3―3
「……」
「……」
「……」
時刻は午後一時。昼休みは終わり、仕事の時間であるにも関わらず鉱山事務所は山師で埋まっていた。
「随分な歓迎の仕方だなトーノ」
「そうはいってもねぇ社長、いきなりウチの工員を引き抜こうとなればみんな殺気立ちますよ」
「……」
応接スペースに座るマキシム、トーノ、ソラ。大量の山師たちに囲まれてもマキシムは微塵も恐れず、出されたコーヒーを優雅に啜る。対面のトーノは今にも飛び掛からんとばかりに鼻息が荒い山師たちを視線で制して気苦労が絶えない。同じソファでちょこんと収まるソラは未だに「これは悪い夢なのでは」と状況を受け入れられずに視線が泳ぐ。
「山師の取り分を決めたのはね、社長自身ですよ。それをね、覆すとなったら皆さん黙ってはいられません」
「そーだそーだ!」
「職権濫用だぞー!」
「だからそれ相応の金を出すと言っている。作業者一人……いや一体か、いなくなったところで全体の効率は変わらないだろう。それに来週には新しい魔道具が搬入される。改良版の掘削機は諸君らの助けになることを約束しよう」
「んなもんいらねぇよ!」
「ガラテアちゃんは職場の華なんだよ!」
「壊れやすい変な機械よりもかわいこちゃんが必要なんだよ!」
「ああうるさいぞ! トーノ! こいつらは話し合いというのが分からんのかね⁉︎」
口をひらけば怒号の嵐。揚げ足取りに野次の連続。渦中のソラはいい加減気が滅入り始めていた。
「あの……私はガラテアの所有権が私でも鉱山の皆さんでも社長さんに有っても変わらないと思うんですけど……」
「お嬢ちゃん!」
「いいなりになっちまうのか⁉︎」
「俺たちを裏切るのかよ!」
「……」
たった一言で溢れかえる言葉の洪水。これではとても話し合いにならない。ソラとしては純粋にマキシム・ゴールドマンなる傑物と話をしたいだけだったのだが……――
「ところでトーノ、このコーヒーはなかなかだな。淹れたのは誰かね」
「それは僕ですよ。インスタントですが、お気に召してくれたようで」
「私もインスタント派だ。豆からじっくり抽出して飲む暇なんてないからな」
「……」
むくつけき大男たちに囲まれ、罵声を浴びせられ続けてもマキシムはペースを崩さない。後ろに立つハンスがいつにも増して顔を青く、怯え切って一言も発せられないでいるのと比べるとソラは人の上に立つ人間の度量というものを見せつけられている気分だった。
「社員が普段どんな具合で働いているのか、少し見学してみたかっただけだったのだがこれではたまらんな」
「たまらんって無責任な。ご自身で蒔かれた種でしょう」
「まぁな、だから――」
――河岸を変えよう。マキシムはおもむろに立ち上がり応接スペースを出始めた。
「トーノ、ソラさん、ハンスには乗り物を用意してある。ついてきたまえ。その他大勢も話し合う気があるなら追いかけてくるといい」
勝手知ったるとばかりに山師の波を分けてゆくマキシム。そのあまりに堂々とした歩みに威勢の良かった男たちも思わず避けてしまう。
「……」
「ま、社長ってああいうものだから」
私こそルール。私が歩いた後に道ができる。背中の広さは恰幅だけでなく、彼が積み上げけてきた人生の凄みが生み出してきたものなのか。圧倒されたソラはトーノに促されるまま彼の後に続いた。
「よっ」
「おかえりなさいませ、マスター」
事務所の表にはいつの間にか馬車とガラテアと並ぶアレイスターの姿があった。
「なんだね坊や。その人形は君のおもちゃではないぞ」
「坊や? ワシからしたらお主の方が坊やなんじゃがな。まあいい、話し合いとやらをやるのじゃろう。ワシもついていく」
ガラテアの手を引いてアレイスターはワゴンに乗り込む。
「おい! そのワゴンは四人乗りだぞ!」
「だったら弟子の膝にでも乗るわ。こういう時小さい体は都合がいいのう」
「ええ……」
それは遠慮したいと思えど、なるほど全員が乗るとなればワゴンは狭い。ハンスを御者席に座らせても四人と一体。いや、マキシムの横幅は一・五人分はある。話を先に進めるなら、拒んでいるわけにはいかない。
結局ワゴンにはソラ――の膝の上にアレイスター――マキシム、トーノ・ガラテアペアで乗り込むことに。
「出してくれ」
馬のいななきと共に馬車は走り出す。
「俺たちもいくぞ!」
「おお!」
そのあとを山師たちが駆けて追う。
進路は鉱山街を横断するコースであり、騒ぎに乗じて追跡者の数はどんどん増えてゆく。その様子を窓から見ていたソラはこの先もはや流血は避けられないのではと、冷や汗を垂らしていた。
「趣味のこととなると相変わらず強引ですな」
「仕方ないだろう。妻も子供も首都にいる今がチャンスなのだ。私とて本来であればもっと紳士的にいきたいところだった」
「なるほどのぅ」
二人の話に合点がいくアレイスター。ソラは慣れない馬車にいる事、マキシムの幅に押されている事が相まって非常に息苦しい。
「大丈夫ですか? マスター?」
「うーん……なんとか……」
「君は本当に現在のガラテアの所有者なのだな」
「……」
二人のやり取りをまじまじと見つめるマキシム。その瞳見てソラも彼の原動力を確信した。
……これは本当にヤバい事になってきた――
重苦しい雰囲気の中、馬車はとうとう目的地である本社の前に横付けになる。
「ご苦労」
ハンスが開けたドアを颯爽と降りるマキシム、ソラたちも彼に続いてぞろぞろ馬車を降りた。
「ふむ……そろそろか」
「はあ……はあ……」
「ぜえ……はあ……」
マキシムの視線の先には息を切らした山師たちの群れが。鉱山から本社まで馬車で約三〇分ほど離れている。その距離をひたすらに走らされたのだから山師といえどたまったものではないだろう。
「いい感じに血の気が抜けたな。これで少しは落ち着いて話ができるというものだ」
「うっせえ……」
「みんなのアイドルを横取りしようたってそうは……ゲホッ……いくか……」
「みんなのではないだろう。所有者はあくまでソラさんだ。一応利害関係者だから招待してやったが、お前たちでは交渉のテーブルにつけん。立場をわきまえろ」
「やろう……」
なるほど馬車を追わせたのは彼らの体力を削るためだったらしい。ソラはマキシムが肩書きだけでなく、さまざまな要素で勝負を仕掛ける本物である事を実感した。
自分は本当にこの傑物と交渉できるのだろうか――
「本来であれば明後日開催するはずだったのだが、これだけの数がいるならデモンストレーションにちょうどいい」
マキシムが指を鳴らす。すると社屋が大きく開かれ――
「ようこそ! 我が社が誇る魔道具博覧会博覧会へ」
――まぁ、まだ準備中だがね。マキシムはそう呟くと右手をむけて出迎えの姿勢をとった。
「……わぁ」
「これは壮観じゃのう!」
まだ準備中のため場内では慌ただしく職員が飛び交っているものの、展示されている魔道具の物量は圧倒的。ソラも山師も「自分達は誰よりも最新の魔道具に接してきた」という自負があったがそんなものは展示品の中のほんの一部に過ぎなかった事実に息を飲む。
「なぁ社長さん、一台くらい
「ふざけるな! ほとんどはわた――ごほん、社の所有物だが、中には今回の展示のため余所から借りた物もあるんだ。気安く触るんじゃない」
「金持ちほどケチじゃのう……」
ま、なら見るだけじゃがの――アレイスターは魔眼を発動すると瞳を輝かせながら新型の魔道具を次々に鑑定・眺めてゆく。
「……」
新しもの好きの師と異なり、高級志向のソラは非魔術師用の魔道具にあまり興味を引かれなかった。職場の環境もあり、飯の種程度の認識だったが――
「……すげえ……」
山師の一人が呟く。
展示会のテーマは「魔道具の社会進出の歴史」であった。自分達が何気なく使ってきた機械がどのように変遷・進化を遂げたのか、どんな発想で生まれたのかその根源を辿るうちに魔道具が積み重ねてきた歴史、その奥深さに思わずこ心を動かされてしまう。
「おいおい展示はまだ始まったばかりだ。この程度で感極まってもらっては困るよ」
マキシムは誇らしげに言うとソラたちを次のスペースへと促す。
「! これって――」
ソラにも見慣れた魔道具が並び出す。ガラスケースに厳重に保管された杖や剣の群れ。それらは非魔術師では扱えないはずの本来の意味における魔道具の群れ。
「こんなヤバい級のもん展示して大丈夫なのか? 見たところレプリカじゃが精巧すぎて使うやつが使えば本物と同じ威力が出せるぞ」
「大丈夫だ。そんな真似ができる魔術師はそういない。統計的にも、魔術を戦闘技術として磨く人間はそういない。二級ですらほとんど学徒のようなものだ。一級魔術師なんて
「……」
「言うねぇ」
その一級魔術師級が目の前に二人もいる事に社長は気づいているのだろうか。とはいえソラもアレイスターも魔剣や魔杖は好まない。伝説の一端に大はしゃぎする山師たちを尻目に、何か人形はないかと視線を巡らす。
「やはり君たちは私と同じ趣味を持っているようだ」
「……?」
マキシムの視線がガラテアに注がれる。その瞳にははっきり「欲しい!」と欲望でぎらついている。
「ガラテアも、この展示の一部にするつもりですか? この子は確かにすごい人形ですけど、未知の部分が多すぎて正式に採用するには向きませんよ」
「確かに、私もこの人形のことをそれほどよく知らん。だが君も趣味に一度火がつけば止まらないことを知っているだろう」
一向はさらに歴史を辿りいつの間にか三〇〇年前の伝説の時代まで遡っていた。
「それにだ。私はこのガラテア人形に関して一つだけ情報を手に入れている」
「!」
マキシムはとある扉の前で立ち止まった。
扉には「関係者以外立ち入り禁止」と表示があり、厳重に錠がかけられていた。
「今日は君たちに魔道具のさらなる真髄をお見せしよう」
物理錠を一つ一つ丁寧に解錠し、最終ロックである魔術錠――マキシムは少なくとも三級程度の実力があるようだ――を開く。
「……うわぁ」
「これは……」
扉の先の光景に人形遣い二人は息を飲む。
そこに並ぶは自動人形の群れ。人型、獣型、中には魔獣や魔族を象りどのように駆動するのかわからないものまでずらりと陳列されていた。
「また随分と集めましたな」
「もちろん。このために仕事をやっているからな」
苦々しげにコレクションを見つめるトーノの嫌味を、マキシムはものともしない。鼻を鳴らし自慢のおもちゃを一同に見せびらかしたくて堪らないといったふうだ。
「……カビくさ」
「師匠!」
「だってそうじゃろう――」
アレイスターの魔眼が人形たちへ向けられる。
「どれだけ丹精込めて作っても、人形にだって寿命はある。こいつら全員まめに整備されているようじゃが一〇分も動かせばぶっ壊れるぞ」
うりうり、と突くフリをするアレイスター。彼の哲学は「最新こそ思考」。古いものに学ばないわけではないが、最新の製品は過去の膨大な試行錯誤の上に仕上がっている。彼の瞳の輝きは展示の序盤がピークであり、人形倉庫ではつまらなそうにあくびをつく。
「ふんっ……そんなこと百も承知だ。私にも才能があれば君のような意見を持てるのだろうがね。残念なことに集めることでしか欲を発散できないのだよ。だが――」
部屋の最奥に一際空間の余裕を持たされて配置された人形が一体、槍を構えて鎮座する。
全長一八〇センチ、武骨な甲冑の騎士を模した人形。その装甲、構成されている金属はガラテアと同じ青い光沢で輝いており――
「全身オリハルコンの人形!」
「「「⁉︎」」」
トーノ同様、マキシムの趣味に引き気味だった山師たちもソラの叫びに俄に騒ぎだす。
「オリハルコンって……ガラテアちゃんのめっちゃ硬いやつ⁉︎」
「ドリルでも砕けないやつだろう」
「のわりに似てねえな……」
「おいおい、同じ材質でできているからって必ずしも同じ形で量産されるわけではないぞ」
ツッコミを入れるマキシム。しかしながらその目は山師たちを見ていない。彼は瞳を輝かせながらガラテアと騎士人形を見比べている。
「……」
「……」
ソラは
「とんでもない買い物じゃのう。こいつをどこで買った? 人形遣いとしてはこの人形を作った人間の話を聞きたいものだ」
「この人形・ロンギノスの製作者はとっくに死んでいる。少なくとも三〇〇年前にはな」
「はぁ⁉︎ 何を言っておる! オリハルコンの加工! これほどの技術じゃぞ! アークの今の大賢者も扱いに困るであろう代物を古い人間が作れるものか! 絶対島抜けしたヤバい技術者が
「……
「⁉︎」
「ふふふ」
弟子の呟きに目を向く師と「分かっているじゃないか」と微笑むマキシム。
「今までの陳列順が正しければ……このエリアはアークができる前の古い人形が飾られているんじゃ……」
「その通り!」
マキシムも
「オリハルコンの破壊不能な特性は劣化をも防ぐ。錆はもちろん、くすみすらしないのだ。ゆえにオリハルコン製の物体は一度形作られた瞬間永遠の輝きを得ることとなる。まぁ、その性質ゆえに単純な鑑定では製造年代を特定できなくなる一面もあるが――」
デザインは嘘をつかない――マキシムがどのような触れ込みでロンギノスを手に入れたのかは分からない。しかしながら、ガラテアもアーティファクトなのであれば人形の持つ複雑な魔術師式の説明もつく。
三〇〇年前の大戦時代では戦争を終わらせるためにあらゆる技術が研ぎ澄まされた。当然魔術もその一つであり、こと戦闘に関する面においては現存する魔術よりも質が高いとも言われている。
物理的な戦闘面において魔王と対抗できる唯一の金属、オリハルコン。時代が平和になるにつれて失われ、忘れられ……アークですら収集を漏らした技術が人形たちに施されているのだとすれば、現代の魔術師の理解の及ぶ範囲では無い。
「今私は生きた伝説を目の前にしている……」
マキシムはガラテアの前に跪くと冷たい手の甲に口づけをした。
「⁉︎」
「ちょっと!」
「突然のご無礼を許していただきたい。だがしかし……君は私の夢なのだ。才能がなくて諦めた人形遣いの道、完全に自律した人形と暮らしたいという夢が目の前にあって飛びつかない人間が果たしているだろうか……」
「……」
「……」
ガラテアとソラはマキシムを見つめた。
彼の顔に浮かぶ人形への情熱と悔しさは本物だ。それは人形遣いを目指したものであれば誰もが一度浮かべる表情。
この展示会はマキシムの会社の威信だけでなく、彼の人形に捧げた人生そのものを表現しているのだろう。魔術師を目指すも挫折した日々。それでも人形・魔道具と関わることを諦めきれず、工業用魔道具に関わるという形でビジネスを興し躍進。そして、経済的に成功者となった今も秘めた人形への想い。
「……」
丁寧に手入れがされた人形たちを見れば、マキシムがいかに人形に対して愛情深いのか分かる。多少情熱が空回りしているのはマニアならばよくあること。その程度の粗相であれば彼女にも覚えがある。
「ご希望に添いたいのは山々なんですけど……」
マキシムであればガラテアの良きマスターになれるだろう。彼女の素性がアーティファクトとなれば、自分の技術では手の出しようもない。確かにガラテアは魅力的な人形ではあるものの……やはり自分の専門はぬいぐるみであり、人生のとある目的のためには少しでも憂となる要素を減らしておきたいというのも彼女の本音であった。
「お嬢ちゃん!」
「お嬢ちゃんまで裏切るのか!」
「黙り給え! 私は今の所有者である彼女と話をしている!」
しめた!と勢いづくマキシム。彼の顔には勝利への確信が浮かんでいる。
「ごめんなさい! 所有権の移行はできません」
腰を九〇度曲げてソラは謝りだした。
「なぜだね! 金ならいくらでも出す! 君はそれが必要で店を構えたことを私は知っている。欲しけれは必要な額を言い値で出すぞ!」
だから頼む――魔術の才能以外、その全てで迫るマキシム。その必死さを見る度にソラは申し訳ない気持ちになる。
「……ここを見てください」
「……」
今度はソラがマキシムに人形について説明する番だった。
彼女の魔力炉心に刻まれたソラを示す神聖魔術文字。これが刻まれた経緯と解消する難しさを説明するとマキシムの顔が青く染まってゆく。
「すると……君は所有者であるにもかかわらずその権利の移行ができないと言うのか⁉︎」
「……」
「……」
「……」
ソラ、アレイスター、ガラテアの三人が一様に口をつぐむ。
真に困難に直面した時、魔術師は語らない。
元を辿ればガラテアの所有権は山師たちにあると言っていいだろう。人形を発掘したのは彼らであり、鉱山の取り分に従うのであれば優先順位は山師が一位だ。ソラがガラテアと行動を共にしているのはたまたま彼女が鉱山街における唯一の人形遣い、専門家であったからにすぎない。
ところが、鉱山からの脱出劇を終え、ガラテアに文字が刻まれた時、所有権をめぐる問題は不可逆的にソラの物となってしまった。
ガラテアが自律機能を回復したその日、彼女は山師たちへ「いろいろあって直りました」と人形を押し付けて逃げ出した。鉱山を破壊したこと、人形が突然口を開いたこと、なれない飛行魔術と身に余る魔力を扱ったことでソラの神経は摩耗しきっていた。彼女は投げやりな気持ちでその場を逃げ出したのだ。山師としても彼女に状況の説明をして欲しかったのだが、終業間近で起きたサプライズを前に彼らの中で宴会のスイッチが入りそのままガラテアをつれてのどんちゃん騒ぎが始まった。
そしてその翌朝――
「おはようございます。マスター」
「……」
ガラテアはいつの間にかソラの家に侵入し、ぬいぐるみたちとともに彼女の世話を焼き始めたのだった。
初めの一週間ソラはガラテアを先約である山師たちの元に置こうと躍起だった。山師の個人宅はもちろん、鉱山事務所や酒場、とにかく一日の終わりになると人形に命令してその場に留まるよう指示を出したのである。
ところが――
「おはようございます。マスター」
「えぇ…………」
何度離れようとも、離れるように命令を出そうとも翌朝になればいつの間にかいる。
目撃した山師の話を聞くに、ガラテアは深夜二時を迎えるとどんな命令も無視してソラの元へまっすぐ向かうらしい。これはおそらく人形に元々備えられた機能で、どれだけ所有者が打ち消そうとも、優先される設定になっているのだろう。
当然ソラにはその機能がどこに刻まれているのか分からない。機能の解除ができないのだから、どれだけソラが離れようともガラテアの方がついて行ってしまうのである。誰に対しても従順で、いかなる命令にも従うガラテア。そんな彼女の唯一にして絶対がその身に刻まれた所有権。これではいくら山師たちが優先順位を主張しようにも、どうしようもない。
山師の中には、ソラの元へ向かうガラテアがまるで夢遊病にかかったように、今までのあらゆる命令を無視して動き出す様をあからさまに気味悪がる者もいた。確かに人形も美人には違いない。とはいえ己の身に余る存在に付かず離れず迫られるのは、山師側も気分のいいものではなかったのだ。
かくして人形はソラの元へ、オリハルコンに刻まれた絶対の所有権を主張しここにある。
「本当に……どうにもならないのかね」
マキシムはすがる思いでソラを見つめる。
「頑張っても一生かかるかも……」
次にアレイスターを見る。
「ワシにも今すぐには無理じゃ。可能性があるとしたらアークのジジイどもでも二〇年くらいかかる。だがおすすめはせん。あいつらが興味を持ったら人形を没収されかねんな」
最後にガラテアに視線を向ける。
「私のマスターはソラ様です」
相変わらず閉じた瞼はマキシムの思いを完全に遮断していた。
「……あぁ――」
「社長!」
倒れ込むマキシムをハンスとトーノが慌てて支える。
「……」
「……気絶している!」
築き上げた夢の牙城の中、目標まであと一歩というところで道を塞がれた絶望は深い。青き鉄壁の前にマキシムの意識は沈んでいった。
「……」
「……」「……」「……」
ガラテアの所有権がソラのまま動かなかったことに山師たちは安堵するも、自分達を含めて誰もが人形の魅力にいつの間にか取り憑かれている様を少し恐ろしく思った。
「ま、この道をやっていればよくあることじゃな」
アレイスターが締めくくりその場は解散となった。
しかしながら一団の足取りは重い。
「……」
「マスター? いかがなされました?」
当たり前のようにソラの隣を付かず離れずのガラテア。
ガラテアを手に入れたことはソラにとって間違いなく財産である。
その一方で、彼女の魅力はいつの間にか鉱山街を超えてマキシムにまで届いたのだ。永遠の青い美しさを放ち続ける人形。それにはソラ自身も侵されており、似たようなトラブルは今後も起き続けるだろう。
「……」
二人の関係を決定づけた魔力炉心の刻印。このおかげでガラテアはソラに縛られ、ソラもまたガラテアに拘束されている。
人形遣いが人形に呪われるのでは本末転倒だ。今回こそそれに救われる形になったが、次も上手くいくとは限らない。
ひょっとして、鉱山にガラテアを放置した人間は炉心をあえて破損した状態で運用しようとしたのでは――伝説の時代を生き延びた人形を一端の鉱山に持ち込んだ謎は深まる一方である。
「……!」
「マスター?」
とはいえ証拠は目の前にある。全ての鍵は欠けていた魔力炉心にある。ソラはそう目星をつけガラテアと共に工房へと帰っていった。
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