第2話 再会

 携帯に彼女からの着信があった時は信じられなかった。俺は緊張しながら電話に出た。

「はい」

「聡史?」

 懐かしい彼女の声だった。婚約までしたのに、別れてから一度も聞くことがなかった愛しい彼女の声。

「うん・・・あ、亜沙子?元気?」

 俺は彼女が忘れられなかったので、興奮を抑えられなかった。声が震えていた。

「うん。この間、出産したばっかり」

「あ、そうなんだ」

 もう子どもができたんだ、と俺はショックを受けていた。

「おめでとう・・・」

 俺が一生持つことが叶わない、子どもという宝をあの二人は易々と手に入れている。

「どうしてる?彼女できた?」

 亜沙子は、俺がまだ彼女を忘れられないことを知っていて、わざと聞いているようだった。

「いるわけないだろ」

 俺は正直に言ってしまった。お前以上の相手がいるはずがない。俺は泣きそうだった。

「ごめんね・・・私バカだった」

「え?」

「私もやっぱり聡史じゃなきゃだめだった」

「そんな・・・今さら」

 俺は愕然とした。

「じゃあ、旦那と別れて俺と結婚する?」

「それは無理。だって、子どもがかわいそうだから・・・」

「小さいうちなら気が付かないよ」

「でも・・・やっぱり実の親じゃないと」

「じゃあ、何のために電話して来たんだよ?」

「私がまだ聡史のことが好きだって知ってほしくて・・・」

「何言ってんの?俺を捨てて他の男と結婚したくせに。子どもができて満足だろ?」

「旦那のことは好きじゃないの・・・」

「じゃあ、何で結婚したんだよ」

「わからない。あの頃は私も精神的におかしくなってて・・・私バカだった」

 彼女は泣いていた。

「もう仮面夫婦なの・・・全然会話もなくて・・・あの人、元カノとも会ってるみたいだし」

「・・・」俺は返す言葉がなかった。

「会えない?」

「え?無理だろ?子どもがいるのに・・・」

「うちに来てくれればいいよ」

「でも・・・」

 俺は渋った。旦那にばれて修羅場になったら最悪だからだ。

「旦那は出張でいないから大丈夫」

 最後の言葉で、俺は気が変わった。すぐに出かける準備をして、彼女の元に駆け付けた。俺の中に迷いはなかった。彼女と復縁するんだ。


 ***


 彼女のマンションはエントランスからして豪華だった。家は広めの1LDK。分譲賃貸の高級物件だった。リビングには旦那との結婚式の写真が飾ってあった。眼鏡をかけていて、不細工な年上男。

 でも、公認会計士だから金はある。

「高そうな部屋だね」

 場所柄、月の家賃は20万くらいはしそうだった。

「一時的に住んでるの・・・もうすぐ引越すんだ。もうマンションを買ってて・・・」

「すごいね」

 俺には、今彼女が賃貸で借りている、部屋の家賃さえ払えなかった。彼女は子どもをベビーベッドに寝かしていた。

「今日、泊まって行かない?」

「明日会社だから・・・帰るよ」

「そう・・・」

 彼女は涙ぐんだ。

「どうしたの?」

「ううん。何でもない」

 結婚生活が余程辛いんだろうと俺は思った。

「俺と結婚すればよかったのに」

 俺は負け惜しみを言った。旦那は社会的地位と年収では一生勝てそうにない相手だったのに。

「うん。ごめんね」

 子どもの写真が飾ってあるけど、旦那に似て不細工だった。女の子なのに、旦那に似てしまったようだ。俺の子どもだったら絶対かわいかっただろうに、と思う。

「君が幸せじゃなくてよかった」

「え?」

「そうじゃなかったら、俺は耐えられないよ」

「聡史。ごめんね」

 彼女は俺に抱き着いた。すっぴんで育児でくたびれた彼女。ノーブラで巨乳だけど、胸が垂れていた。俺が旦那だったら浮気するだろうと思った。


 俺たちは子どもを放置して、リビングでセックスした。彼女はもう昔の彼女ではなかった。驚くほど体型は崩れていたし、乳輪は不気味に大きくなっていて、顔だって浮腫んでいるみたいだった。

 でも、やっぱり好きだった。他の男の妻になっても。俺の気持ちは変わらなかった。俺たちは泣いていた。


「君の旦那はどんなことするの?教えてよ」

「どんなっていうのはないの・・・脱がないし、前儀なしでいきなりなの・・・自分だけ良ければいいっていう人」

「ふうん。でも、自分で選んだんだし、君は子どもが作れて、金があればよかったんだろうし。きっと、旦那はもう君に飽きてるんだよ。子ども産んで体だって崩れてるし・・・」

「うん。あの人、女がいるのよ・・・」

 彼女は寂しそうに笑った。

「君には俺がいるじゃん」

「うん」

 彼女は頷いた。俺たちはこれから、お互いの合意の下で不倫を続行するんだ。あの男より、俺の方が絶対彼女を愛してる。それだけが、俺のプライドを支え続けていた。


 ***


 それから、俺は旦那が出張でいない夜は、彼女の元に帰るようになった。旦那の部屋着を着て、夫婦の寝室で寝る。金持ちの旦那が使っている、高級なボディソープやシャンプーを勝手に使う。俺が持って行くのは歯ブラシだけ。

 さらに、一番大事なもの。奥さんを拝借する。俺に避妊は必要ない。彼女の体内に俺の細菌と細胞が満ちていく。彼女もそれを喜ぶ。旦那より俺の方が回数が圧倒的に多い。俺が勝てるのは若さだけ。


 

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