アニメイトは国宝

「アニメイトも何だかんだ久しぶりだけど、やっぱ壮観だなぁ……」


 多くの同じ趣味を持つ同志達と、数多くの至高の品々をぐるりと眺め回し、まだ実家住みなのにも関わらず実家に帰省したかのような安心感を憶えた湊月は、安堵の溜息と共にぽつりと呟いた。


「湊月久しぶりなの?何か意外かも」

「まぁ、久々って言っても……三か月ぶりくらい?」

「えぇ!?全然来てないじゃん!もっと頻繁に通ってるかと思ってた!」

「ん~でも、アニメイトに足を運ぶ頻度なんてそんなもんじゃない?」

「そ、そうなの……?へ、へぇ……」


 あからさまに視線をズラして、ぎこちない笑みを浮かべた志穂。違和感を感じさせるその様子を訝しんだ湊月は、同じ調子で質問を投げかけた。


「志穂は、最後に行ったのいつなの?」

「わ、私も……その位かなぁ、うんうん。その位その位!」

「でもさっき、俺に全然来てないって……」

「そ、それはぁ…………そうっ!思い返してみたら私もその位だったのよ!!」

「…………」

「…………」

「……本当は?」

「い、一週間前……」

「志穂って、昔から嘘つく時に眉毛が上がって下唇噛む癖あるよね」

「……ッ!み、三日前よ!!幼馴染なのをここぞとばかりに利用してくるのズルいわ!!うぅ……湊月のイジワル」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……」


 ほんのりと眼の淵を潤わせて不服そうに唇を尖らせた志穂を見て、その思いもよらぬ可愛さに、すぐさま引き気味となってしまう湊月。特に嗜虐しぎゃく趣味などがあるわけではないのだが、意識外で新たな性癖の扉にノックをされてしまうのだから、美人な幼馴染というのは恐ろしい。


「別にわざわざ嘘つかなくても良かったのに」

「乙女の、せめてもの恥じらいってやつなんですぅ!鈍感ラノベ主人公の湊月君には分からないかもねっ!ふんっ!」

「俺の人生が、あそこまでご都合主義の塊だったらなぁ……生憎あいにく平平凡凡を突き進んでるんですね」

「日常系ラノベ主人公って、大体は容姿も性格も平凡って書き出しから始まらないかしら?」

「おっと。何だかメタい危なな雰囲気が出てるからこの話はやめとこう?」


 雲行き怪しい会話の帆先を直すように、湊月は軽い調子で流れを遮り、志穂はコホンと一度咳払いをした。


「それに……好きな人から布教された趣味を、今では完全に私の方が沼って本気すぎてるの、ちょっぴり恥ずかしいんだもん」

「全然良いと思うんだけどなぁ……むしろ嬉しいくらいだよ?自分が好きなものを勧めて、志穂が俺以上にそれを好きになってくれて」

「……そうなの?」

「もちろん!友達がそもそも少ないってのもあるけど、周りに二次元関連の話できる人本当にいないから、志穂と好きなアニメとかラノベの話で盛り上がれるのすっごい楽しいし!!えっと、だから、気にする必要ないんじゃないかなぁ……と」


 湊月は喋っている途中で、オタク特有──なのかは分からないが、自身の悪い癖である、大好きな趣味を語る時に相手の反応ガン無視で、語り口調が勢い余ってしまう部分が出てしまっていた事に気が付き、申し訳なさ気に志穂の表情を窺った。


 だが、志穂も生粋の二次オタ。その為、湊月が危惧していたような反応は当然皆無である。むしろ、オタクというもののさがなのか、自身の趣味を盛大に肯定され、先程よりも嬉しそうに目を見開いていた。


「んーっ!もう湊月大好き!!変に気にしてた私って本当にバカっ!」

「ちょっ!志穂!?」


 頭が高騰し完全に自重を忘れた志穂は、興奮冷めやらぬまま店の中で思い切り湊月の腕に抱き着いた。

 

 そもそもアニメイトという空間に、桃色の髪の毛にピアスといった一見すれば純粋なギャルのような容貌をした女子高生がいるだけでも割かし目立つのだが、そんなJKが男とイチャイチャしていればそれは当然衆目の視線を集めるというもので……。


「……チッ」

「他所でやれよ鬱陶しい……」


 直接は言ってこないが、遠巻きでギリ聞こえる程度の声量によるサプレッサー付き射撃口からの正論という銃弾が、湊月の鼓膜をかすめる。


 ──しかも志穂、聞こえてないし……


 だが、非常に嬉しそうな表情を浮かべる志穂にこれを伝えるのは流石にやぶさかだと感じた湊月。それとなく距離を作るよう前に出て、


「ほら早くグッズとか見に行こ!体がウズウズする!!」

「うん!行く!!」


 ショッピングモールに並んでいる店舗の一つに設けられているアニメイトという事もあって、広さ自体はそこまでの規模は無いのだが、それでも尚オタク達の純粋無垢な──それこそ子供心と呼べるものをくすぐるには十分過ぎる様を呈していた。


 湊月と志穂は、交互にそれぞれが好きな二次元コンテンツのブースへと足を運び、和気藹々わきあいあいと商品を選び、最初こそあからさまに訝し気な冷たい視線を送ってくる者だったり、すれ違った際にヒソヒソとツンケンした物言いをしてくる者に気を取られていた湊月だったが、大好きな幼馴染と大好きなコンテンツに浸っている内に、雑多なそれらは無意識のうちに耳から完全シャットアウトされていた。


 順々に買い物かごへとグッズを入れていき、次々と積み重ねられていく種類の豊富な商品の数々。湊月は主に今ドハマりしているVTuber関連のものを、志穂は昔から好きな某王道系週刊誌や今期に放映しているアニメのグッズを選りすぐった。


 そして、二人ともある程度欲しいものを選び終わり、残すは湊月が今日最もアニメイトに訪れたかったその理由となるブースのみに。


 ついにそのブースへと訪れた湊月は、そこに陳列されている推し二人の華々しくも可憐なその姿に、理性のタガが限界を突破してしまった。


「……ッ!!!………………だぁ!!はぁはぁ……」

「ど、どうしたの湊月?」

「呼吸を忘れた……」

「そんな事ある!?」

「だって……ッ!か、可愛すぎるッ!!!」

「理由になってないよ!?」


 今日から全国のアニメイトで販売が始まった『EnCouragE』通称ESEの公式商品となる、所属VTuber天使悪魔あまつかでびる春夏秋冬しゅんしゅうとうかのアニメイト限定グッズを前に、湊月は言葉の意味そのまま呼吸する事を忘れてしまっていた。


「……そういえば、今日からだったね」

「うん!めっちゃ楽しみにしてたからヤバいよ!!死ぬ!」

「ふふ、本当に嬉しそう」

「あー顔が熱い。……ん?てかさ。今日からだったねって何で……」

「あ……。えっと、いや……」

「それに、さっきのファミレスでも、俺がVの話をし始めた途端に上機嫌になったり……」

「そ、そうだったかしらぁ……あはは……」

「もしかして志穂って──」

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