第3話 新しいマンション
亜沙子は半年くらい経って、3LDKのマンションに引越した。新築の億ションだった。いいなぁと、俺は心の中で思っていたが、俺が同じ間取りの物件を買えるとしたら郊外でないと無理だし、残りのサラリーマン人生を捧げないといけないことになる。年収というのはどんなに背伸びをしても変わらない。FXとか投資をやってみたけど、むしろマイナスになってしまった。
その頃の俺の家は新宿から私鉄で20分くらいの所にあって、彼女の家は山手線の内側だった。移動に1時間近くかかってしまうから、俺は彼女の住んでいる駅の近くに引越した。俺が借りたのは風呂なしアパートだった。風呂は彼女の家で入ることにしていた。それか、銭湯か、もしくは台所で体を拭くだけでいいと思った。
彼女の旦那は帰りが遅いことが多かった。だから、仕事が終わってすぐに彼女の家に行って、旦那が戻る前に退散する。旦那はマメな人で、何時に帰るかを必ずメールしてくれる人だったようだ。だから、危ない場面は一度もなかった。
そこまでリスクを冒してと思われるかもしれないけど、俺たちは本気で惹かれ合っていて、1日も間を空けられなかった。
旦那は典型的な発達障害の人だった。家に帰って、風呂に入って、ベッドで本を読んで寝るだけだった。あの人には3LDKのマンションなんかいらなかった。本当に決まりきったことしかしない。変則的なのは、月に2回くらい、いきなり奥さんのズボンを脱がして、行為をするだけ。本当に予告なく始めるみたいだった。馬鹿なんじゃないかと思う。
旦那には他にも面白生活習慣があった。睡眠導入剤を飲まないと寝れないということだった。薬を飲むと本当に起きないらしく、彼女は旦那が嫌で娘とリビングで寝ていたそうだ。
だから、俺は仕事が終わって彼女のマンションに行き、旦那が帰って起きている間、物置部屋に潜んでいるようになった。物置と言っても、彼女が片づけてくれたから、布団も敷けるようになっていた。俺はそこで寝不足を補うため仮眠を取る。そして、旦那が寝た頃に、俺の所に彼女がやって来るという、幾分大胆な生活を始めた。俺の物置部屋は廊下に面しているから電気はつけない。できるだけ声も出さない。今考えると異常だけど、その時は何とも思っていなかった。俺はまるで袋法師みたいだった。
俺たちの関係は旦那に全然バレず、すでに3年くらい経っていた。その頃には、子どもが物心ついて来る。それで、今後、どうしようかとなった時、俺は躊躇なく仕事をやめた。子どもが幼稚園に行っている間に、彼女に昼間会うためだ。朝、出勤しなくてよくなったから、俺は物置部屋でゆっくり寝ていて、旦那を送り出し、彼女が子どもを幼稚園に送ったらすぐに戻って来る。彼女はママ友とお茶して・・・と、いうことはしなかったようだで、いつもとんぼ返りで帰って来てくれた。
俺たちは思う存分セックスしても、時間があまるほどだった。
それなのに、俺が仕事をやめてすぐに、彼女に子どもができた。どうせ旦那の子だったけど、俺たちは関係をつづけた。AVでは妊婦さんとセックスしてるけど、撮影の後、亡くなってしまった人がいるらしい。俺は体への影響が怖かったし、彼女も本気でやりたかったわけではないと思うんだけど、俺たちは毎日やっていた。彼女は間が空くのが怖かったんだろう。俺たちには、もう何もなくなっていたから、ちょっと距離ができたら、すぐに自然消滅する気がしていた。共通の未来がないから会話もないし、ただ、会ってセックスするだけになっていた。禁断の関係。そんなものに対する興奮はなくなっていた。それどころか、俺は仕事を失い、将来に不安を感じるようになってしまった。
年齢的に失業保険をもらえるのは、わずか3ヶ月だけ。それで、俺は再就職を目指すようになった。彼女は今のままでいたいと言ったけど、彼女が臨月になるまで彼女の家で暮らして、出産する時には家を出て行った。
しばらくは何もできないなら、彼女に会う意味はなくなってしまった。体が心配なんてことはまったくない。生きてても、死んでてもどっちでもよくなった。どうして、そんなに一気に覚めてしまったのかはわからない。
俺は四畳半風呂なしの部屋で一人になって、何をやっていたんだろうとバカバカしくなった。どうして、東証一部上場の会社を辞めてしまったのか。女にそれだけの価値があったのか。あるはずはなかった。
俺は女に遊ばれていただけなんだ。女が失うものはなくて、俺はすべてを失った。俺は女をきっぱりと切ることにした。それで、慌てて簿記の勉強するようになった。次の就職に備えてだった。
***
彼女は子どもが2人になって自由が利かなくなった。俺たちは全く会わなくなったけど、彼女は毎日連絡をして来た。俺は言った。「体が空いたら連絡して。それまではいらない」
彼女は生まれた子どもの写真を送って来た。
「ねえ、聡史にそっくりじゃない?」
写真のこどもは目鼻立ちがはっきりして、旦那にも彼女にも似ていなかった。俺の子・・・?俺はびっくりした。初めての自分の子ども。俺は嬉しかった。旦那はどう思ってるだろうか。浮気に気付いているんじゃないだろうか。俺は旦那に仕返ししてやったような気分になった。
「男の子なんだ。名前は聡史にしたよ。ちょっと古いねって言われたけど・・・。どうしても、その名前にしたくて」
「息子に手を出すなよ」
俺は言った。
「冗談じゃない。そんなことするわけないじゃない」彼女は怒っていたけど、あの女ならやりかねない。
その後、5年くらいして彼女は離婚した。旦那が職場の人と浮気して、離婚したいと言ってきたそうだ。彼女は聡史のことがあるから、争わなかったらしい。子どもの見た目が明らかに他人だから、義理の両親からも浮気を疑われていたということだ。嘘は必ずバレるもの。
***
俺は今でも彼女に会っているけど、相変わらずがめつい女で、常に男がいる。俺は男が途切れた合間に声がかかるだけ。
聡史は大学生になったけど、俺に生き写しだった。俺は彼とすでに何度か会っていて、俺が本当の父親だと気が付いている。亜沙子も「本当のお父さんよ」と言って俺を紹介した。
でも、彼は俺の存在が恥ずかしいらしい。先日、「僕の父は〇〇だけです」と言われてしまった。俺たちはそっくりなのに、彼は現実を見ようとしない。
俺は言ってやった。
「君のお母さんに聞いてごらん」って。
「俺たちがその頃どんな生活をしていたか、どっちが本当の父親か聞いたらわかるよ」
彼は泣いていた。
彼の存在は俺の心の支えでもあったのに、俺の存在さえ否定されてしまった。実母だったら、「産んでくれてありがとう」と言ってもらえるのに、実夫はそうではない。彼の誕生と引き換えにしたものは、俺の人生そのものなのだが。
俺の人生は一体何だったんだろうと、最近は思う。
間男 連喜 @toushikibu
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