第二章 現場検証
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翌日、ソラは仕事が一日休みなのを利用して早朝から鉱山事務所へ向かっていた。
「……」「……」
もちろんガラテアも一緒である。ソラは左手で彼女の右手を掴むと二人並んで道を歩む。
「……」
「……はぁ」
「どうかされました?」人形は朝日を浴びながら人形遣いへと向く。
「…………」
善は急げ、とは言うものの、彼女が人気の無い早朝から行動を始めたのにはいくつか理由がある。
一つは本日のメインイベントである鉱山調査をスムーズに行う事。一度鉱山が営業を初めてしまえば山師達は自分の仕事にかかりきりになり、ソラと現場検証なんて行う余裕がなくなる。ひょっとしたら現場は既に採掘のために様変わりしている可能性だってあるのだ。現場を知るためには仕事が始まる前に専門家を押さえ、その意見を仰ぐ必要があった。
そしてもう一つ、
「気分が優れないのですか? 昨日は徹夜に近い作業でしたね」ソラは人形の細かい仕草まで操っているつもりはない。今魔力で送り出している命令は「歩行」のみであり、細かい仕草に関しては何一つ手を加えていない。
人形遣いの多くは魔術師としての孤立から自分を慰めるために人形を使った経験を持つ。ソラもその例に漏れない。それゆえ彼女は人前で人形に表情を見せないよう自制を心がけている。
それなのに……――
「……?」
「……」
ガラテアの青く輝く顔。その造形美は環境の少しの変化で見るものにさまざまな表情を見せる。「人形は術者を写す鏡」とは人形遣いのの中で膾炙された言葉であるが、ガラテアの場合は非術者だろうと――彼女を見たもの全てに何かしらの感情を芽生えさせる。
昨日ガラテアを連れて街が騒ぎ立ったのは発見された鉱山という環境で発見された物が珍しかっただけでなく、ガラテアの持つこの厄介な性質も影響していたのだ。
そんな人形を人混みで見せつけるように歩いたら最後、彼女には野次馬を捌き切る自信は無かった。その気になればアレイスターのように無線で操ることもできるがそれは彼女の得意とするものではない。これから鉱山で行う調査、そこで待ち構えているもののためにできるだけ魔力を温存しておきたいのが実情であり、そのためにソラはまだ人気のない道を人形と手を繋いで歩いていた。
「おはようございます」
「ん⁉︎……おはよう……」
事務所にたどり着いたソラをトーノが迎える。
「早いね。もう直ったの?」
傍に立つガラテアをマジマジと見ながら彼は尋ねた。
「いや、全然です」
ソラは調査の経緯を手短に伝え、試しにトーノへガラテアの手を差し出した。
「では失礼……おお……!」
証明書を発行していないもののトーノも微弱ながら魔力を持っていた。彼もガラテアを一通り動かし、そして致命的な欠陥を知っては彼女を作業台の上に寝かせた。
「で、この破損部位を治すために工房を借りにきたわけ?」
トーノは当然今日がソラのシフトを把握しており、休日に事務所を訪ねる理由は工場を利用することなのではと思い至った。
「いや、トーノさんには所長としてお願いしたいことがあって――」
「おはようございます」
「――!」
来た!――声の方へソラは向く。
「……何か?」
ドアの前には彼女達と同じシャツにオーバーオール姿ながら痩せ型でメガネをかけたいかにも神経質そうな男性が立っていた。
「僕へのお願いって、彼の事」
トーノも彼をペン先で無造作に指し示す。
彼こそは鉱山本社から派遣された作業員現場監督のハンス・ハイムであり、ソラの待ち人であった。
「あの、ハイムさん、ガラテア、人形の件で相談があるんですけど」
「……はぁ」
ソラは二人に向けてこれから行う現場検証の計画について説明した。
「なるほどね。確かにこの人形が放棄されていた理由を知るなら現場に入るのはアリだね」
納得するトーノ。
「……理屈はわかりますが……」
対照的にハンスの表情は暗い。
「お願いします。作業が始まるまでのほんの数十分の間でいいんで」
「いや、調査自体は私も賛成です。とりわけソラさんのような魔術師の目線で『鑑定』をしていただけるのであれば捗るでしょう」
「の割にハンスくん、渋い顔をしているじゃない」
トーノは「ほれ」と二人に向けてロールパンを差し出した。
「そうですね……」
ハンスはパンを丸々口に入れるとそのまま胃の中へと飲み込んだ。
「私はいいのですが……問題はあの山師達ですよ」
「山師」の単語をうんざりとした表情でこぼすハンス。
「山に女と魔術師を入れてはならない」
「……!」
「……ああ」
マキシム鉱山の平社員の中で基本給が高いのはもちろん鉱山労働者だ。魔道具技師だって他の職業と比べると遥かに高級ではあるものの……魔鉱石を掘れば掘るほど歩合で給料が際限なく上がる作業員はまさに鉱山の華。
そしてマキシム鉱山における作業員の就労絶対条件は魔力を持たない非魔術師である事。
「現場検証が早めに済めば問題ないと思いますが……それはあり得ない。魔術は繊細な作業ですし、このような異常事態を調査するためには一日のうち長時間、それを何度も繰り返す必要がある。そんなソラさんが鉱山に出入りしているところを誰かに見られたら……」
言いながらハンスは眉間に手を当てる。
鉱山へ人が集まる理由、それはシンプルに金である。
山師達は誰よりも儲けるためにツルハシ一つ担いでこの人気のない荒地までやってきた。器用さの求められる魔道具技師に至るまで血の気が多いのはそれだけこの鉱山がエネルギッシュな人間を引き寄せているからだろう。
そして根っからのギャンブラーである山師達は己の運を高めるためにジンクスを聖典のように信じている。
先の「山に女と魔術師を入れてはならない」もそれに当たる。技師たちも本音を言えばこ鉱石を掘り、魔道具を使い捨てに壊す立場でありたいはずだ。金と自由を求めて鉱山を訪れたにもかかわらず、他の山師の道具の世話に甘んじているのはひとえにマキシム鉱山の巧みな給与体系と、何より彼らの迷信への真摯さによるところが大きい。
山師と技師の間には深い溝が存在する。
そしてソラが行おうとする現場検証は両者の間にあるギリギリの緊張を破壊しかねない行為と捉えられる。女であり、魔術師。しかも鉱山に雇われたのでない外注業者が山を荒らそうとしている。ソラには彼らの利益を横取りする意図など微塵もない。むしろ彼らの依頼、ガラテアという利益を最大限にするための努力をしようとしているだけなのだが……――
「現場の意見としては、彼らを刺激するような行動は控えて欲しいというのが本音ですね」
ハンスは胃を押さえ出した。
立場こそ山師たちの上司であるものの、腕っ節を評価しがちな彼らが細い男を評価することはほとんどない。しかもそれが本社のエリートであればなおさらだ。ハンスが普段山師たちからどのように扱われているのか、それは彼の青くなった顔がよく物語っていた。
「……なるほど……だからソラさんは僕を頼ろうとしたのね」
全てを悟ってトーノがつぶやく。
「……はい」
「ふぅん……よーし!」
トーノは黒板に記された今日の分の工程表を消し始めた。
「ちょっと! ミードさん⁉︎」
「ここのところ黒字になりすぎているからさ、税金とか大変になるでしょ。だから今日は半日を業務研修に割きます。ちょうど新しい魔道具が導入された事だし、その説明会も兼ねてね」
「そんな勝手な、本社のスケジュールとは――」
「その辺はほら、ハンスくん書類書くのめちゃくちゃ上手いでしょ。荒くれ者の彼らがキチンと人の話を聞く様子を報告すれば上も安心するんじゃないかな。前から退勤後の生活態度は問題になっていたし、ここいらで帳尻を合わせよう」
もう決めたから――トーノはそう言うと黒板へデカデカと「ドリル研修」と書き記す。
「今なら見られないだろうから行っておいで」
トーノはデスクに着くと予め淹れておいた茶を啜り始めた。
「ありがとうございます!」
「え、ちょっと……⁉︎」
九十度のお辞儀で返すソラと、いまだに混乱しているハンス。
「……」
トーノは二人の事を気にも留めず、黙々とデスクワークを始める。そしてそんな彼の口角が満足げに上がっていることをソラは見抜き、ガラテアとハンスの手を取った。
「ハンスさんも早く。早くしないと皆さん来ちゃいますよ」
「ええ……もう……ああ! わかりました‼︎」
かくしてソラはガラテアの謎に迫る第一歩を踏み出した。
目指すは鉱山内部、ガラテアの発見現場――
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