第22話 偶然?


 「はい。「誰でも理解できるマーケティング」ね。これあげるよ。さすがに、もう読まないし」


 亮は先ほど研究室を尋ねてきた大地の要望に応え、本棚から「誰でも理解できるマーケティング」といった書籍を探し出し、差し出した。


「ありがとう。亮おじさん。それにしても、本当にいいの?もらっちゃって」


 大地は亮からその書籍を受け取った後、心配性な彼は念のため確認を取ろうと試みた。その証拠に、大地はすぐに亮に返せる距離に書籍をキープしていた。


「いいよ。気軽にもらっていってよ。それに今は気分が良いんだ。まさか、親戚の子が自分が専門とする学問に興味を持ってくれるとは夢にも思わなかったからね。それで話は変わるけど、差し支えなければ、興味を持ったきっかけを教えてもらえないかな?」


 亮は興味津々な目で大地に好奇の視線を送った。よほど、自身の兄の息子がマーケティングに関心を抱いてくれたことが嬉しかったのだろうか。


「う〜ん。きっかけね。・・・ちょっと、恥ずかしいんだけど。亮おじさんの講義を受講してからかな。そこから、マーケティングに心を奪われたんだ。企業が消費者のニーズやウォンツなどを理解や推測したりして、製品やサービスを売れるようにするために行うありとあらゆることであるマーケティングがね」


 大地は頬を軽く掻きながら、薄い笑みを浮かべた。彼の様子から照れ隠しもほんの少しだが覗いていた。


「ほ、本当かー!それはおじさん嬉しいぞ~~!嬉しいこと言ってくれるなぁ~」


 亮は興奮気味に何度か大地の肩をばんばんっと叩いた。


 思ったよりも力が強かったためか。大地は痛みに耐えるように、わずかに顔を歪めたが、即刻いつもの状態に戻した。


「うん。そういうことだから。俺はそろそろ失礼するね。本当にありがとう。亮おじさん!」


 大地は破顔してお礼を口にするなり、亮の研究室を退出した。


 一方、大地を見送る亮は別れを惜しむような表情を形成していた。おそらく、もう少し親戚である大地と会話のキャッチボールをしたかったのだろう。


 亮の研究室を後にするなり、大地はフロアの上を進み、エレベーターがあるエリアに徒歩で向かった。


 すると、その向かう途中で見慣れた女性の姿があった。その女性は金髪に碧眼が特徴的だった。


「あらっ、森本さん!」


 その女性は大地の先輩である照だった。


「三宅先輩」


 照は大地を満面の笑みを浮かべ、鼻歌を交えながら、ご機嫌な様子で大地に駆け寄ってきた。


「偶然ですね。まさか、こんな場所で出会えるなんて。それに、こんな良いことがあるなんて本当に私はついてますね!」


 照は躊躇したさまを一切示さず、大地の右腕に優しく抱きついた。それが原因で照の豊満ではち切れそうな推定Fカップの胸が大地の腕に押さえつけられた。


「お、大袈裟ですね。そ、それにちょっと距離が近すぎますよ?」


 大地は不覚にも柔らかい感触を堪能しながらも、必死に理性をコントロールしていた。そうでもしないと、暴走してしまいそうだったためだ。


「そうですか~。これぐらい普通だと思いますけど~」


 照はとぼけた口調でより自身の身体を大地に対して寄せた。


「はぅ!?」


 その結果、照の胸がより一層、大地の腕に密着した。もう、照の胸は圧迫されて、形を歪めて変形していた。


「ふふっ。案外、初心なんですね~。これは予想外の発見でしたよ~」


 照は朗らかな笑顔で大地の反応をいちいち楽しそうに見ていた。


「い、意外でしたって、それって先輩はわざっと今までやってたんじゃ・・・」


 大地は内心の動揺を隠せず、歯切れの悪い口調で照に疑いを掛けた。


「さぁ、偶然にもこんな場所で遭遇したわけですし、一緒に学内のカフェにでも行きましょうか!」


 照は大地の言葉をさらっと無視するなり、たまたま到着し、開放されたエレベーターの中を目的地として大地の腕を強引に引っ張った。


「え!?先輩。ちょっと待って。ストップ!!ストップです!!お願いですから、一旦止まって下さ~い!!!」


 大地は焦った様子で大きな声を出し、照を何とか制止させようと試みた。


 しかし、効果があるわけもなく、照はぐいぐいとエレベーターに大地を移動させた。そして、「1」の番号をプッシュしてから次に「閉」のボタンを押した。


 エレベーターは彼女の指示に従い、ゆっくりドアをすーっと閉鎖した。

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