第15話 逆転


「誰だ。お前。ノックもせずに」


 清水は不機嫌な様子で鋭い目つきを形成した。


 その目つきは普段の清水のものとは異なり、恐怖を感じさせた。


 しかし、大地は違った。


「すいません。あまりにも見逃せない出来事が起こっていたので」


 大地は自身の行いを悪びれる様を微塵も態度に出さなかった。


「おい!俺の聞いたことに対して答えろ」


 清水は期待した内容の返答が得られない事実に苛立ちを覚えたのか。冷酷で怒りを帯びた口調で大地に命令するように言葉を投げ掛けた。


「え〜っと。どこだったかな〜」


 だが、大地は清水を無視し、何かを探している様子だった。


 その証拠に、大地は光や清水を他所に研究室内を歩きながら、ずっとあちこちの床に視線を向けていた。


「あ!あった!!」


 大地は研究室内に設けられた客用のテーブルと革製のイスが存在する辺りに立ち止まり、イスの下からアップルグリーンのスマートを取り出した。


 イスの下にスマートフォンがあれば、清水も気づくと思うかもしれない。


 しかし、清水の研究室にあるイスは1人の人間が身を屈めて、底を探らなければ、イスの下に何があるかはわからない構造をしていた。


「無視してすいません。俺は山西大学経営学部の2年生の森本です。昨年は先生の必修講義を受講しました」


 大地はようやく清水に返答した。


 彼は清水に謝罪したが、その表情から全く反省した素振りを表面化していなかった。


「そうか。それでもうお目当てのものは発見できたんだろう?だったら、早く出ていってくれないか?俺達はこれから一緒に向かう場所があるんだ」


 清水は冷静さを取り戻したのか、目を細め、吐き捨てるように大地にそう言い放った。


「ほら!行くぞ」


 清水は今日も上下の色が同じ服を身に纏う光の肩を抱き、足を動かすように指示した。


「おっと!待ってください。俺の用はまだ終わっていませんよ」


 大地はスマートフォンを手に持ちながら、言葉で清水を制止した。


「なんだよ!まだ、あるのか!!」


 清水は額に青筋を浮かべながら、大きな声をあげた。彼の顔は少し赤く変貌していた。


「俺の言葉聞いてました?さっき言いましたよね?あまりにも見逃せない出来事があったって」


 大地は振り返り、清水と光を見据えた。


 そして、彼はスマートファンを起動し、ポチポチッと数回ほど液晶をタップした。


『それはなー。俺が1回のセフレ関係じゃ満足できないからね〜。俺はセフレっていうのは長い関係であるものだと思っているからな。悪いが、そちらの提案を受け入れることはできない』


 大地のスマートフォンからそのような音声が長々と吐き出された。


「な!?」「え!?」


 光と清水は同時に目を剥き、一瞬、身体を左右に動かし、驚愕の顔を作り上げた。


 無理もない。大地のスマートフォンを音源として先ほどの光と清水の会話が生み出されたのだから。


「や、やめろー!」


 清水は必死な形相でダッシュして、右腕を突き出して、大地からスマートフォンを奪おうとした。


 しかし、大地は清水の右手首を掴み、それを阻止した。


「ダメですよ。相手の所有物を勝手に奪おうとしては」


 大地は目を細め、清水をたしなめた。


「は、はなせー!」


 清水は強引に手を剥がそうとしたが、大地の力が強すぎて、中々それが叶わなかった。


「くっ!」


 清水は身体全体を利用して、全力で腕を引くことでようやく大地から解放された。


「・・・」


 大地は軽蔑した瞳で息を荒げる清水を眺めた。


「ってことで、このデータは大学に提出させてもらいますよ」


「はっ!?そんなデータ提出しても無駄だぞ。俺の大学内での評価を舐めるなよ。俺は大学内で才能がある人間として認知され、リスペクトも払われてるんだ。だからな、お前みたいな1人の学生がデータを提供したところで無意味な行動にしかならないんだよ!!」


 清水は勢いで捲し立て後、「どうだっ」とキメ顔を露わにした。


「そうですか。確かに、一般的な生徒では突き放されるかもしれませんね。しかし、俺がこれからデータを渡しに行くのは経営学部学部長の村松教授です」


「だ・か・ら!誰に渡そうと結果は変わんねぇ〜んだよ!!」


 清水は勝ち誇った形相でそう言い切った。


 光はそんな2人の会話を心配そうに見つめていた。


「それは俺と村松教授が赤の他人だったときの話です。仮にもし、違えばどうなると思います?」


「どういうことだ!わかりやすく説明しろ」


「つまりですね。村松教授は俺の父親の弟なんです。村松教授が幼少期の頃に両親が離婚したため、名字は異なりますが、村松教授は俺の叔父なんですよ」


「な!?」


 清水は驚愕の事実から口をあんぐりとあげた後、顔にだらだらっと大量の汗をかき始めた。


「後のことはご想像にお任せします。だって,清水准教授は、才能があるんですもんね?」


 大地はポケットにスマートフォンを仕舞うなり、プルプルっと震える清水の真横を横切り、研究室を後にした。


 それから1週間後、大地が亮(村松教授)に渡したデータと光の証言により、清水健太郎は山西大学経営学部の教員という職を失った。


 あっさりだった。


 たとえ才能があり、組織からリスペクトを払われていたとしても、データと証拠があれば、問答無用で追い出されるのが今日の社会なのである。

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