきた瞬間翔馬が大声でそれを伝えながら飛びついてきた為、教室中にAV女優の握手会に行く事が知れ渡ってしまうのだった。

 


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 お待たせいたしました!更新再開します!!エル狂の方は、もう少々お待ちくださいませ!

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