4―6

「はああああああ!」

 ソラと虫の戦力は拮抗している。

 どれだけ打ちのめされようとも、相手の魔力を奪い、しぶとく縫い合わさって復活を繰り返すパペットパレード。

 山の王からの魔力供給により無限に湧き出す甲虫部隊。

 不屈対無限。始まりこそソラが圧倒的に不利と思われた戦いも、彼女の魔術によって互角の戦闘を繰り広げた。経過時間は三〇分を超え、目標は充分に達成された。

「魔術師の本気とは恐ろしいものだな」

「いやー、ワシもあそこまで頑張れるとは思わなんだ」

 静まり返った展示スペースの中で、アレイスターとマキシムはスクリーンに釘付けになっていた。

 彼女の奮闘に感化されたのは何も二人だけではない。

「お嬢ちゃんが必死に時間を稼いでくれているんだ! 今こそ踏ん張りどころだ!」

 ソラの奮闘に鼓舞を受け、山師たちは既に駅への移動を果たしていた。列車の一便は女子供、負傷者を乗せて危険のない場所へ。残された山師も足を使って逃走を始めている。

「私はてっきり君も彼らと一緒に逃げ出すものかと思っていたけどね」

 マキシムは瞳だけアレイスターへ向けながら言う。実のところ彼はアレイスターが「逃げる・逃げない」でソラと揉めているのをしっかりと耳にしていた。

「そういうお主こそ逃げなくてよかったのか? あれだけの人数じゃ、受け入れ先の交渉とか顔が利くやつが行った方がいいじゃろうに」

「現場の事ならトーノとハンスが何とかする。上司の私がいない方が、彼らも遠慮せずに逃げられるというものだ。うちには優秀なスタッフが揃っている。ワンマン経営など時代錯誤なのだよ」

 もちろん彼は自分が足手纏いであることを理解していた。ソラの意志を尊重するなら、自分も逃げるのが最適解……――

 マキシムは腕を組み、どっしりと構え出す。

 どれだけ優秀な戦士でも三〇分戦い続けることなど土台不可能だ。例え魔術で運動能力や体力を増強したところで集中力までは保たない。

 ――それでも……守る!

 画面越しにマキシムはソラのメッセージを、気迫を受け取っていた。自分よりも若く、幼いとすら形容できる少女が戦っているのだ。ここで逃げ出せば彼女の覚悟に対して失礼なのではないか?

 ――それでも、は大人にもあるのだよ。

「それに、私は責任を取ると言ったはずだ。君の話が正しければ事件が収束した暁にはアークが取り調べとやらに来るのだろう。その時『逃げていて何も知りませんでした』では収まりがつかないはずだ。責任者が責任を取らなければ意味がない。私はなマキシム鉱山のオーナー、この場所で起きた責任を負う義務があるのだ」

 マキシムは再びスクリーンを見つめ始めた。

「ほう……」

 その瞳には一点の曇りもない。この状況でソラに対し全てを賭ける祈りの眼差し。

「格好つけおってからに……そんなこと言ってお気に入りのコレクションがめちゃくちゃにされるのが嫌なだけじゃろう」

「ちょっ! 少しは真面目に話ができないのかね!」

 マキシムにも下心が無い訳ではなかった。この博物館には彼が生涯をかけて集めてきた人形コレクションがあることは周知の事実だ。知らぬ間に壊されるくらいなら我が身諸共、と心の片隅にあるのは収集家としての性である。

「そんなことよりもだ!」

 マキシムはスクリーンを指差す。

「弟子があれだけ頑張っていると言うのに師匠は傍観を決め込むだけかね!」

「……っ!」

 いくらパペットパレードが不屈不死身のぬいぐるみ集団だとしてもその数には限度がある。一体で数匹の虫を始末したところで、山の王の魔力によって虫は無限に湧く。ぬいぐるみが大型の相手をしている間に小型の虫が一匹、また一匹とソラ達を素通りし、今ではそれなりの数がこちらに向かって侵攻を始めていた。

「彼女はもう……限界だろう。君が山の王を倒せないのは分かったから虫だけでも……ソラさんを助けてやったらどうだね!」

「もちろん助けるさ。だがそれは今じゃない」

「はぁ?」

 マキシムはアレイスターという人間を測りあぐねている。要所要所で正しいことを言っているのは間違いないのだが、それに対してふざけた言動が何倍も多いのだ。極限状態でもマイペースを維持できている時点で大物であるのだが、見ている側としては不安でしかない。

「ワシの弟子は師匠に対しては当たりが強い。今だってきっちり三〇分見計らって無茶振りを押し付けようとしているんじゃよ」

 人形遣いの言葉に実業家は混乱するばかりだ。全ての魔術師がこんなふうなのだろうか。だとすればアークの人間と交渉できる検討がつかない。

「すぅ――」

 だがそんな空気も一気に引き締まる。

 アレイスターは一呼吸つけるとスクリーンを消し、外への扉を蹴破った。

「な……」

「なあ収集家よ。お前、自分の自慢の人形が動き出すところを見たくないか?」

 目の前に迫る大量の虫たち。ソラが戦う大型よりは小さいものの……そのサイズは六〇センチを優に超える。カサカサカサと鳴らす足音にマキシムは生理的嫌悪が止まらない。

「ソラは創るのが、お前は集めるのが、そしてワシは動かすのが好き……何だか運命を感じぬか?」

「こんな敵前で何を言っているんだ!」

 何でもいい! 早く何とかしろ!――ゆらめく触覚、耳の奥まで犯すほどの足音、黒光する装甲。スクリーンでは取り除かれていた気味の悪さの猛襲と生命の危機に彼はもう限界だった。

正装解放ドレスアップ・影法師」

 アレイスターの影が蠢き、まとわりつく。

 影はとんがり帽子とローブに杖に変化する。パペットパレードに比べると師匠のそれはいたってシンプルな正装だった。

 だがこの師弟をして「普通」という言葉はかけ離れているものだ。

「……!」

 マキシムの視界の中で、暗色ゆらめく正装の裾はアレイスター自身の影に溶け込み……影は陽光の恵を超えて拡大を続けている。

「ワシの魔術は敵陣の真っ只中でなければ使えない割に燃費が悪い。発動に三〇分は魔力を貯めなくてはいけないからな」

 いつの間にか影は博物館を覆い、更なる侵食を続けていく。足元に広がる黒の領域は虫の侵攻に通ずるところがあり、マキシムは悪寒に身を震わせた。

「これだけデカけりゃ入口として充分。召喚魔術・影! いでよ我が最高傑作!――」

 コンストラクター!!!――叫び声と共に博物館の天井が弾ける。

「な……」

 見上げるマキシム。魔術師の影から這い出た人形のスケールに驚愕の声も出ない。

「……」

 慈愛の面を持つ修道女をイメージしたカラクリ人形。そのスケールは脅威の二〇メートル。

 純粋な質量で比べると、山の王の前ではオモチャにすぎないが、それでも建物の天井を突き破る大きさは人形の範囲を優に超えている。

「魔術の本質は魔力の操術。ならば、人形魔術こそは魔術の真理。人形魔術の極意は『万物の操術』であると知れ!」

 影法師はさまざまな黒にゆらめく杖を拡大する自身の影へと突き刺した。

「……!」

 それこそが人形の起動キーだったのだろう。巨大人形・コンストラクターは全身の関節を軋ませると――

「!」

 ――大量の糸を飛ばし、虫たちめがけて刺し貫く。

「ギッ――」

「ガッ――」

「ギギャッ――」

 糸は彼が得意とする暗い糸でできていた。貫いたものの自由を奪い、術者の意思のままに操る繰り糸。コンストラクターは祈りのポーズと共に背面から天使の羽と見紛うほどの大量の糸を噴き出し続けている。

「これこそがワシの傑作機。対軍魔道人形コンストラクターの力じゃ」

 人形遣いと聞いて一般的にイメージされるのはソラとぬいぐるみたちのような関係だろう。戦闘面で劣りがちな部分を人形で補う、もしくは完全に任せ、術者は魔術によるサポートに専念する。

 一見合理的な戦術だが、術者と人形は不可分の関係であり、どちらかが欠けた場合戦闘単位が成立しないのが人形魔術の悩ましいところだ。戦闘中に人形が破損すれば術者の戦闘能力は著しく低下する。

 ソラのようにあらかじめ大量の、質の高いぬいぐるみを揃えたり、再生術式を仕込む・発動したりすれば数の維持は可能である。しかし、それはあくまで彼女レベルの人形製造技術と戦闘スキルがあってのこと。誰もが真似できる芸当ではない。

 アレイスターとて一級の高みに登った魔術師である。看板違わず彼も人形の製作ができない訳ではない。だが彼は「負けない人形を作ることだけが人形魔術の本質ではない」ことを信条としていた。

 人形遣いなればこそ、人形を奪われたり、いくら整備しても肝心な時に壊れて使い物にならなかったり……人形という存在が弱点になりうることもある。人形を操るから「人形遣い」ではあるが、それだけでは高みに登れない――

 数々の研鑽の中、アレイスターが行き着いた結論は「特定の人形を持ち歩かなくても行使できる人形魔術」だ。

「……」

 慈愛の面で敵を拘束し、魔術師の戦力へと変換する巨大人形・コンストラクター。この人形は厳密に言えば物理体ではない。

 人形の肉体もまたゆらめく影の色を浮かべている。その本質はアレイスターが召喚した魔術式であり、魔力が供給されたことで人形の形を取っているにすぎない。

 そのサイズは供給された魔力量によって自在に変動する。二〇メートルはその最大であり、アレイスターの全力を示していた。

 ――すまんソラ……これでも全開なんだわ……。

 数百メートル単位で聳える山の王と比べるからこそ尺度が狂うだけの事。虫たちと比べれば過剰とも言える戦力。もはや虫は迫る側から暗い糸に絡め取られている。

「さて、ジジイの魔術じゃザコ狩りが精一杯。じゃが、相手が無数ならこっちも無数。陣取りゲームは得意分野じゃ」

 アレイスターが杖を叩くと虫たちは無言で陣形を組み出した。人形となった彼らの意志は既に術師の掌の上。同じ数の敵が迫ろうと、糸の一刺しで駒になる。ここにきて魔術師たちの数の優位は逆転を果たした。

「お前もついてくるか?」

「……」

 マキシムは一歩踏み出した。

 全てを見届けるためには安全な場所で引きこもっている訳にはいかない。彼もまた魔術師の後を追って外へと駆けてゆく。

「さあ役者は揃った。それでは最後の仕上げといくか!」

「……」

 コンストラクターが一歩を踏み出す。巨体が動けば当然、建物を破壊する。社屋兼博物館の現代の魔道具展示場は見事に全壊した。

「……」

 ガラガラガラ――

「ん?」

 はて、コンストラクターが貫通したのはスペースの入り口付近ではなかったか? なぜ後方の屋根まで捲れ上がっているのか――

「おいまさか!」

「あっはっはっは!」

 暗い糸が侵食するその箇所をマキシムが見逃すはずがない。

 人形はあろうことか彼の趣味の部屋からコレクションを拾い上げ、自身の兵隊にすべく接続を始めたのだ。

「やっぱり人形は動いてなんぼじゃのう!」

「やめろ! 彼ら一体でいくらかかると……お小遣い制の中やりくりしてきた私のコレクションがー!!!」

 マキシムの悲鳴が虚しく上がるもアレイスターは「猫の手も借りたい」と容赦なく魔導人形を徴兵してゆく。

「!」

 炉心の欠けたロンギノス人形が覚醒する。ガラテアと同じオリハルコンの同志・アーティファクトは虫と人形の混成軍の先頭に立ち、槍を掲げて駆け出した。

「……」

「安心せい、動かすのはお前に任せてやる」

「……」

 放心状態のマキシムにアレイスターの糸が伸びる。暗い糸はマントに変わるとマキシムに人形側の指揮権が譲渡された。

「……!」

 こうなったらヤケだ!

「……やってしまえー!」

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