第19話 リーダー


「では、皆さん今日もお疲れ様でした!」


「「「お疲れ様でしたーー」」」


 時刻は午後21時。山西大学の校舎を掃除するアルバイトが終了し、リーダーの4年生の締め言葉を合図に、バイトメンバーが次々とタイムカードを切りに列を作った。


 今日、掃除のアルバイトに参加したメンバーは20人ほど存在した。そして、それら全員が山西大学の学生であった。


 ちなみに、公香と光は大地が辞めてから、すぐに2人共アルバイトを辞めていた。


 照はいつも最後らへんにタイムカードを通すため、最後尾に並んでいた。


 そして、照の番が訪れ、いつも通りタイムカードをスキャンしようとした。


 しかし、なぜか照のタイムカードがいつもある場所に実存しなかった。


「どうしたの?タイムカード通さないの?」


 アルバイトの同僚で、照と仲の良い同級生の女子が不思議そうにそう尋ねた。


 彼女は照が中々タイムカードを通さないことに疑問を感じたのだろう。


「い、いえ。ちょっと、忘れ物をしたことに気がつきまして。ですので、申し訳ありませんが、先に帰ってていただけませんか?」


 照は顔の前で手をおどおど振るなり、柔和な笑顔を作り、そういった提案を行った。


「ええっ。またー!最近、照ちゃん忘れ物が多いよ。それに、ここ何日か、ずっと忘れ物してるでしょ?」


 照の同級生の女子は目を細め、怪訝そうな目を作った。


「そ、そうでしたか?わ、忘れてました。な、なんででしょうね」


 照は明らかに動揺しながら、歯切れの悪い返答を行った。


「むぅ。照ちゃん、最近本当に調子悪いよ。以前まではこんなミス無かったのに。それに、最近寝れてないんじゃないの?化粧で誤魔化してるつもりかもしれないけど、目の下にクマがあるのバレバレだよ」


 その後、照の親しい女子生徒はお小言を口にしながらも、最終的に照の提案を呑んで、先に帰路に着いた。


 それから、照はタイムカードを通す機械が置かれたアルバイトの待機室の中を捜索して、タイムカードを探した。


 待機室のゴミ箱、床、掃除道具が置かれた棚など、細かい場所まできっちり探索した。


 しかし、20分ほど経過しても、タイムカードは姿を現さなかった。


 最終的に、照は待機室を退出し、フロアにある大きなゴミ箱の中を探した。


「あ、あった!よかったー!」


 結果、燃えるゴミ専用のゴミ箱に埋まった形でタイムカードが捨てられた。


 汚いことに、ゴミ箱内には弁当の箱や消しカスなど、他にも様々なゴミがぎっしりと身を置いていた。


 照は仕方なしに手を汚しながら、タイムカードをゴミ箱からゴソゴソっとキャッチした。


 その結果、照の指や手の平には複数の消しカスやベタッとした弁当の中身の油が付着した。


 照は自身のタイムカードなのかを素早く確認するなり、急いでそのカードを機械に通した。


 その作業が終了するなり、フロアに設置されたトイレで汚れた手を洗いに行こうと試みた。


「遅い!いつまでいるのよ!!」


 照がトイレに向かおうとした瞬間、何者かが怒鳴り声を彼女に浴びせた。


 照はその声を知覚するなり、ビクッと肩を上下させてから動作を停止させた。


「全くもぅ〜。ここ最近、ずっとあなたが遅くまで滞在するから、あたしが早く帰宅できないじゃないの!」


 顔を歪めながら額に青筋を浮かべる、先ほど怒鳴った人物は女性であり、山西大学の4年生でもある。


 その上、照が勤務する掃除のアルバイトのリーダーであり、彼女がメンバーに大体の仕事を指示している。


「・・・藤原先輩。申し訳ありません。迷惑をお掛けして」


 照は心底申し訳なさそうに、リーダーの藤原に対して身体全体を向けて、頭を下げた。


「本当よ!迷惑かけないでよね!!タイムカードがなかったかどうか知らないけど、早く見つけなさいよね!!」


 藤原は照が謝罪したのにも関わらず、再び追い討ちで怒声を浴びせた。


「さっ!早く帰って。手なんか洗わないでさ!」


 藤原はシッシッと口にしながらも、右手を器用に動かした。


「・・・。はい、わかりました。お疲れ様でした」


 照はあからさまにしゅんっと俯きながら、藤原にお辞儀をして、すぐ近所にあったエレベーターのボタンを押した。


「本当に!てか、それにしても、本当に手が汚いわね。非常に醜いわ。そして、そこがなぜかうけるわっ」


 藤原は軽蔑した眼差しで楽しそうに笑い声をあげた。その声は大きく、盛大にフロア全体に響き渡った。


「・・・」


 照は藤原の笑い声を背に、エレベーターが迎えに来るなり、素早く自身の身体をフロアからエレベーターへとシフトさせた。


 そして、照はひたすら高速でエレベーターの閉まるボタンを何度も連打した。


 その甲斐もあってか。エレベーターは通常よりも早くドアを閉鎖してくれ、照の視界から藤原は消え去った。

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