第36話 お別れの言葉


「どうしたの?いきなり俺の家に来て」


 大地は疑問を抱いたような表情を浮かべた。


「ごめんなさい。連絡せずにお尋ねしてしまって」


 照は伏し目がちで決して大地と目を合わせなかった。現時点の彼女の心境は悲しさに溢れていた。そのため、目を合わせないようにしていた。あったら、悲しみが促進されるから。


「それはいいよ。俺ら、付き合ってるんだから」


 大地は軽く微笑んだ。


 照は彼の気遣いを察し、心が締め付けられるような感覚を覚えた。


「・・・そうですね」


 照は心の中が徐々に乾いていくのを感じた。


 だけど、そんな状態で事は進まない。だから、意を決しなければならない。


 彼氏に伝えなければならない。


「いきなりなんですけど、ちょっとよろしいですか?」


 照は瞳を潤ませながら、大地に上目遣いを向けた。もう覚悟が決まった顔をしていた。


「うん・・・。どうしたの?かしこまって」


 大地は頭の上にクエッションマークを浮かべた。


「大事な話なんです」


 照は冷静さをキープするために、かぶりを振った。そうしないと、今度は行動できなくなる。


「う、うん。・・・わかった」


 大地はかつてない照の真面目な表情に戸惑った様子だった。


 照は大地の了承を受けるなり、す〜っと深呼吸した。そうしなければ、落ち着かなかった。心臓の鼓動がうるさく、残念ながら静まってはくれなかった。


「単刀直入に言いますと、私達別れませんか?」


 照は覚悟を決めて、別れの言葉を切り出した。


「え・・・」


 大地は突然の発言に目を丸くした。口も半開きになっていた。


 照は当然だと思った。まさか、別れの言葉を伝えられるとは微塵も予想していなかっただろう。彼女が彼でも同じ反応をするだろう。それに、彼女は別れを漂わせる素振りをこれまで1度も披露していなかったのも大きな要因だろう。


「言葉の通りです。今日限りで私達はカップル解消です」


 照は心が虚しくなるのを痛いほど感じながら、淡々と説明した。


 2人の間に重たい沈黙が生まれた。


 照は口をきつく噤み、大地は呆然としていた。


「い、いきなりだね。でも、それじゃあ、納得できないよ。理由はないの?」


 大地はようやく我に返り、沈黙を破った。


「それは・・・あなたを嫌いになったからです。あなたのことが」


 照は口に出すのが辛い言葉を敢えて気持ちを押し殺して発した。本人は知覚しなかったが、唇が小刻みに震えていた。心に強い傷を負う痛烈な感覚を覚えながら。


「嫌いになった!?どんなことで嫌いになったの?それもあるはずだよね?それを言ってよ!すぐに直すからさ!!!」


 大地は慌てた口調で素早くまくし立てた。彼からは別れたくない気持ちが存分に伝わってきた。


「しょうがないじゃないですかー!!」


 照は普段では考えられないほどの怒りの篭った大きな声をあげた。それが起因して、室内に大きな音が響き渡った。


「えっ、照・・・」


 大地は照の声に驚愕し、大きく目を剥いていた。信じられないっと顔に描かれていた。


「ご、ごめんなさい。失礼します!」


 照は踵を返し、がむしゃらにダッシュで大地の自宅から抜け出した。


 彼の家から出る頃には彼女の瞳からは大量の涙が溢れていた。


 止まらなかった。


 視界は乱れ、頬には熱い液体が何度も通過した。しかし、それは留まることを知らなかった。逆にどんどん流れ落ちてきた。


 彼女の気持ちが悲しくなるほど、身体は反応してどんどん涙を吐き出した。


「うっ。ひぐっ。う〜〜っ」


 照は嗚咽を漏らしながら、学生マンションを飛び出し、全速力で自宅へと駆け抜けた。


 目の前にはぼやけた歪んだ世界しか存在しなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る