好きってなんだろうね

「んんーーっ!色々あったけど楽しかったぁ……」


 腕を上げて背筋を反らした志穂は、ほんの少し背伸びをして、ぐーっと体を伸ばしながら満足気に笑みを浮かべた。


 ゆったりと流れるこの時間に名残惜しさを感じながら、湊月と志穂は、突発的に始まった今回の映画兼ショッピングデートのラストを飾る最後の場所──二人にとっての聖地へと、向かう足を急がせる。


「俺もめちゃくちゃ楽しかったよ。二人でゆっくり遊んだのなんて、本当にいつぶりだろ?」

「う~ん。華文の入学式で…………あーでも、あの時も湊月と私の家族ぐるみの食事会だったから……二人きりってなると、思い出せないかも?」

「はは、俺も思い出せないや。……そのー、志穂の時間がある時で良いから、また遊んでくれたら嬉しいな〜……なんて」

「また私と遊んでくれるの!?もちろんっ!いつでも暇だから!!」


 目を輝かせながら、興奮気味に体を寄せてくる志穂。


「そ、それは嬉しいけどさ。いつでも暇は流石に大袈裟じゃない?生徒会の仕事もあるだろうしさ」

「湊月の為なら時間なんていくらでも空けるもん!それに私、副会長だし!」

「副会長だから休める……?それって、所謂いわゆる職権濫用というやつでは……?」

「細かいことは良いの!とにかく、私の中では湊月の事が最優先!!分かった??」


 志穂の、澄みきった純粋なその文言と眩い瞳にてられた湊月は、恥ずかしさと嬉しさからほんのり朱に染まったその顔を曖昧に頷かせた。


──情けないなぁ……俺


 暖かい感情に包まれた心内に差す、微かな──それでいて明確な陰りに、うんざりとする湊月。


 自分にとって本当に大切な人で、大好きな志穂に『好き』や『湊月の為なら』と、そう言われて同じように返せない自身に憤りすら感じてしまう。『好き』という、漢字でも平仮名でも同じ二文字のその言葉。それなのにも関わらず、志穂や夏音の『好き』は動詞で、湊月の『好き』は形容動詞。好きの種類の違いだと言えば話は早いが、多数に向ける好きと特定の──いや、特別な者へ向ける好きというのは、果たして明文化出来る程の相違があるのだろうか。


 きっと翔馬にこんな話をしようものなら、お腹を抱えて笑われてしまうだろう事柄を、深夜ベッドの中で悶々と悩み続けてもなお、日本語と感情の難しさが分かるだけで肝心な答えには擦りもしない。


──ほんと、好きって何なんだろうなぁ……


 考えれば考える程答えが遠のいていくような。それでいて、心の中にずっとへばりつくるのだから本音を言えば鬱陶しい。だが、それ以上に───


「も~、湊月また難しい顔してる。可愛いお顔が曇っちゃてるよー?」

「……ごめんごめん。ちょっと考え事してたんだけど、志穂と喋ってたらその悩みが少し軽くなったよ。ありがとう」

「急にどうしたの?まぁ悩みが軽減したのなら良かったけど……」

「志穂が最近素直すぎるから、俺も素直に気持ちを伝えただけ!それに、ありがとうとごめんねを素直に言える男はモテるぞ!って、翔馬から教えてもらったからな」

「湊月は十分モテてると思うんだけど……?あ、もしかして更に女の子を侍らせようと!?もしかして湊月って……すけこまし!?」

「いやそういう意味じゃないけどね!?言葉の綾というか、表現の誤解というか……」

「ふふ、そんなにテンパらなくても分ってるわよ。冗談冗談」

「そもそも、俺は志穂と夏音先輩以外の女子とは一週間に一回話すか話さないかだから。それに話すにしても、翔馬を呼んでほしいっていう完全に利用されてるアレであって……」

「うぅ~む……私としては、女の子の絡みが無いのは嬉しいけれど、その気持ちに反して、もっと湊月の良さを知ってもらいたいという葛藤が……。あぁもうっ!難しいわ!!でもやっぱ知ってほしくない!!ライバルが増えちゃう!!」

「いや……増えないよ?多分……絶対」

「そんな事ないもん!!湊月の優しさにコロッと落ちる泥棒猫が出てくるわ……全くこっちは夏音先輩だけで精一杯だというのにっ!」

「泥棒猫って……大丈夫だよ、自分で言うのも何だけど志穂と夏音先輩が物好きな方だと思うし……あはは、言葉にしてたら悲しくなってきた……」

「えっと……ごめ、ん(?)あ、ほらほらっ!!もう着くよ!!」


 言葉を連ねていくごとに、段々と悲しげな表情を濃くさせていく湊月。そんな湊月の肩をトントントンっと叩いて、前方を見上げるように示す志穂。


 湊月がそれに従ってゆっくりと視線を上げると、二人がこのショッピングモール内で最も好きな場所であり、訪れるのを極めて楽しみにしていた、デートの締めくくりとして選ぶには志穂と湊月らしすぎるお店が、堂々と瞳いっぱいに映った。


「来ちゃったね……」

「来た、な……」


 生唾をごくりと呑み込む。


 一度入れば無数の誘惑と、手にしている軍資金との戦いとなる、いわば戦場さながらのそこ。その場所とは、


「「アニメイト!!」」

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