第35話 両親


「照!ちょっと1階のリビングに来て」


 突然、照の部屋がノックされ、室内に金髪碧眼の大人の女性が入室した。


「お母様。いきなりどうされたんですか?」


 照は滅多に自室に足を運ばない母親に驚きを隠せなかった。なぜなら、彼女と母親が出会う場所は大抵がリビングなのだから。


「いいから来て。至急ね」


 母親は照を急がせるように催促させて、即座に早歩きで部屋を退出した。


「どうしたんでしょう?」


 照は不思議に思った。


 だが、そうはしておれず、指示通り1階のリビングへと足を運んだ。


 すると、リビングのテーブルに座る2人の大人の姿があった。1人が先ほどの母親でもう片方が眼鏡を掛けた迫力ある純日本人の男性だった。


 照が階段を降り終えてリビングに足を踏み入れた途端、その男性とばっちり目が合った。


「私の向かいに座りなさい・・・」


 男性は威圧感のある低い声で照にそう命令した。母親も同様の雰囲気を醸成していた。


「・・・はい。お父様・・・」


 照はぴくっと肩を震わせながらも、彼の言葉通りに素直に従った。


「お前を呼び出したのには理由がある。いいか?正直に答えなさい」


 照の父親はテーブルの上で両手を組んだ。その仕草からは実に威圧感があった。


「?それは、どういったものに答えればいいのですか?申し訳ありませんが、私にはわかりません」


 照は言葉の意図が理解できず、困惑しながら父親と母親の顔を窺った。


「じゃあ、私から言うわね」


 母親が右手を高々と上げ、いきなり会話に割って入った。


「あなた、今、ある男性と交際してるんじゃないの?ねぇ、そうよね?」


 照は目を見開き、速攻で母親に視線を走らせた。


「どうして?それを知ってるんですか・・・」


「あら、やっぱり当たりみたいね。まぁ、あなたの勉強机に載っていたプリコラ写真を発見して、もしかしてと思ったんだけどね」


 母親はスマートフォンを操作した後、テーブルの上に置いた。画面には照が大地と撮ったプリコラ写真が映っていた。おそらく、彼女がカメラを使って写真として保存したのだろう。


「そ、それで私が付き合ってることに関して何かあるんですか?」


 照は嫌な予感を感じながら、頭に浮かんだ歯切れの悪い口調で疑問を投げ掛けた。


「そうだな。大いに関係がある」


 父親が眉間に皺を寄せ、険しい顔を作った。


「悪いが、お前にはその彼氏と別れてもらう」


 父親は照の返答を待たず、衝撃的な言葉を真剣な表情で発した。


「え・・・」


 照は一瞬、頭の中が真っ白になった。父親が何を言ったのか、理解することができなかった。


『えっ、別れる?私が大地君と?』


 今日は大地の自宅から帰ってきたばかりだった。昨日、ファーストネームで名前を呼び合えた。これから、もっとカップルらしいことをやりたいと思っていた。旅行やカラオケなど色々。そんな矢先に。


「悪いな。お前には今後、お見合いで結婚してもらう予定になっている。これはお前が生まれる前から決めていたことなんだ。ああ、ちなみにまだお見合い相手は決まっていないから。そこは安心しろよ」


 照には長々と話す父親の話の内容が一切入ってこなかった。


 そんな状態ではなかった。


 しかし、ある内容だけはしっかりと認識された。脳が自動的に受け入れたのだろうか。


「好意を持っているかどうかなんて関係ない。すぐに彼氏と別れなさい。いいな?これまで通り私達の言うことは絶対だ。必ず従いなさい!」


 父親は話が終わったとばかりにイスから立ち上がり、階段を1段1段登っていった。


 一方、照は何も口にせず、身体をぷるぷる震わせていた。


「釘を刺すようだけど、わかってるわよね?これまで通り、私達の言う通りにしなさい」


 母親もそれだけ残すなり、照を気遣う素振りを全く見せずに急ぎ足でリビングを去った。


 1階のリビングは打って変わり重い静寂に支配されてしまった。


 そんな空間で、照は俯きながら膝の上でただ両拳を強く握り締めていた。


 彼女の心境を表現するように、リビングには虚無感と哀愁が混ざり合った空気が漂っていた。

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