第31話 講義後のプリコラ


「これからなにをしますか?」


 照は大地の腕に抱きつきながら、上目遣いを使った。


「う〜ん。現時点では決まってないかな。何かやりたいことはある?」


 大地は返答に頭を悩ませながら、頭を少しだけ傾けた。


 現在、大地と照は以前、一緒に服を買ったショッピングモールにいる。


 そして、目的地もなく、ぶらぶらと3階のフロアを共に歩いていた。


「では、一緒にゲームセンターに行きませんか?私、やりたいものがあるんです!」


 照は興奮気味に鼻息を荒らした。


 彼女の熱意は遠慮なしに大地に伝わった。その証拠に照の腕の力がより強くなったことを彼は知覚していた。


 そのため、大地はほんのわずかに眉を吊り上げた。


「そっか。わかった。じゃあ、今から行こ!」


 大地はゲームセンターのある場所を瞬時に脳内で想起した後、照に優しく微笑んだ。


「はい!」


 照は嬉しそうに破顔して、より一層、大地に身体を寄せた。その結果、豊満な胸が一段と彼の腕を刺激した。


 大地はその瞬間、未だ慣れない感覚を覚えながらも、照の歩幅に合わせて歩みを始めた。


「おいおい、なんだよあの美女はよ!」


「本当にな。隣の彼氏はさぞイケメンなのだろうって。なんだありゃ。ただのモブみたいな顔じゃんか」


「まじかよ!あんなパッとしない男が絶世の美女と付き合えるのかよ。羨ましすぎる!」


「まてよ。まだ、彼氏とは決まったわけではない。って、そんなわけないか・・・。完全にメスの顔をしとるわ」


「どんだけ徳を積んだら、あんな幸せなイベントが起こるのだろうか・・・」


 人々は大地と照がゲームセンターに向かう途中、嫉妬や羨望を帯びた様々な言葉を3階のフロア内に幾度も残した。





「あ!?これです!!」


 照は大地とゲームセンターの奥に入るなり、目の前に設置された機械を指差した。


「これは・・・プリコラ?」


 大地は照の声に反応し、機械を視認するなり、無意識にそういった言葉が口から漏れた。


「これがやりたいの?」


「はい!そうです!」


 照は勢いよく首肯した。彼女はいま無邪気な少女のように思えた。


「どうしてやりたいの?」


 大地は不思議と彼女がプリコラを取りたい理由が気になり、率直な疑問を投げ掛けてみた。


「そうですね。私は、今までこのプリコラ?という機械を利用したことがないんです。だからです」


「中学や高校の同級生の方は良くこの機械について話題に出していたんです。ですから、昔から気になっていたんです。でも、使う機会が無くて」


 照はげんなりとしたような苦笑いを浮かべた。


 大地は彼女のその表情に対して少なからず不安を抱いた。自分のせいでこうなってしまったのだと後悔した。


「こんな陳腐な理由ではダメですか?」


 照は瞳をうるっと潤ませながら、大地の顔を子犬のように見つめた。


 こうなれば、大地は断れないし、元々、断るつもりもなかった。


「わかった。そうなんだね。それは立派な理由だよ。じゃあ、初体験として、利用してみようか!」


 大地は照を安堵させるため、意図的に顔を綻ばせて笑みをこぼした。


「ほ、本当ですか!では、早く入りましょう!早く!」


 照は目を輝かせながら、大地の背中を押した。2人は仲良くプリコラの機械の中に入室した。


 大地はお金を入れた。すると、ぴこんっと機械音が中で木霊した。


『では、スタートします。まずは、カップル同士で手を繋いで下さい!3、2、1』


 機械のカウントによって行動が催促される。


「いきなりですね。とにかく、急いで手を繋ぎましょう」


「う、うん!」


『パシャッ』


 プリコラ機がシャッター音を切った。


『次は、異性同士、ハグをしてみましょう』


 次なるアナウンスが流れた。


「え、まじでか。いきなりハードル高いな!」


 大地はギョッとして驚いた顔を示した。


「そんなことないですよ。こんなの余裕です。では、えい!」


 照は大地とは逆で平然とした様子で、彼の身体にダイブした。


 大地の背中や腹部に彼女の柔らかい肢体がぴたっと密着した。


『3、2、1・・・パシャッ』


 機械が再びシャッターを切った。


「おっと、ドキドキしてるんですか?心臓の音がうるさいぐらい大きいですよ?」


 照は薄くいじわるそうな笑みを作った。それから、彼女は大地の胸に自身の耳を当てた。その結果、照の体温がより大地にとって身近に感じられた。それが原因で大地の心臓はより強くドキンッと跳ねた。


「ふふっ。身体は正直ですね」


「揶揄うのはやめてくれよ。本当にドキドキしてるんだからさ」


 「ごめんなさい」っと照はペロッと舌を出した。健康的なピンクの綺麗な舌だった。


『では、次はどちらかが、頭を撫でてあげてください』


 プリコラ機は大地達をカップルだと認識しているのか。先ほどからカップル用の指示ばかりしてくる。


「・・・撫でて欲しいです。できるだけ、優しく愛情を込めて」


 照は様子が変わり、頬を赤く染めながら、上目遣いで身体をもじもじさせていた。


『では、行きます!3、2、1』


 催促するカウントが室内に反響する。機械は決して立ち止まってくれない。


「わかった!行くよ?これでいい?」


 大地は照を盛大に自身の身体を引き寄せ、彼女の頭を優しく撫でた。彼女のシャンプーや魅惑的な身体の匂いが大地をくらっとふらつかせた。


 一方、照は想定外の出来事が起こったためか、一瞬戸惑いを見せたが、すぐにふにゃーっと綻んだ表情を露わにした。


 プリコラのカメラはその素晴らしい場面をベストなタイミングでパシャっと写真に収めた。

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