4―3

 魔族・魔獣について現在に至るまでその正体は謎に包まれている。

 これは一つに勇者たちが先の戦争で彼らを滅ぼした事が原因だ。当時は人間に対し敵意が剥き出しの存在を相手に、捕獲目的の手心を加える余裕など無かった。アークが魔族・魔獣の情報を収集し始めようとした時、人間の大地には彼らの存在が一欠片も残されていなかった。

 三百年前の戦いの趨勢を決定づけたのはやはり、勇者一行が魔王を滅ぼした所にある。

 魔の存在は魔力が濃い空間でなければ活動することができない。大型の魔獣や力のある魔族は一定周囲を自分達好みに改造する能力はあるが、その範囲はごく狭いもの。伝説の時代において人間が未熟な魔術を使っていたにも関わらず、彼らの侵攻を阻めてこれたのは、彼らの特性を付け込めていたのもある。

 ゆえに、大規模な空間汚染能力を持つ魔王の存在が魔の者たちにとっていかに重要なのかがよくわかる。魔王がいたからこそ、その加護により魔族・魔獣はエクストルで大規模な侵略行為を行い……魔王が滅んだ事で生命維持能力を失った彼らは人間世界から姿を消さざるを得なかった。

 彼らの多くは大陸の北方にある凍れる魔力の大地「世界の果て」へと後退した。この土地の入口はアークの魔術師たちが何重にも結界を施しており、新たな魔族が侵攻する事を阻んでいる。例え結界を打ち破るほどの力を持った魔族・魔獣が現れたとしても国境沿いには隣接すエクストル四大王国の北の一角、ジランド竜王国の竜騎士たちが警備を固めている。新たな魔王出現の芽は入口で摘まれるように人間は三百年間防御の布陣を敷いてきたのだった。

「ここまではまぁ、表側の歴史と言うやつじゃな」

 しかし、魔王を滅ぼした事で全てが解決したというわけでは無い。むしろここからが長い戦後処理の始まりだった。

「ま……魔王さ――」

「グル……アアア……――」

 魔王の加護は魔族たちにとって生命維持装置であり……同時に呪いでもあった。

 滅ぼされ、供給が止まった途端に生き生きとしていた彼らの肉体は一転、石のように硬くなり――

「――」

 ――そして時が止まった。

 魔王の魔力は劇薬のように効力を発揮するらしい。同族に脅威的な力をもたらす反面、それが断たれると急速に力を失う。魔の者たちは元々人間の土地との相性が悪い。そこへ加護の斑点がトドメを刺し、彼らは一瞬にして石化したのだった。

「なぁ、魔鉱石って一体なんだと思う?」

 アレイスターは弟子へ尋ねる。

「なぁ、って……魔力が込められた石の事じゃ無いですか」

 話を中断して出て来た質問があまりに初歩的なことに弟子は困惑する。

「では続いて、魔力はどうやって生まれるか、わかるか?」

 それを無視すると魔術師はマキシムへと問いを投げた。

「な……そんなの分かりきった事だろう。人間の精神エネルギーと肉体エネルギーを練り合わせて生まれる力だ!」

「ほう、さすがは腐っても三級」

 こうしている間にも咆哮は社屋を揺らしている。危機は拡大しているにも関わらず、一体何を言い出すのか。アレイスターの突飛な言葉に人々は不信を露わにし出す。

「そう焦るな。次の質問で核心に触れる。じゃあ皆に聞くぞ。今までの質問、その答えを踏まえて……魔鉱石ってどうやって生まれるんじゃろうなぁ――」

「……どうって……」

「そんなの石に魔力を込めて作り出すんじゃ……」

 山師、整備士、魔女たちが頷く。これもまた魔鉱石に関わる基礎知識だ。保存できそうな石に魔力を込める事で第一の魔鉱石が出来上がるのは鉱山に関わる人間であれば常識である。そしてそれでは採算が合わないからこそ、第二の魔鉱石である鉱脈由来の魔鉱石を掘り出すことこそ山師たちの仕事なのだから。

「!――……まさか」

 繋がった!……だけど……――ソラは初めて地震の察しの良さを恨んだ。

「……おい、ということはまさか……」

 マキシムも顔を青ざめさせてゆく。

 ……いや、彼女たちだけではない。に気づいた者たちは一様に黙ってアレイスターの言葉を待ち始めたのだ。

「……そう、察しの通り――魔鉱石鉱山、その正体は、力を失った巨大な魔族の成れの果てなのじゃよ」

 ――ワシらは「魔王の残滓」と呼んでいる。

 魔族・魔獣の正体を突き止められないもう一つの理由、それは魔王の死に連動して彼らの肉体が石化してしまった事だった。

 有機体であれば、それを調べる魔術がいくつか存在した。しかし、石化した彼らをいくら調べても魔術的には「石」であることしか判明しない。ひょっとすると石化は不適当な環境における休眠形態であると同時に、敵へ情報を流さないための防御機能をも兼ねているのかもしれない。彼らの生態は現代の発展した解析魔術でも解明できていない。

 表面的に見れば魔王を倒した事で魔の存在は世界の果てへと逃げざるを得ず、人間の土地に平和が訪れた事になる。

 その一方、逃げ遅れた魔族たちは有毒な魔力を秘めた石となって今なおエクストルの各地で眠っている。

 不毛の大地であったり、地元の住民が畏れている土地はもれなくなる魔鉱石が埋まっていると考えていいだろう。人間と魔王の戦いは歴史の中で伝説になってしまったが、その影響は地続きの脅威として現代まで残されているのだ。

「ってことは……俺たち……今まで化け物の腹の中でツルハシ振っていたのかよ――」

「……デカすぎるだろ……」

 数百メートルを誇るマキシム鉱山。露出している部分だけでも巨大なのに、地下にはさらなる質量が埋まっているとなればその規模は尋常ではない。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」

 スクリーン越しに響く咆哮に誰もが怯えていた。あんなものが本格的に目覚めてしまえば自分達のようなちっぽけな人間では立ち向かいようが無い。それこそ伝説の勇者でなければ倒せるはずがないではないか ⁉︎

「……」「……」「……」

 アレイスターの警告は正しかった。思い知らされた彼らは響く音に晒され恐怖の奴隷になろうとしている。

「……アークはこれを知っていたのか」

「ああ。ワシがここに来たのは一級魔術師としての義務を果たすためじゃからのう」

 エクストル大陸に十数人しかいない一級魔術師。二級からの昇格条件は非常にシンプルだ。それは三百年前の勇者たちに匹敵する戦闘能力を持つ事、その一点にある。

 アークは表向き魔術の学術機関を装っているが、魔術の源流である戦闘魔術を忘れたわけではない。むしろ、魔王の残滓を滅ぼすために学院の魔術師たちには戦闘訓練を叩き込んでいる。

 とはいえ、平和な時代に真に戦闘魔法を極めようとするものは少ない。そこでアークは才能ある者に一級という資格を与え、アークの全ての情報にアクセスできる権限と引き換えに、資格保有者にこの世界の裏の歴史と今なお続いている魔族との戦いに参加する義務を負わせる事にした。

 アレイスターはアークの拘束を嫌って大陸中を放浪しているわけなのだが――力を持つ者の義務までは放棄していない。

「魔鉱石の鉱山は須く魔王の残滓と見ていい。ワシがここに来たのは馬鹿弟子を見に来たのもあるが、前任者が消えてしもうてな……鉱山の新たな監視者としての仕事も兼ねての事じゃった。しかしまぁ――」

 ――今回の敵は流石にデカすぎるな。彼もまたスクリーンに映る巨体を見てため息をついた。

 アレイスターは今まで数度、魔王の残滓の復活を体験していた。そのどれもが人間サイズの魔族に、標準サイズの魔獣であり……戦闘は苦戦こそしたものの正攻法の勝負ができるスケールに収まっていた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」

 咆哮と共に虫たちも地上へと這い出す。魔王の残滓の脅威は鉱山街を蝕み始め、本社社屋まで到達するのも時間の問題といえる。

「どうすりゃいいんだ……」

「……手段が無い事もない」

 マキシムは路線図と鉄道ダイアを取り出した。

「あと三〇分で首都からの便がやってくる。貨物車両で全員が乗れる余裕は無いが、女子供を優先に乗せれば何人かは脱出させることができる」

「……問題はそれまで保たせられるか、って事か……」

「……」

「……」

「……」

 常識を越える敵を前に、山師たちはもはや自分達が生き残ることは考えていない。山師は利益を優先する。この場合における利益は将来のある者たちを魔族の脅威から脱出させることだ。

 とはいえ敵は伝説上の存在。ツルハシが通用する相手には到底思えない。捨て石上等なれど、時間を稼げなければ立ち上がる意味すら無いと言えた。

「……!」

 ソラはおもむろに扉へ向かい――

「――私が行きます」

 人混みをかき分け進みゆく。

「待てバカ弟子! ワシでさえ敵わないと判断した相手をお前一人でなんとかできるわけないじゃろう!」

「確かに勝てないかもしれない」

 師の呼びかけに振り向かず、彼女は歩み続ける。

「でも……正装ドレスを使えば三〇分程度時間を稼ぐことができる」

「おい待て! 行きずりの人間のために人生を使い潰すつもりか! そんな事ワシは許さんぞ! お前は長い人生でようやく見つけた金の卵……こんな奴らのために見殺しにするなら力づくで――」

 師は弟子の愚かさを止めるために右手に魔力を込めた。得意の暗い糸を構成し、彼女を拘束せんと手を伸ばす――

「!――⁉︎」

 ――声が出ない!腕も……動かない⁉︎ 突如として訪れた金縛り。驚くも、アレイスターはその感覚にひどく馴染みがあった。

「……」

「んん! んんん‼︎」

 両目を見開くアレイスター。それもそのはずソラの指先からは彼が愛用する暗い糸が、自身を貫通するように伸びていたのだ。

「んんんぐっつ! お前いつの間に……」

 術を破り弟子へとかかるアレイスター。

「同じ手を受け続けるほど甘くは無いです。私は師匠の弟子なんですよ。この半年間、対抗できるように対策は練ってきていたんです」

 対するソラの顔はこの場にそぐわないほどに穏やかだった。アレイスターの怒気を正面から受け止めながら、しなやかに自身の意見を主張している。

「……お前の成長は分かった。どうやらあの日からかなり成長したようじゃのう……だが、ここでお前が死ねば、は果たされんぞ! それでも、お前は戦うと言うのか!」

 ここまで来たら、主張は変えないんだろうなぁ……――弟子の頑固さはアレイスターが一番知るところだった。それでも彼にとってソラは失いたくない弟子である。彼は一縷の望みをかけて声を張った。

「……師匠今まで育ててくれてありがとうございます。鉱山の皆さんも、マキシムさんも、ありがとう」

 ソラは一転、皆に向けて深くお辞儀をした。

「……」「……」「……」

 あまりに静かな動作に人々は恐怖を忘れてソラに見入る。

「でも私は捨て石になんてなるつもりはありません。人形遣いの弟子は、鉱山街の人形遣いは死にません。私はガラテアと共にここに戻ってくるつもりです」

 彼女の足が再び外へと向けられる。

「『人形遣いは人形に殉じる』。私はガラテアのマスターとしての勤めを果たします」

 振り返らずにまっすぐ進むソラ。

「☆」

「♪」

「#」

 彼女の足元にはぬいぐるみたちが集い、彼女と共へ戦地へと向かう。

「……!」

 そのまま扉を開き、空を仰ぎ見た。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」

 残滓の声量は先ほどよりも増していた。完全覚醒までどれだけの時間が残されているのかわからない。しかし、無駄にできる時間は少ないだろう。

「……みんな。行くよ!」

 愛らしい鬨の声と共にソラは駆ける。目指すは残滓の中枢、ガラテアを目掛けて青い髪が揺れた。

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