第四章 蘇る伝説

4―1

 ソラは新造したリッキー二〇体と他にも大量のぬいぐるみを引き連れながら、山師とアレイスターと共に鉱山へ急行した。

「まるで山が人を食っちまった感じだった……」

 道中山師が語るには、鉱山は地震や鉱脈の過剰採掘、空洞への貫通などと言った前触れなしにいきなり坑道が閉じたということだった。しかも入口はもちろん、内側からも掘削することが不可能なほどに山肌が硬質化したともいう。

「山崩れはまぁよくあるとして……鉱石の質がいきなり変わるとか訳がわからんぞ」

「俺だって直にツルハシ当てなきゃ信じられなかったよ! ツルハシの方が折れたんだ! こんな肝心な時に機械は動かねえしよぉ……」

「……」

 何がともあれ現場を見なければ何もわからない。三人はリッキーたちに担がれると五分足らずで駆けつけた。

「おいなんだそのぬいぐるみは⁉︎」

「遊びじゃないんだぞ!」

「うるさい! これは弟子が鉱山から依頼を受けて造った専用機じゃ! 今のお前らの十倍は役に立つ!」

「……」

 普段の山師であればソラの趣味を見て冗談で返してくる。それなのに呼びつけておいてこの挨拶だ。なるほど現場は追い詰められている。

「……」

 ソラはシャツに身体強化の魔術式を刺繍で施し、ツルハシを持った。

「!――」

 岩肌に向けて振り下ろすと衝撃が全て彼女へと返ってゆく。なるほど、山師の言う通り山は刃を通さない。

「火薬はないんですか?」

「発破ならもう試した……」

 山師が指差した岩肌は黒く煤けていた。叡智の炎を用いてもカケラほどしか傷をつけられなかったことに男たちは項垂れている。

「……いや、いけるかも!」

 ソラはポケットから端切れを取り出し、そこへ魔術式を縫い付けた。

「火薬はまだ残っていますか?」

「ああ……でも――」

「ありがとうございます」

 ソラは山師から火薬を受け取ると刺繍と共に岩肌の隙間へ押し込んだ。

「!――」

 そして点火! 吸い込まれるような音とともに穴が開く。

「一体どうやって……」

「……」

 ソラが刺繍で作ったのは指向性を示す魔術式だった。これで火薬の爆発力を一点に集中させ、鉱山を貫通させたのである。

 とはいえ空いたのは直径二〇センチ足らずの小さな穴である。これではこの場で最も小柄なアレイスターですら通らない。

 いや、それだけ開けば十分――

「みんなお願い!」

「!」「!」「!」「!」「!」

 ソラの呼びかけに応え、ぬいぐるみたちは穴の中へと飛び込んでゆく。

 人が通れない穴でもぬいぐるみであれば入り込むことができる。綿で出来た彼らの体は柔軟に潰れては蟻の一穴を這い進む。

「師匠」

「わかっておる」

 アレイスターは水晶玉を取り出した。彼は素早く呪文を唱えるとぬいぐるみの視線、鉱山内部を映し出した。

「みんな! 頼むわよ!」

「!」「!」「!」「!」「!」

 リッキーと他のぬいぐるみたちはすぐさま行動を始めた。

 幸なことに硬くなっているのは山肌のみで内部は普段通りの硬さだった。ソラは水晶玉に送られてくる映像を元に、山師たちから現在地が元はどのような場所だったのかを聞き出し、ぬいぐるみたちへ次々と指示を飛ばす。

「!」

「♯」

「☆」

 リッキーたちは特化機能の怪力を発揮すると埋もれた山師たちを掘り出し救出。さらには崩れた坑道を立て直し、硬質化した山肌を内側から崩し――八面六臂の活躍を見せ始める。

「これがあのぬいぐるみだってのか……」

「ただのちんちくりんじゃねえ……」

「おい! 開いたぞ!」

「「「⁉︎」」」

 鉱山の入り口が再び開かれる。山師たちはリッキーに担がれながら生還を果たしたのだ。

「おい! 大丈夫か⁉︎」

「俺たちはなんとか……だが……奥にいた奴らはヤバいかもしれん」

 連日の不調騒ぎで換気・空調設備が機能不全を起こしている事がここにきて致命傷になりつつあった。救出は刻一刻を争う。

「こんな時にガラテアは一体……」

 ぬいぐるみたちは採掘ルートをたどり、山師を順調に救助していた。しかしながら、彼らと共に作業していたはずのガラテアの姿が一向に見当たらないのである。

「おい! これで全員か?」

「いや! まだ五人いねえ!」

「でも今日の作業順路は全部回ったぞ⁉︎」

「……」「……」「……」「……」「……」

 ぬいぐるみたちにはガラテアの情報が入力されていた。彼らは鼻をひくつかせるとオリハルコンの探知を始める。ところが探知魔術は一向に反応を示さない。人形と残りの作業者は一体どこへ消えたのか……――

「まさか……」

 ハンスは地図をまとめるとソラたちの元へ駆け寄った。

「一箇所心当たりが」

 ハンスが指し示した場所は鉱山の最奥部、まだ未開発の坑道だった。

「おいおい兄ちゃん、ここは今日誰も行ってねえよ」

「魔道具が生きているんだったら行ったかもしれねえけど、あんな暑くて息苦しいだるい場所なんて――」

「確かにそうです。にわか作りの坑道ほど恐ろしい場所はない。事故のリスクと常に隣り合わせですからね。でも……」

「……まさか!」

 鉱山ではすでに五〇体のリッキーが納品されていた。それにも関わらず、救出作業に当たっているのは先ほど彼女が連れてきた二〇体のみ。

 仮に山師たちが欲をかいてありったけの人形を引き連れては無茶な採掘に挑んだのだとすれば……――

「みんな!」

「!」「!」「!」「!」「!」

 そうと分かれば行動あるのみ。ぬいぐるみたちはも目標目掛けて坑道を掘り始める。

「これは……」

「ひでぇな……」

 坑道は奥に行けば行くほど崩壊の具合が凄まじい。明かりもなく、空気が通る隙間も少なく……肉体面で優れた山師であってもこの環境では身動きが取れず、下手に動けば窒息してしまう地獄と化していた。無生物である、ぬいぐるみでなければ救出ルートの開拓は不可能に近い。

「!」

 人一人通れるトンネルを掘り進めること二〇分。リッキーたちは開けた空間にたどり着く。

「うう……」

 リッキーの目に飛び込んだのは瓦礫に埋もれる五人の山師の姿。

「……」「……」「……」「……」「……」

 瓦礫の隙間からは茶色い生地や作業着のミニチュアがはみ出していた。どうやら五〇体の先行組は男たちを崩落の直撃から自らをクッションとして庇ったようだ。

 万能ぬいぐるみの弱点である「潰し」をかけられたとなれば機能不全も納得の理由だ。ぬいぐるみたちは仲間と、山師を救うべくすぐさま瓦礫の撤去を実行し始めた。

「ガラテアは……ガラテアはどこなの……」

 ソラは水晶玉に映るリッキーたちの視界を次々と切り替える。しかしながら青き鋼鉄は一向に映らない。

「マスター!」

「⁉︎」

 ぬいぐるみを声の方向へ見上げさせると――

「ガラテア!」

 はたしてそこにはを持ち上げるガラテアの姿があった。

 ぬいぐるみたちがそうであったように、ガラテアもまた山師たちを守るために崩落の致命打となる巨大な岩盤をその身で支え、最後の砦として耐えていたのだ。

「ガラテア待っていて! 今リッキーたちにみんなを助けさせるから!」

 瓦礫を除けるたびに戦力は増してゆく。先行組と救出組が合流を果たすとぬいぐるみたちは山師を抱え、怒涛の勢いで救出ルートを遡行した。

「ガラテア、もう降ろして大丈夫よ!」

「!」

 ソラの指示に従い、ガラテアは一度右手だけで岩盤を支え、いつかのように左の強烈な一撃をお見舞いした。

 オリハルコンの拳が岩盤を粉砕し、人形は解放されたかに見えたが――

「……」

「……ガラテア?」

 人形はその場を微動だにせず、奥の暗闇を閉じた瞼越しに見つめ続ける。

「……もう帰ろう。いくらオリハルコンで出来ているからって、ガラテアも埋まったら動けないでしょ。ルートはリッキーたちが作ったから、私が案内する」

 ソラはリッキーを通して人形の説得を始める。

「……」

 しかし、人形は主人の命令を受け付けずに「じっ……」と暗闇へと集中していた。

「……」

 それはまるで危機に直面した野生動物の緊張。ガラテアは拳を解かず、おもむろに構え出し始める。

「マスター、それに皆さん。この鉱山は目覚めます。できるだけ遠く離れた安全な場所へ逃げてください」

「ガラテア……あなた何言っているの? 山が……目覚める? って一体――」

「キシャアアアア――!!!」

「「⁉︎」」

 暗闇からいきなり何かが飛び出してきた。思わず避けるリッキー・ソラと、

「ふんっ!」

 それを正確に殴りつけるガラテア。

「ギギ……ギ、ギ――」

「何……これ……」

 人形の拳の形がめり込んだ直径三〇センチ大の謎の半球状の物体。それには昆虫めいた足が六本生えており、痛みに悶絶してはピクピクと痙攣している。

 およそ生物の生存に適していない高温閉塞環境になぜが。それにさっきのガラテアの態度……彼女はこの存在を知っている!――

「――ガラテアあなたは一体……」

 ソラは再びガラテアを見上げた。

「……マスター――」

 ぬいぐるみを通して二人の視線が交わる。

「!」

 それは蕾が花開くような微細な変化であり、ソラにとっては決定的な瞬間だった。

 どれだけ手を尽くしても稼働しなかったオリハルコンの瞼、それがソラに向けて開かれつつあるのだ。

「マスター……」

「……――」

 息を呑むソラ。目の前には、宝石すら眩むほどの二つの青い輝きが。

「……綺麗――」

「……」

 不意に輝きが途切れる。

 再び暗黒へと向けられた人形のかんばせ。

 ――私を目覚めさせてくれてありがとうございます。そして……お別れです。

「え」

「さようなら、この時代の私のマスター」

 そう言い残すと、ガラテアは拳を向けて駆け出した。

「ちょっ――」

 ソラはリッキーを使って人形を追いかけようとした。

「⁉︎」

 だが次の瞬間、水晶玉が黒い影で埋まり、ぬいぐるみとの通信が断たれる。

「ガラテア!」

 人形の危機にソラは鉱山へと飛び出す。

「おい馬鹿やめろ!」

 そんな彼女をアレイスターは暗い糸を使って引き留めた。

「師匠⁉︎ 一体何を――」

「馬鹿野郎! お前はガラテアが言った言葉を忘れたのか! 今は逃げることが先決じゃ」

「でも――」

 同じ人形遣いであるアレイスターがなぜ自分を引き止めるのか。ソラには師の行動が一瞬理解できなかった。

「おい、大丈夫か!」

「……なんとか……」

「お嬢ちゃんに……救われたな……」

「おい! 誰かこいつを担いでくれ!」

「足が……足が痛えよぉ……」

「……!」

 山深くに入り込んでいた五人はもちろん、閉じ込められていた彼らは大なり小なり負傷していた。まともに歩ける人間が半分いるかいないか……彼らを安全な場所へと移動させるためにはぬいぐるみと、それを操るソラが不可欠なのだ。

 いや……リッキーたちを自立モードで運用させれば私だけでも――

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

「「「⁉︎」」」

 突如として空間を割らんばかりの地震と巨大な咆哮が周囲に広がる。ソラの思考は途切れ、耳を塞いでは大地に蹲ることしかできない。

「何なのよもう!」

 巨大地震が音を作るのか。それとも音が大地を揺らすのか。因果は解らずとも、これが尋常でないことはその場の誰もが理解した。

「……っ――」

 彼女は近場のぬいぐるみを呼び寄せると、自身をそれに担がせた。

「みんな!」

 ぬいぐるみには思考が無い。故に、どのような事態でもそのポテンシャルを十善に発揮することができる。彼女はぬいぐるみたちに山師を担がせ危険地帯からの脱出を始めた。

「おっ!」

「な、何だこりゃ⁉︎」

 ソラ、アレイスター、ハンスは無言で。他の山師たちは見た目に反し力強いぬいぐるみたちに戸惑いながらも、次第に小さな英雄へと身を委ねてゆく。

 地震はどうやら鉱山直下で起きているものらしい。街まで後退すると足元の揺れは感じられず、一向は僅かな落ち着きを取り戻した。

「お前ら……一体どうしたんだ!」

「リチャード……それが……」

 山師の一人が街の人々に事情を説明しようと立ち上がる――

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 再びの咆哮。

 揺れこそこ来なかったものの、今度の音は鉱山街全体を飲み込むほどに獰猛だった。誰もが己の耳を塞ぎ、顔を顰めている。

「一体……何が起きて……⁉︎――」

「おい、いきなり黙るなよ」

「……」

 リチャードは無言で鉱山の方角を指差す。

 つられて誰もがその方向へと顔を向けると一様に青ざめ言葉を失った。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 なるほど揺れと咆哮はどちらが先というものではなく、同時に発生していたようだ。

 なぜなら、が吼えているのだから。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 灰色の岩肌がツヤを取り戻し、巨体が起き上がる。

 大地から両腕が盛り上がると窮屈そうに地面を叩き出す。

 鉱山は魔鉱石でできた肉体を億劫そうに動かし始めると――巨人の上半身へと変貌を遂げたのだった。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

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