4―7
――スロー、スロー、クイッククイックスロー……。
無意識に刻むジルバのリズム。
――スロー、スロー、クイッククイックスロー……。
マキシムの言葉通り、
「――」
ゆえにソラは
「――」
攻撃が単調になるリスクはあるものの、虫たちは肉体が巨大になっても知能レベルまでは上がらない。それが幸いし、ソラはエリザの上から針とハサミの二刀流を奮っていた。
「――」
三〇分もすればフリルも傷がつく。彼女自身正も
――スロー、スロー、クイッククイックスロー……。
ソラとしては三〇分場を保たせたらすぐさま山の王へ進軍を始めるつもりだった。不死身のぬいぐるみ達は虫の最大サイズたる二メートル級に対しても数撃で撃破できる性能差があった。雑魚を彼らに任せれば自分はエリザと共にガラテアの元へ行けると見積もっていたのである。
「――ッ……」
さすがは魔王の残滓というべきか。敵将の幹部クラスともなれば保有する戦力も桁が違った。同じ戦法をとっているにもかかわらず、紙一重でこの場に釘付けにされている無力感……。
――ガラテア……。
体力も魔力も余裕がある。しかしながら、遅々として進まぬ戦況に――自動化があって本当に良かった……――彼女の心は揺れ始めていた。
「スロー……スロー……クイッククイック!」
ぬいぐるみたちはパッチワークが進み既に綿とも角質ともつかない醜悪なコラージュと成り果てている。泥沼の膠着状態、武器を握る手で目を覆いたくなる。
みんなもこれだけ戦っているのに……なんで……なんで!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
嘲笑うかのように広がる咆哮。吼える間隔は次第に短くなっている。この状況が長引けば――敵が完全覚醒を果たせばガラテアの救出どころか世界そのものが終わってしまう。
「ひっどい顔しておるのう」
「!!?」
耳慣れた声にソラの意識が浮上する。
「よっ!」
「……師匠」
アレイスターはいつの間にか彼女の後方でエリザに跨っていた。
「遅れてすまん。だがもう安心じゃ」
指差す先には師の最大魔術・コンストラクターが展開していた。天使の羽のように展開する糸は無差別に虫を取り込み次々に敵を無力化している。
「行けっ! 我が人形達!」
魔術師風のマントを身につけ、アレイスターの権能を受けたマキシムの指揮で古の魔道人形たちが敵を屠る。中でもロンギノス人形の戦果は凄まじく、オリハルコンの肉体は敵を一方的に蹂躙していた。
「……」
両者の介入で突破口が開かれる。
「自己中だったクソガキがまさか他人のためにここまでやれるとはな」
「……」
アレイスターの手が
「お前の覚悟がゴロツキどもを避難させた。ワシの重い腰も動かしたんだ。誇っていい。だから、ここからは好き勝手行け」
「師匠――」
お礼を言うべく振り返るソラ。
しかしながらそこに師の姿はない。彼は既に自身の人形の肩へと転移し、上から弟子を見下ろしていた。
「何ぼーっとしとる。お前が行かないならワシが人形取っちまうぞ!」
「……ははっ――」
――師匠裁縫下手くそです!
ツギハギだらけの仕上がりにクレームで返すソラ。売り言葉に買い言葉なのは相変わらず。けれど、師弟共にそれで満足だった。
「ハイヤッ!」
自動化を解除し、彼女はぬいぐるみに針を打ち込んだ。
「⁉︎ キュアアアアア!!!」
エリザは一度前半身をもたげると、弾けるように突進を始める。
「「「キシャアアアア――!!!」」」
「キュアアアアア!!!」
迫る敵をものともせずに轢き潰すエリザ。余分な虫もコンストラクターと人形騎士団が捌いてゆく。
道は開けた。今こそ人形のために全力を出し切る時。
「ガラテア!」
突入を果たすソラ。エリザは六本ある足を器用に動かし坑道・山の王の体内を順調に進んでいく。
「……」
意外なことに内部は快適と言っていい。先ほどまでの戦いで出し切ったのか、虫の気配は無く、空間に魔力が充満しているために軽い酩酊感すら覚える。魔術を扱う人間にとってこの環境は天国といえるかもしれない。
「……ッ!」
だがソラは気を緩めない。どれだけ快適に感じても、敵陣の真っ只中であることには変わらない。工業用魔道具を機能不全に陥らせた謎の力がこの場には働いているのだ。山の王が完全覚醒を果たした場合、ちっぽけなソラなど一捻りどころではないだろう。
幸いなことに体内はまだ変化を遂げていない。鉱石が若干生物質になっているものの、坑道の体裁は維持されていた。
「ガラテア!」
目指すは坑道の最奥部。二人が別れたあの場所に向けてソラはぬいぐるみを走らせる。
「キュア⁉︎」
「!――」
突如として岩が迫り出してきた。エリザは加速し、ソラはその勢いを裁ち鋏にのせては障害を粉砕する。
「キュイ⁉︎」
「!――」
今度は魔力の火炎が二人を襲う。これもエリザは加速で対応。ソラも縫い針をグッと掴んでぬいぐるみに身を委ねる。
エリザはただの馬ではない。戦闘用ぬいぐるみの中でもソラに最も近い位置で戦う彼女には、鱗状の防火・防塵魔術式が施され、中身も綿の代わりに砂が詰められたサンドバック仕様となっている。内部の砂を筋肉のように、内外の術式で制御を受け類まれなる運動能力を発揮するエリザはソラの傑作機の一つ。ぬいぐるみはソラに迫るあらゆる障害をその身一つで粉砕してゆく。
「キュアアアアア!!!」
坑道は自在に変化しては彼女達の進行を阻んでゆく。ハンスや山師から学んだ図面は跡形もなく消え去り、うねる体内に翻弄される。
……でも!――
再び裁ち鋏を取るソラ。オリハルコンほどではないが、刃は魔法金属の中でも硬度の高いミスリルでできている。
「はあっ!――」
生物質に軟化を始めた行動であれば断裁は容易だ。ソラは刃を振るっては迫る障害を次々と切り開いていった。
「オオオオオオオオオオオオ……」
肉越しに、山の王が悶える声が響く。どれだけ妨害を重ねても、ソラはガラテア目がけて爆進を続ける。なぜ敵は迷わない。未だ覚醒に至らず、十全に力を発揮できないことを歯痒く思いながら、怪物は疑問を吐き出し続ける。
「チチッ」
「――」
ソラの首元には一体の追跡特化型ぬいぐるみ・チーが張り付いていた。
チーの機能は鉱山、もとい山の王の体内で発揮されないのはソラとて理解している。半覚醒状態のため
あの日のチーの成果はゼロ。ガラテアの持ち主の反応は言うに及ばずであった。
「チチチッ」
「!――ッ」
しかし、ソラはぬいぐるみの案内のもとに着実に道を切り開いている実感があった。
あの日チーは確実に感知できる物を提示していた。
――……じゃあ、何でもいいからガラテアに近いものを条件に加える。それで追跡してみて。
――!
一対の瞳が行先を射抜く。
今チーが追跡しているのはソラの魔力反応だった。正確には、ソラが赤い糸で刻みつけた魔術刻印の反応である。
微弱な魔力であれば山の王の青い魔力にとっくに塗りつぶされているが……彼女の命が染み込んだ赤い糸によって刻まれた魔術式、オリハルコンを焦がすほどの魔力痕であれば容易には飲まれない。
「でやああああ――!!!」
最後の肉壁目がけて鋏が振るわれる。
「⁉︎ マスター!!?」
「ガラテア!」
三人組はついにガラテアの元へと辿り着いた。
「ガラテア!」
ソラはエリザから降りると彼女の元へ駆け出した。
「来てはなりません!」
そんな彼女を人形は両手で制す。
「ガラテア、なんで……」
思わぬ拒絶に立ち止まるソラ、
「……? 熱っ――」
「これって……」
恐る恐る人形を見つめるソラ。
「……来ては……だめなんです……」
広げられた手のひらはオレンジに染まり、熱波を放出させている。陽炎を纏うガラテア、彼女自身が熱源に変化していた。
「一体……どうなっているの……」
「……」
どれだけ機能が解放されようとも人形は答えない。製造時にプロテクトがかけられているのか、相変わらず重要事項に関してはダンマリを通している。
しかし――
「ガラテア……苦しいの?」
「!――」
人形には少女の言葉が理解できなかった。人形は痛みを感じない。術式に従うのみで、他者が感情と呼ぶものは人間の理想を反射しているに過ぎないことを道具は理解している。
「……」
ソラの足が一歩を踏み出す。ガラテアは離れようと後退する。
「ガラテア!」
しかしソラの一歩の方が大きい。彼女はあっという間に距離を詰めると人形の頭部を両手で優しくつつんだ。
「いけません! 今の私は――」
言うよりも先にソラの手が焼ける。ミトンの無い右手が熱された鉄板に押しつけられた時のように音を立てる。
「うん、泣いている」
火傷を気にせずソラは真っ直ぐガラテアを見つめる。
「……え――」
ソラの瞳に映る自身の顔。真実を告げたい口元は言葉を吐けずに歯を軋ませ、瞳は不安で視線が定まらない。
完璧な造形を保つはずのオリハルコンが苦痛に歪む。その現実を見せられ――
「――っ」
「ガラテア!」
人形は膝から崩れ落ちた。
「……マスター……私は……」
どれだけ言葉に出そうとも、彼女の術式に刻まれた制約がそれを許さない。沈黙と発声はせめぎ合い、嗚咽となって人形の口から漏れ出すばかりだ。
「大丈夫」
打ちのめされた人形を少女が引き上げる。
「……マスター?」
「私を誰だと思っているの」
右の掌はもちろん、ミトンも燃えて左手が炎に包まれ出している。
それでも――ソラはガラテアと向き合うことを止めない。
「私はかの高名な一級魔術師アレイスターの弟子で、この街の魔女で、マキシム鉱山の魔道具整備士で、人形遣いで――」
――あなたのマスター!
――人形遣いは決して人形を悲しませたりなんかしない!
「……マスター」
「……」
巨大な脅威の腹中であるにもかかわらず、人形遣いの瞳に恐怖は無い。自身が焼けるのもかまわずに真っ直ぐに注がれる思いに炉心の刻印が疼き出す。
「……!」
ガラテアは再び立ち上がった。人形遣い、マスターであるソラの期待に応えるべく彼女もまた青い瞳を真っ直ぐに向ける。
「マスターの覚悟は伝わりました。でも……私は『逃げて』と言ったはずです。この状況がわかっているんですか」
魔王の残滓・山の王の覚醒。それと同時に湧き出した虫と、ガラテアの開眼・発熱。
ソラとて状況の全てを理解しているわけではない。魔王の残滓などというタブーはアレイスターから教わらねば一生知らなかっただろう。ガラテアの問題に関しても名前の由来となった魔術式のほんの一部しか未だに理解できていない。
「でも、ガラテアは全部を知っているでしょう」
「は?」
ソラの右手が黒く染まる。師匠譲りの暗い色をした魔力を練り上げられ、一本の糸が紡がれだす。
「山の王はまだ目覚めていない。だからこのタイミングが最後のチャンスだった」
糸はガラテアの、魔力炉心へと伸びる。ソラが刻み込んだ魔術刻印、少女と人形の縁が結ばれた結節点へ繋がり――
「⁉︎」
山の王の体内が青く鋭い発光を始める。
「これは……一体……」
「ガラテア、言えなくても、思い描くことはできるでしょ」
未だ残留している膨大な魔力、その量が多ければ多いほど、力は魔術師の願いを過剰なほどに反映させようとする。
かつて鉱石を光らせたように、ガラテアを使って脱出した時のように、ソラは敵の力を使ってはガラテアとつながり、彼女の思考から伝説を滅ぼすための情報を引き出そうとしていたのだった。
「……っ」
――知られたくない。知られれば最後……私たちの別れが確定してしまう。
禁止事項と私情が混ざり、人形の口は固く閉ざされる。
カッ――
「なっ……⁉︎」
しかし、沈黙は返って人形の抱える秘密を浮き彫りにし、糸を通してソラへと伝わる。
「!」
あとは情報を投影するだけだ。ソラは得た情報を肉壁へと投影を始める。
「待って……! やめて!」
ソラが火傷するのも構わずに飛びつこうとするガラテア。しかし、金属の動きよりも思考の速さがわずかに勝り、光の極光が視界に溢れる。
「くっ……――」
人形の瞳が対象を見失い、人形遣いも足元が溶けゆく感覚に襲われる。
お互いの意識が漂いだすと、二人は青い再現の世界へと溶け込んでいった。
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