4―4
「おい……お嬢ちゃん一人で本当に大丈夫なのかよ……」
「……」
スクリーンには魔王の残滓・仮称山の王に向けて駆けるソラの姿が映し出されていた。
彼女がひた走るその様子を人々は祈るように見守っている。
「……まぁ、大丈夫じゃろう。アイツには切り札を渡してあるからな」
「……」
ソラは左手を広げる。
そこには黒い鍵と紙片が一枚添えられていた。覚悟を問われ、手を握られた瞬間密かに師から渡されていた彼女の切り札――
『あの日お前がケジメとして置いてきた友達を返す』
「……師匠」
紙片に記された魔術文字は読んだ側から消えてゆく。だがその温もりはしかと弟子へと刻まれた。
「……ありがとうございます」
彼女は再び鍵を握りしめる。
「「「キシャアアアア――!!!」」」
「⁉︎」
彼女に向けて虫の群れが迫り来る。山の王の覚醒と共に空間の汚染は順調に広がっているらしい。それに合わせて魔獣である虫たちも活性化し、鉱山街を覆い始めているのだ。
「……」
異形の敵を前にソラは怯まない。敵を静かに見据えると鍵を構え、その先の進路、ガラテアへの道のりに思いを馳せる。
「……行ってきます!」
覚悟と共に黒い鍵は上空へ投げられた。
カッ――
「「「キシャッ⁉︎ ギギャッツ!!?」」」
鍵の装飾が発光し虫たちの目を焼く。未だ見たことのない魔力の輝きに三百年前の亡霊たちはにわかに混乱した。
「アレは⁉︎」
鍵が放つ光はソラの影を際限なく拡大させてゆく。影は彼女が来た道を飲み込み――
「
そして暗い糸を伸ばすと彼女自身をも飲み込んだ。
「お嬢ちゃん!」
「……」
影の繭に包まれるソラ。そのシルエットは徐々に膨張し一つの形を形成してゆく。
「パペットパレード!」
叫び声と共に繭は内側から引き裂かれた。
「なっ……」
現れた彼女の姿は、見守る山師たちが思わず正気を疑うものだった。
まず目を引くのは彼女を包むパステルピンクのワンピース・ドレスだ。パフスリーブとパニエで膨らんだ愛らしいシルエットは箱入り娘がパーティーに行くために着飾ったようで戦闘にはおよそ馴染まない物である。
だが彼女の両手にはしっかりと得物が握られている。右手には全長六〇センチの巨大な縫い針が握られ針穴からは師匠譲りの暗い糸がゆらめく。左手には先ほど繭を切り裂いたであろう彼女の身の丈ほどの刃渡りを持つ巨大な裁ち鋏がこれまた愛らしいパステルピンクのミトンに握られていた。
「……」
大地を踏み締めるブーツの先端にはフェルトで出来た動物の爪が三枚ずつあしらわれ、ヘッドドレスにはデフォルメされた半円状の熊の耳が生えており、見たものに着ぐるみめいた印象を与える。
「……」「……」「……」
自身を人形のように着飾ることが一体なんの切り札になるのか。ソラが左目をハート型の眼帯で覆いながらも、それを貫通するかのような鋭い視線を敵へと向けているギャップに彼らは恐怖を忘れて混乱した。
「アレイスター! アレで本当に大丈夫なのかね⁉︎」
「まぁ慌てるな。ソラの
「……」
ソラは縫い針をタクトのように振る。
「グマアアアアアアアアアア!!!」
「ベエエエエエエエエエエエ!!!」
「ギィヤアアアアアアアアア!!!」
すると影の中から巨大な人形の群れが這い出してきた。そのサイズはかつて呼び出した熊のシーザーを超え、二桁メートルに迫るぬいぐるみの群れが整列した。
「ギギャッツ!!?」
「――⁉︎」
虫と山師が同時に言葉を失う。
「グルルル……」
「べヘエエ……」
「ギュルル……」
とあるクマのぬいぐるみ、その腹部からは巨大なハサミが飛び出し、舌なめずりするように刃を開閉させている。
ヤギのぬいぐるみの角はねじれた大鎌でできており、ガラス目玉で敵を見ては頭部を振って威嚇を始めた。
ヘビのぬいぐるみは牙と鱗の一部が鋭いサーベルであしらわれ、刃の輝きと共にドラゴンめいた威圧感を強いている。
ぬいぐるみの中にはもはや基となった動物のモチーフすら想像できない綿と鋼の肉塊めいたものまで存在し……そのどれもが普段のソラの趣味からは想像できないような物ばかり。
「……」
「グルルル……」「べヘエエ……」「ギュルル……」
だが彼らは間違いなくソラのぬいぐるみなのだろう。愛らしい綿と冷たい鋼のパッチワークたちは彼女に傅き、「準備万端です」と自らの武器を鳴らしては役立とうと瞳を輝かせた。
「……」
ソラもまた彼らを愛おしげに見つめ返す。
「……行くよ!」
「「「!」」」
彼女が縫い針を振り下ろすと同時にぬいぐるみたちは蹂躙を始めた。
「キシャ――」
「グマッ!」
「キキッ――」
「ベエエッ!」
見た目に反して彼らの動きは機敏だった。ぬいぐるみは虫が一言言い切る前に自慢の武器で粉砕してゆく。
「エリザ!」
「キュアアアアア!!!」
ソラの呼びかけに応じて一体のぬいぐるみが近づく。
エリザと呼ばれたピンク色のトカゲのぬいぐるみ、その逞しい六本足の一本を足がかりにして背中に跨ると――
「ハイヤッ――」
彼女も戦場へと飛び出してゆく。
「キシャアアアア――!!!」
ぬいぐるみに勝てないと見るや虫たちはソラへと狙いを定めた。本能で悟ったのか、人形遣いの弱点である術者を叩くという理にかなった戦術変更だ。
「!」
近づく虫に向けてソラは軽く縫い針を振るう。
「ギョワッ!」
「ギ⁉︎ ギギッ⁉︎」
飛来する虫の横っ腹をぬいぐるみが砕く。いきなりの援軍に虫は何が起きたのか分からないまま絶命した。
「キシャッ!」
「ギャギ!」
ならばと虫たちは彼女の死角となる位置から攻撃を仕掛け始める。眼帯の左側面、背部を中心に迫りくる大量の虫たち――
「♪」
しかし、その攻撃の全てが彼女の指揮一つで阻まれ虫の死骸が積み上がるばかり。死角からの攻めを止め、さまざまなルートから陽動作戦を仕掛けるも、そのことごとくが縫い針の一振りで無力化され、フリル一つにすら届かない。
「すげえ……」
「まるで戦場が全部見えているみてえだ……」
「……」
見守る山師の感想は正しい。ソラの眼帯はぬいぐるみたちと視覚を共有しており、彼女は大量の目を持って戦場を把握していたのだ。
ぬいぐるみの数だけ視野は広がる今のソラに死角は無い。相手がどれだけ隙を突こうとも、相手の隙の方が見えてしまう。それを近場のぬいぐるみに指示すれば後始末は容易である。
「ハイヤッ――」
第一陣を突破し、パペットパレードは怒涛の勢いで鉱山へと迫る。
「キシャアアアア――!!!」
「⁉︎」
本体近くになると流石に物量に差が出てくる。山の王が発する魔力を根城にしていた虫たちは、自らの主人の脅威を前に一斉に飛び掛かってきた。
「キシャアアアア――!!!」
「……」
眼帯に広がる視界も虫で埋め尽くされていた。敵陣の真っ只中では流石に自分ばかりが相手の隙をつけそうに無い。
「グマァ!」
ぬいぐるみが一匹の虫を仕損じる。虫はそのまま一直線にソラの元へ、大顎を広げて飛びかかった。
「……」
「キシャアアアア――!!!」
「――!」
「ギ⁉︎――」
勝利を確信した虫に向かって一筋の流星が激突した。
「ふぅ……」
「……」
虫の頭部には縫い針が深々と突き刺さっていた。ソラは事も無げに暗い糸を引っ張り針を回収する。
「「「キシャアアアア――!!!」」」
今度は大量の虫が一斉に彼女へ襲いかかった。山の王からはとめどなく虫が溢れ出ており、尽きるところを知らない。もはやぬいぐるみたちに主人を守る余裕は無い。
「!」
だがしかし、その程度のことで怯むソラではなかった。
「ハッ!」
再び縫い針が輝くと、流星は次々に虫たちを貫き、その列は真珠の首飾りのように広がってゆく。
「でやっつ!」
ミトンで握られた裁ち鋏も巨大な虫を一方的に粉砕し、刃を開けば虫たちを両断してゆく。
「あんな重いものを軽々と……」
「化け物相手に一歩も引かねえ……」
山師たちにとってぬいぐるみの強さは目に見えてわかるものだった。巨大な質量に鋭い武器。そこに人形ならではの疲れ知らずの運動エネルギーが加われば虫けら程度容易く葬れるだろう。
一方でソラは人間の、しかも少女である。なるほど魔道具の整備競争では山師も負けるが、単純な運動能力では男たちに劣る。
「!」
「ギシャッ!」
にもかかわらず、ソラはミトンをボクサーのグローブのように、虫を殴りつけては砕いてしまったのだ。
「……!」
元は三百年前の戦争の時代、力で劣る魔術師が勇者たちと並び立つために着用した先頭のための補助術式がふんだんに搭載させた強化戦闘服を源流に持つ。
アークの魔術師たちは魔王の存在を現在進行形の脅威として認識している。「魔王の残滓」は必ず復活する。その脅威に対抗するために、アークは単なる学術研究機関ではなく、戦える魔術師を生み出す存在でなければならない。
――お前には才能がある。その才能を十全に引き出すためにはこういう物も必要になるじゃろう。
「……師匠」
騎乗するエリザが迫る甲虫を踏み砕き、
「せいやッ!」
首と胴を裁ち鋏で分断する。
「!」
迫る敵を前に恐怖はない。むしろ胸に込み上げるのは「感謝」の思いだった。
――師匠、私に力を下さった事、感謝してもしきれません。
「だあああああああ!!!」
第二陣を突破し、ソラの一団は鉱山入口……もとい、魔王の残滓本体へと接近した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「――ッ!!!」
本体が間近になれば――巨大な質量はそのまま戦闘能力へと変換される――咆哮だけでも空間を歪めるほどの圧力になる。彼女は
「ギシャッツイ!」
「グマッツ⁉︎」
「グシェッツ!」
「ベエッ⁉︎」
その瞬間――ぬいぐるみたちが二つに裂けた。
「⁉︎」
「「「ギゲッゲッゲ」」」
元は鉱山入口だった穴から巨大な虫たちが這い出しては、ぬいぐるみたちを引き裂き始めていた。
咆哮を耐えようとした一瞬の隙がソラとぬいぐるみたちとのリンクが絶たれ、それを好機と虫たちは襲いかかったのだ。
ソラのぬいぐるみの質がどれだけ高くとも、その素材は糸や綿。斬撃はもちろん、火炎、状況によっては水責めにも弱い。部分的に鋼を採用するもつなぎ目さえ切ってしまえばバラバラになる脆さも備わっている。巨大な虫たちは一様に大顎を黒光させると絶好の獲物を前に一斉突撃を仕掛けた。
「!」
虫の猛攻を前に、ソラは縫い針と裁ち鋏でいなすのが精一杯だった。物量戦を得意とするパペットパレード、それを構成するぬいぐるみと虫の数は徐々に拮抗し、ここにきて物量差に逆転が起きてしまった。次々と倒れるぬいぐるみを前に彼女はなすすべが無い。
「お嬢ちゃん!」
これでは三〇どころか三分も保たない。山師たちは今度こそ絶望に身を委ねようと目を覆い始めた。
「……――‼︎」
「ギ、ギシャッ⁉︎」
虫たちがにわかにソラから距離をとった。
「!」
「「「⁉︎」」」
周囲から膨大な魔力がソラへと流れ込む。
「よし! いけ!」
アレイスターの声援に敗色は無い。魔術師は弟子の仕掛けに一人感心し、逆転劇を心の底から楽しみに見つめている。
「縫合魔術、パッチワークフュージョン!」
いつの間にか彼女の足元には巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
それは師の魔術を見よう見まねで
魔法陣を中心に膨大な魔力が噴き上がる。
魔王の残滓は完全には覚醒していない。なるほど鉱山周囲の魔力は、魔獣・虫たちが動きやすい環境になるよう汚染を働きかけているようだが……その八割は指向性がなく、むやみやたらと漂っている状態だ。
この手の膨大な魔力の活用法ならソラはガラテアと共に習得していた。起点となる術式さえ仕掛ければ、魔力はそこへ流れ込む。
「展開!」
魔力は青と影が混ざった紺色の糸となり魔法陣から這い出す。
「グ……マ……!」
「ギギッ⁉︎」
「べ、ベエ……!」
「キギャ!??」
二つの断裁面が万力のように虫を挟むと、続けて紺色の糸が両者をデタラメに縫い合わせる。ぬいぐるみたちが本来持つ自己修復機能を、魔王の残滓の魔力を利用して底上げさせたパレードの再演。
「☆!」「♯!」「♪!」
「グイイイイイ!!!――」
小型のぬいぐるみたちも虫の頭部に取りついては紺色に貫かれ、敵の巨体を乗っ取ってゆく。
――私の友達は無敵。絶対に負けたりしない。
汚されても、切り裂かれても、潰されても、ぬいぐるみたちは戦いをやめない。針と糸、そして材料さえあれば彼らは無限に再生を果たしてパレードを続ける。
黎明期こそ魔術師の戦闘能力の底上げを主眼に開発された
「!――」
どれだけ打ちのめされようとも、彼らと共にゾンビの如く這い上がり、粘り続けるソラ。武器を手に無我夢中で切り込む中、頭の片隅でこれまでの記憶が蘇り出した。
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