第18話 金髪の包容力ある先輩
大地は山西大学に設けられた書店に身を置いていた。
この書店には大学に存在する学部の専門書が大量に販売されている。例えば、工学、理学、臨床、教育、経営、商学、会計など、多様な学問の専門書が挙げられる。
「えっと〜。マーケティングの本はどこにあるかな。結構わかりやすいやつ」
大地は商学のコーナーに到着するなり、周囲を見渡しながら、自身の目当てに合致するであろう書籍を探索した。
しばらく探索すると、「誰でも理解できるマーケティング」っといったタイトルの書籍を偶然にも発見した。
「おっ!あれにしよっと」
大地は多少の高揚感を覚えるなり、手を伸ばして「誰でも理解できるマーケティング」を掴もうと試みた。
しかし、他にもその書籍をお目当てとした人間が存在していたみたいだ。
そのため、大地とその人間の手が偶然にも書籍の近くで触れ合った。
「あっ!?すいません!」
大地は反射的に手を引き、即座に謝罪した。
「い、いえ。私こそ。すいません」
大地と手が触れ合ったある女性も彼に釣られて謝罪の言葉を口にした。
「は、はい。それはしょうがないことで・・・」
大地は言葉を紡ぐ最中で口を噤み、目を普段よりも大きく見開いた。
「あらっ。もしかして、森本さんじゃないですか?」
大地と手が触れ合った女性もわずかに目を見開き、驚いた表情を披露した。
「三宅先輩」
大地は目の前にいる緑のブラウスに赤のロングスカートを着た女性の名前を発した。
三宅照(みやけ てる)。それがこの女性の名前だ。肩の辺りまで伸びたボブヘアの金髪に碧眼、日本人離れした高い鼻に色っぽい薄桃色の唇をした、大和撫子感をオーラで放つ日本人とイギリス人のハーフの豊満な胸を所持するお姉さん系美少女だ。
彼女は山西大学経営学部の3年生であり、昨年の本大学のミスコンに選ばれた容姿端麗な女性である。
そして、照も山西大学の校舎を掃除するアルバイトをしており、以前まで大地と共に働いていた。彼女は誰にでも親切であり、平等に接し、性格も良く勉学も得意であるため、周りからは完璧美少女と呼ばれている。だから、大地も掃除が遅くなった時は、ごくたまに照に手伝ってもらった。他にも彼女の手作りクッキー(掃除のアルバイトメンバー全員に提供された)をもらったりもした。
「久しぶりですね。数週間ぶりなんじゃないですか?」
照は嬉しそうに微笑みながら、何気ない言葉を大地に向けて送った。
「・・・確かに、そのぐらいになりますかね」
大地は現在、少なからず居心地の悪さを覚えた。
「驚きましたよ。急にアルバイトを辞められたんですから」
「その件はすいませんでした」
大地は多少なりともお世話になった先輩に辞めることを伝えなかった自身の行いを深く反省した。
「まぁ、何か事情があったのでしょう。そうしないと辞めることはないと思いますから」
「それは、その通りです」
大地は視線を下方に移動させながら、できるだけ照と目を合わせないように努めた。彼的に今は目を合わせるべきではないと直感したのではだろうか。
「話は変わりますが、本はどうしますか?私はあの本が欲しいのですが、森本さんも私と同じ気持ちなのですよね?」
照は先ほど掴めなかった「誰でも理解できるマーケティング」という書籍を手に取った。
「ああっ。俺は結構です。ちょっと興味が惹かれただけですので。すぐに欲しかったわけではなかったですので」
大地は視線を照に戻すなり、気を遣って彼女に書籍を譲る意思を表明した。
実際に、彼は嘘を吐いた。本当はマーケティングの書籍が欲しかった。
しかし、叔父の亮が「誰でも理解できるマーケティング」を持っているかもしれないといった淡い期待が脳裏に浮かび、諦めることを選択したのだ。
「そうですか。私に遠慮してませんか?もし、そうであれば私はこの本を森本さんに譲りますよ」
照は眉に皺を寄せながら、心配した顔つきで両手で保持する書籍を前方に差し出した。
「い、いえ。そんなことないですよ。本当に購入する気がなかったんです」
大地は胸中でぎくりっとしながらも、一生懸命神経を集中させて、内部の感情が顔に出ないように努めた。
そのおかげで、彼の胸中の状態は顔に表面化されなかった。
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。では、私はこれからこの書籍を購入しにレジに向かいますね。それと、また会いましょうね!」
照は満面の笑顔を作るなり、大地の真横をすっと横切った。
照が大地の近くを通過する際、ピーチの心地良い匂いが彼の鼻腔をやんわりとくすぐった。
しかし、大地はこのとき一切気づいていなかった。
そう。照の目の下にほんのりと薄いクマが現れていたことを。
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