第26話 泊まり
「ふうっ」
公香は自宅のシャワーを用いて自身の身体を丁寧に洗い流し、タオルで付着した水滴を拭き取った。その後、ドライヤーを使って濡れた優美なホワイトヘアを長時間掛けて乾かした。
たった今、それらの作業を終えて、リビングに戻ったところだった。
公香は火照った顔でベッドに腰を下ろした。よく見ると、彼女の皮膚からは程よく汗が垂れていた。
「匂い・・・大丈夫かな?」
公香はお風呂から出たばかりにも関わらず、自分の身体をすんすんっと嗅いだ。その結果、お風呂で使用したシャンプーやボディーソープの香りが彼女の鼻腔をスッとくすぐった。
「・・・いつもの匂いだけど。大丈夫かな?これから、森本君が来るけど・・・。うん。やっぱり。不安だよ。もう1回シャワー浴びよ」
公香はそうつぶやくなり、勢いよくベッドから立ち上がり、再び風呂場に繋がる洗面所へと向かった。
女の子は本当に大変だ。自身の身体を常にケアしなければならない上、体臭にも敏感になって、気を使わなければならないのだから。
「お邪魔します!」
大地は毎度覚える居心地の悪い場違いな感覚を知覚しながら、公香の自宅に入室した。
今日も、公香から添い寝をして欲しいと電話で要望をもらったので、彼は自身の自宅でお風呂を済ませるなり、いつも通り彼女の住居を尋ねたのだった。
「いらっしゃい!森本君。今日も夜遅くにごめんね」
公香は先ほど、もう1度シャワーを浴びたためか、火照った頬をしていた。
「いやいや、困った人を助けるのは当たり前のことだから。それに、ある程度はこの生活も慣れたから、気にしないで!」
大地は右頬をやんわりといじりながら、公香の謝罪をさらっと拒否した。
「・・・ありがとう・・・。本当に、本当に助かるよ」
公香は頬を紅潮させ、瞳を潤ませながら、右手の手のひらで口元を覆って、顔も俯き加減になった。
「・・・とにかく、そろそろ22時だよ。笠井さんはそろそろ寝る時間だよね。だから、ベッドに行こうか」
大地は公香の動揺した仕草にドキッとするも、その感情を紛らわすために、彼女に移動してもらうように仕向けた。
「う、うん。・・・そうだね。じゃあ、・・・・・いこうか」
公香は依然と頬を赤くしたまま、大地と肩を並べながら、とてとてとベッドに向かった。
大地は未だに慣れない感覚を存分に味わいながら、公香のふわふわのベッドに寝転がった。
「今日も、身体に抱きつかせて。お願い」
公香は色っぽい艶めかし唇をわずかに動かし、大地の返事を待たず、彼の身体に強引な形で抱きついた。
「ちょ、俺はまだ了承してないよ」
大地は公香に抱きつかれた途端、彼女に溶け込んだしたシャンプーやボディソープの香りが彼を魅了し、恍惚とさせた。
「ごめんなさい。どうしても我慢できなくて」
公香はてへっと舌をぺろっと覗かせ、大地の背中に両腕を回した。普段、公香はこういったあざとい仕草をする女の子ではない。どちらかといえば、天真爛漫で、あざとさを少しも漂わせないタイプであった。そんな彼女が今夜はあざとい行動を披露した。
「しょ、しょうがないなー」
大地は彼女の美貌に洗脳されたのか。仕方なく公香の故意的な行動を厳しく咎めずに許した。
「・・・やっぱり。落ち着く。森本君の身体とぬくもりを直で感じることで本当に安心するし、あのことを思い出しても大丈夫な気持ちになれる」
そうつぶやき、公香は心底、安堵したような表情を作り、うっとりした顔で大地の胸に顔をぼふんっと埋めた。
そして、流れるように、公香は大地の首元にふっと優しい息を吹きかけた。
それが原因で、大地はびくっと肩を上下に震わせた。
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