第34話 名前呼び
「それじゃあ、そろそろ寝ようか。み・・・」
大地はぶんぶんっとかぶりを振った。それから、「行こっか」っと再び言い直した。
「うん。・・・そうだね」
照はその大地の違和感がある態度を目にしながら、一瞬だけ悲しいような虚しいような顔を作った。
「じゃあ、敷布団あるからそっちで寝てね。俺はベッドで寝るから」
大地は押し入れから布団のセットを取り出し、照に手渡した。
それから、大地は照が布団に寝転がったのか確認して部屋の電気を消した。
その瞬間、大地の視界がすぐに暗いものに変貌した。
彼はスマートフォンの電源をオンにし、時刻だけを確かめた。ただ今の時刻は22時30分だった。
目的を達成し、スマートフォンをオフにし、目を優しく閉じた。
「ちょっといいですか?」
突如、照が大地の返答を待たずに、ベッドへごそごそ侵入してきた。
「えっ!?ど、どうしたの?って、もう入ってるし!」
大地が声を漏らした頃には、照は彼の身体に密着し、ゼロ距離の場所に存在していた。
そのせいもあり、キャミソールから盛大に姿を現した雪のような肌に大きな柔らかい2つの塊が大地の視界の大部分を占めていた。
その上、シャンプーやボディソープの香りが遠慮なしに彼の理性を刺激した。
大地は『ほんとうに同じもの使ってるのか』っと疑問を覚えつつ、自然と虚しい気持ちになった。
「今日は、私はここで寝ます!」
照はその意思表示なのか、大地の足に自身の生足をぬるっと絡めた。
「ち、ちょっと何してるの!?」
大地は照の生足の温もりを知覚した途端、何事かと動揺した様子を見せた。
「カップル同士のスキンシップです。これぐらい当然です!」
照は少し苛立ったむかっとする表情を示した。
「それで、本題なんですけど。そろそろ私のことを下の名前で呼んで欲しいんです。私たちカップルなんですから。それに、さっきも「三宅先輩」って呼ぼうとしましたよね?」
照はジト目で大地を一直線に見つめた。その目は決して彼を離さなかった。
「うっ。バレてましたか」
大地はぎくりとあからさまに分かりやすい態度を取った。
「バレバレです!それに、付き合ってから1度も私のこと名前で呼んでくれてませんし!」
照はプクッと頬を膨らませながら、明らかな不満を口にした。
そんな彼女の言動を見て、大地は心底、申し訳ない気持ちになった。照は自身をもっと彼女として扱って欲しいのだとようやく理解した。
「とにかく、今日から。ではなく、今から私を下の名前で呼んでください!」
照はふんーっと鼻から勢いよく息を吐き出した。
「呼ぶって。俺が?」
「もちろんです!」
照は迷う仕草無く、即座に首肯した。
一方、大地は戸惑いを隠せなかった。
実際に、照を名前で呼ぼうと試みたことは何度かあった。本当は本人も要望通り、呼びたかった。しかし、緊張から実行に移すことができなかった。
「て・・・る・・さん」
大地は緊張と彼女が年上という事実が要因で口元を小刻みにぶるぶる震わせながら、他所他所しい呼び方をしてしまった。
「むぅ!なんで「さん」づけなんですか?もしかして、私を未だに先輩扱いしてるですか?」
照は珍しく眉間に皺を寄せ、不機嫌さを表面化した。
「いや、そういうわけでは」
大地は即刻、否定しながらも、歯切れの悪い答え方をしてしまった。
「では、次は呼んでくださいね。私の名前を。もちろん、呼び捨てで」
「わ、わかったよ」
大地はたどたどしく頷いた。有無を言わせぬ迫力が照にあった。
それから、気持ちを切り替え、冷静さを取り戻すために、軽く深呼吸した。
そのおかげで、少しは心が落ち着いた。
『よし!行くぞ』
彼は胸中でそう意気込んだ。
「・・・てる」
大地は俯きながら、恥ずかしそうに彼女のファーストネームを口にした。身体が燃えるぐらいの熱さを感じた。
「ふふっ。ありがとうございます。大地君」
照は優しく微笑みながら、大地の胸に顔を埋めた。
「私も初めて彼氏さんを名前で呼んじゃいましたよ」
照の吐息がパジャマを通して大地の肉体に伝わる。
「確かに、そ、そうだね」
そう。今まで照も大地をファーストネームで呼んで来なかった。
「今日から名前で呼び合いましょうね!」
照はにこ〜っと頬を緩ませながら、頭を上げて大地を上目遣いで見つめた。
大地は瞳を潤ませ、色っぽさのある彼女からただただ目を離すことができなかった。彼は完全に魅了されていた。
部屋の明かりがオフなため大地は認知できなかったが、照の顔はほんのりと赤くなっていた。
おそらく、彼女もそれなりに緊張や不安を抱いていたのではないだろうか。
「あ、ドキドキしてますね。心臓バクバクですよ!」
だが、照はそういった感情をおくびにも出さず、興味津々に彼の胸にす〜っと手を這わせた。
その結果、そのいやらしく柔らかい手つきが影響して、大地は身体を上下に動かして反応した。
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