4―2
たけり狂い、巨腕で地面を叩きつける度に地面は揺れ、耐震強度の低い鉱山街の建物は次々に崩れていった。
山一つが突如として怪物に変貌し、災害を引き起こす――突拍子もない悪夢のような変化と、現実的な脅威の波状攻撃という異常事態に、鉱山街の人々はパニックになりかけた。
「師匠!」
「分かっとる!」
そのような状況でも魔術師二人は冷静に行動を起こす。
「あらよっ!」
アレイスターは暗い糸を繰り出すと、崩れた家屋を即席の人形に作り替え、下敷きになった人々の脱出を促す。
「みなさんこっちです!」
ソラも黒い鍵を使い、ぬいぐるみを呼び出しては避難所への誘導と、負傷者の運搬を請け負った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「…………っ」
あれだけ賑わっていた鉱山街も化け物が数度吠えるだけで脆くも崩れ去ってしまった。しかしソラには悲しみに浸る暇など無い。
――みんなを……一秒でも早く安全なところへ……!
虎の子の鍵を使い尽くし、ありったけのぬいぐるみを呼び出しては作業を続ける。
「これで全員ですか⁉︎」
「そうだが……逃げ場なんてあんのかよ!」
「……一箇所だけ、心当たりがあります」
ソラを先頭に山師とぬいぐるみの一団は脱出を始める。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」
「……」
道は徐々に整備されたものになってゆき、人々の歩みに落ち着きが戻る。
「ここって……」
「すみません!」
ソラが拳を叩きつけた建物はマキシム鉱山の本社社屋、そこに併設されている魔道具博物館だった。
「!」
反応が無いことを確かめた彼女はオーバーオールに仕込んでおいた刺繍・魔術式を発動させて強化した蹴りで扉を蹴破った。
イベントが終わり、平時では誰もいない博物館は住人が身を寄せ合うのに十分なスペースがあった。
「みなさん、協力をお願いします」
「……ええ」
「わかっているわよ!」
ソラはまず負傷者を床に並べ、鉱山街の魔女たち二人と共に彼らの治療を始めた。
「これ……魔法で治んないのかよ……!」
「私たち程度の魔術じゃ痛みを和らげるのが精一杯なの……」
「……! 痛え!」
「我慢しなさい! 男でしょ!」
二級以上の魔術師であれば致命傷以外のあらゆる怪我を瞬時に治すことが可能だ。しかしながら魔女二人の実力は三級のしかも初歩的なレベルに留まっている。言葉通り、応急処置と痛み止めが精一杯だった。
「……腕に刺繍⁉︎」
「大丈夫、これは魔術式なので……――」
出来た!――ソラは負傷者の腕の前で玉止めを施した。
「ほら!」
ソラは男の負傷部位を思い切り叩いた。
「⁉︎……痛くねぇ!」
人体こそ専門外なれど、「修復」に関わる魔術式をソラはいくつか知っていた。正直ぶっつけ本番だったのだが……余計な混乱を避けるために口はつぐむ。
とはいえ全ての負傷者をソラ一人で癒せるわけではない。ぬいぐるみの操術と召喚で魔力は消耗し、ボディステッチのための集中力も途切れ気味だ。とにかく動ける人間全員で協力して事にあたる他はなく、博物館の中は一瞬にして野戦病院さながらの有様になった。
「……おいソラ」
「?」
十人目の負傷者に「治療」を施し終えたところで彼女はアレイスターに呼び止められた。
「師匠どうしたんです? というか師匠も手伝ってくださいよ。この中で一番魔力があって、回復魔術も完璧に行えるのは師匠だけなんですよ」
「馬鹿野郎。ワシだってこの場の全員を賄えるほど魔力が残っとらん」
言いつつアレイスターはソラを博物館の奥へと引っ張ってゆく。
「……今のうちに逃げるぞ」
「……は?」
一瞬、師が何を言ったのか、言葉を受け入れるのを彼女の脳が拒否した。
「何度も言わすな。この混乱に乗じて『逃げる』と言っておる」
「――‼︎」
「!」
叫び出そうとする弟子の口を暗い糸が縫い付ける。
「――!……!!!!」
「ああ言いたいことは分かるよ。情が移った相手を見捨てられるはずがないものな。だがな、今回の相手はちぃと分が悪過ぎる。今は自分の命だけを考えろ。ワシだって今すぐ逃げたいところなんじゃが、お前一人くらいなら一緒に逃すことができる」
「!!!!!!」
これだけの人々を見殺しにするんですか!――口を塞がれながらもソラは愚かな師へ抗議を訴える。口元に魔力を集中させるとアレイスターの魔力を中和、拘束を解き――
「あなたという人は――」
「これは一体どういう騒ぎだね!!!」
ソラの非難とマキシムの困惑が周囲に響く。
「え?」
「なんでオーナーがここに?」
意外な人物の登場に山師たちも彼女たちへ向いた。
「なぜって……君たちも緊急ガイドラインに則って避難したのでは無いのかね?」
マキシムは懐から一冊の冊子を取り出して見せた。
「……あ!」
それはこの街の住民が一度は目にする、住民向けのハンドブックだった。そこには住所の登録、就職の相談など生活に関わる物事が事細かに書かれている。ソラもこれを熟読して移住と同時に個人事業主として住民登録したのだったが……――
「そういえばそうだったかも……」
自分が皆をこの場所に避難させたのはハンドブックの非常時の項目を読んでいたからかもしれない――生活に追われていたソラはもちろん、ガサツな山師たちも稼ぐのに集中してハンドブックの存在など頭から抜け落ちていたのだ。
「まぁ何でもいい。とにかくこの負傷者はどういうことだ⁉︎ 鉱山も……あんな化け物みたいな姿になってもう何が何だかわかったものじゃない!」
誰か説明してくれ!――マキシムの叫びは皆の共通するところだった。
「……師匠」
「……」「……」「……」
ソラの、マキシムの、リチャードの、トーノの、カーネルの……この場にいる全員の視線がアレイスターへと注がれる。
「……」
魔術師は性質上嘘をつくことができない。ゆえに都合が悪い場合は沈黙を選ぶ。
アレイスターにとってこの状況は、弟子の口を縫い合わせたほどの緊急事態であり、本音を言えばこの場の全員を今すぐにでも見捨てて逃げ出したいところだった。
「……師匠」
だがそれを許すソラではない。彼女はすでに赤い糸を師の足元に巻き付けていた。例えアレイスターでも糸を断ち切るのに一瞬だけ、時間がかかる。
「……」「……」「……」「……」「……」
そして一瞬だけ時間を稼げれば山師たちには充分だった。彼らはいつの間にかアレイスターを取り囲み腕を鳴らしている。山師は稼ぐことが至上の命題だが、同じ釜の飯を食べた仲間を見捨てるほど白状ではない。仲間が不条理な目に遭ったのであれば見過ごせない。その原因を知りたいのが人情というものである。
「……ああ分かった! 分かったしゃべる! 全部説明するからその視線はやめてくれ!」
流石の一級魔術師も肉の壁に囲まれればひとたまりもない。アレイスターは「こんなことなら禁術で時間を売るんじゃなかった」、と後悔しつつ、懐から水晶玉を取り出した。
「とりあえずこれを見ろ」
彼は水晶玉に魔力を込めると壁面に向かって光を飛ばし、巨大なスクリーンを生み出した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」
スクリーンには建物を貫通する咆哮に合わせて大口を開ける魔人の上半身と――
「キシャアアアア――!!!」
――その体表に群がる大量の虫の姿が。
「あれって!」
虫の姿にそれは見覚えがあった。それは救助作業中に鉱山の深淵から這い出し、ガラテアが粉砕した巨大な甲虫だったのだ。
――マスター、それに皆さん。この鉱山は目覚めます。できるだけ遠く離れた安全な場所へ逃げてください。
「……師匠、一体、何が目覚めたんですか……」
脳裏をよぎるガラテアの言葉、その重みを実感するとソラは震え出した。
「お前は本当に優秀な弟子じゃな。才能もあるし、察しもいい。教えた魔術は一度で覚えて、応用も自在に。正直こんな手のかからない弟子を持って……今までワシは幸せじゃったよ」
アレイスターは突然柔らかな笑みを浮かべると、震える弟子の手を優しく包み込んだ。
「……師匠」
「――じゃが」
「!っ――」
その手が一瞬にしてキツく握られる。
「これからワシが語ることを識った瞬間ソラ、お前の今までの人生は変わってしまう。それでも、話を聞く覚悟はあるか……」
「……」
――お前たちもだぞ! アレイスターはその場の全員に向かって声を張る。
「これからワシが語ることはアークでも箝口令が敷かれた歴史の闇。聞いたやつは漏れなくアイツらの世話になる。選択肢は二つ。何も知らず幸せなまま逃げて新天地で新しい生活をやり直すか、全てを知って絶望しながら魔術師の奴隷として残りの人生を過ごすか。さあ。どちらかを選べ!」
「それは……――」
師の真意はわからない。しかしながら、魔術師にとってアークは避けて通れない道。その意味でソラにとって真相を聞くためのハードルは無いに等しい。
「……」「……」「……」「……」「……」
だが山師は事情が違う。「アーク」やら「奴隷」やら自分達には馴染みが無く、反感を覚える単語を並べられても困惑するだけだ。
それでも、アレイスターがソラへと向ける真摯な表情を見れば、それが単なる脅しで無いことは理解できた。
「魔術師アレイスターよ」
そんな中、マキシムは一人ひとごみをかき分け魔術師の前へと進み出た。
「全ての責任は私が取る。だから話してくれたまえ。あれが一体何なのかを」
「『全ての責任は私が取る』、か。金持っているだけの凡人が大きくでたのう」
アレイスターもまたマキシムへと相対した。
財界の大物も、アレイスターにとっては子供に過ぎない。いくら恰幅が良くても彼の視界の中でマキシムもまた震えを隠せていなかった。
「……確かに、私は凡人だよ。魔術の才能が無く、人形収集だけが慰みの金持ちだ――」
――だが! マキシムの拳が力強く握り締められる。
「私が生み出してきた金は私が背負う責任から生まれている! 確かにあの鉱山は私の持ち物で、オーナーであるからこそ私は莫大な利益を得ている。だがな、事業は一人では興せない! 事務所の職員が、鉱山街の住民が、山師たちが働くお陰で実際の経済が回るのだ! そんな彼らが今、良くわからないものが原因で苦しんでいる! これを見過ごすなど経済人の……いや、人間の風上にもおけん!」
「!」
今度はマキシムがアレイスターを釘付けにする番だった。彼はカッ、と目を見開くとそのままアレイスターへと迫る。
「逃げるなんぞ笑わせる! あの化け物が私の鉱山だというなら……あれは私の物だ! 持ち物の責任は持ち主が当然取るもの! その責任から私は逃げん、逃げるものか!」
「そうだー!」
「山師が逃げるかよ!」
「ツルハシ一本で道を切り開くのが男ってもんだ!」
「アークがなんだ! 魔術師なんて腕の一、二本折れても怖かねぇ!」
紳士の、マキシムの覚悟につられて山師も勢いづく。
元来山師にとって好奇心こそが原動力。オーナーの覚悟をきっかけに、迷いを断ち切った山師たち。彼らは患部を庇いながらも拳を上げて立ち上がった。
「……ははっ!」
合格じゃ――アレイスターもまた目の前の光景に胸を打たれ覚悟を決めた。
「好奇心は猫を殺すというぞ……それでも構わんな」
魔術師は視線をソラへと向けた。
「……」
代表として選ばれたソラの答えは決まっている。
「……お願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます