1―3

 マキシム鉱山における魔道具技師の収入体系が基本給プラス修理した魔道具数の歩合制であるならば、鉱山作業者のそれは基本給プラス基本採掘量を超えた分となる。

 技師たちは機械を直せば直すだけ収入が増え、作業者も採掘すればするほど収入増を期待できる。

 鉱山運営は山師の仕事。一つの山に埋蔵している魔鉱石の総量を測ることは容易ではない。豊富な魔鉱石を産出していたかと思えば一年で掘り尽くしてしまうなどざらで、数年に渡って一定量の鉱石を産出し続ける鉱山はユウディオ英雄国でも十指に満たない。

 ゆえに、鉱山労働者の給与体系は基本掘った分の歩合制である。また、鉱山業は高価な資源を取り扱う一見高給な職ではあるものの、ツルハシに身ひとつでの重労働、作業環境も閉所・暗所で快適とは言えず、落盤・崩落と災害リスクまで抱えているとなると……オーナーからすればできるだけ労働力は安く使い捨てにして利益の最大化を狙いたいのが世の常。一見法外にも思える労働条件を提示しつつ、いつ鉱山の寿命が来てもいいように労働者は使い潰し。環境改善なんて無駄なことはしたくないのが本音であろう。

 ところがマキシム鉱山はその逆をゆく。

 基本給の補償に、最新の魔道具による労働環境の改善、歩合の割合もオーナーよりも労働者である山師の割合が高いと来ている。営業を始めてわずか五年の鉱山であるものの、年間利益は同業者の中で二位という圧倒的な数字を叩き出し、その利益を背景に鉄道を誘致しただの荒野に郊外都市レベルの街まで建ててしまった。ビジネスの世界でマキシム・ゴールドマンの名前を聞かない日は無いと言われるほどこのオーナーはやり手と評価されているのだった。

 ……もっとも、ゴールドマン氏が鉱山労働者を高待遇で迎えるのにはまた別の理由があったのだが……。

 話を山師たちの取り分に戻そう。

 オーナーは山師たちにもうひとつ約束事をしていた。

 それは「山で魔鉱石以外の金目の物が見つかった場合、それは鉱山主に申告せずとも発見した者の利益にしてよい」というものだ。

 ようは山で見つけたものは山師たちの自由にしていいという条項である。これまでも鉱山から貴金属や水晶が発見されることがあり、そのたび山師たちは大騒ぎし、あっという間に金に変えては飲み明かしていた。山師たちの中では宵越しの金を持たないことが粋であり磊落な姿を見せることこそ生き様なのだった。

 ところが――

「……」

「……」

「……」

「……」

 技師も、山師も、トーノも、そしてソラも困り果てていた。

 一体この物体をどのように扱えばいいのだろうか。

「……流石にこれはど届け出た方がいいんじゃないかな」

 トーノは正論が説く。

「でもよぉ」

「この人形俺たちが掘っていた穴とは別の横穴から出てきたんだ。ぶち当たった時広い空間があった」

「こいつは間違いなく盗掘者の魔道具だぜ」

「俺たちでも……使えるんじゃないか⁉︎」

 山師達はあくまで落とし物として、再利用することを主張する。

「これが魔道具?」

「少なくともこのデザインでお前達のいう所の横穴を掘れるとは思えないぞ」

「仮に盗掘者が使っていたとして、彼らはどこに行ったんだ? いつの間に俺たちに気付かれずにそんな大胆なことができたんだ?」

 技師達は普段修理している「魔道具」のイメージから逸脱した人形を腫れ物のように感じ始める。

 報告か、接収か、排除か。三者三様の意見が開かれそれぞれの視線が交わる。それらは刺すように鋭く、空気が乾きだす。

「…………」

 コツコツと軽いブーツの音が鳴る。

 ソラだけは何も言わずに吸い込まれるように人形へと近づいてゆく――

「…………」

 閉じた眼、それを開かせてみたい。人形遣いとしての欲求が彼女を突き動かし、彼女に向けて手が――

「そうだ!」

「⁉︎」

 触れようとしたまさにその時、ソラの手を山師の一人がひょいと握った。

「お嬢ちゃんに任せればいい」

「……え⁉︎」

 不意にお預けを食らいソラの顔が驚愕に歪む。

「なるほど……」

「その手があったか!」

 うんうんと太い声を響かせながら首肯する男達。

「え⁉︎ ちょ、どういう……――」

「「「はっはっはっは……――」」」

「……………!???」

 ソラは厳密に言えばこの鉱山の雇われ人ではない。

 彼女は自身の店・ソラよろず人形店の店主であり本業は魔女業である。

 しかしながら魔女業一本では十分な収入になっていない。そこでソラは魔道具修理の能力を売り込んだ。営業は見事成功し、現在彼女は「魔道具修理業務を請け負う外注業者」として事務所兼工場で働いているのだった。

 ようは彼女だけ鉱山から一歩引いた第三者の立場にある。

「頼むぜ人形遣いの弟子!」

 山師の逞しい手がソラの肩を勢いよく叩く。

「うへぇ……」

 ここにきてソラもようやく事態を理解した。

 部外者である自分であれば、イレギュラーな事態を担当しても鉱山の責任にはならない。ガサツそうに見えて損得をキッチリ心得ているのがニクイ。ソラは山師達の抜け目のなさに感心すると同時に……――

「……」

「……」「……」「……」

 これは逃げられないよなぁ――期待半分、そして半ば脅すような熱い視線を向けられたとなれば少女一人で男達を相手に大立ち回りできるはずもない。

 それに――

「……やります!」

 人形遣いの二つ名を出されれば断る義理は無い。山師達のお世辞だとわかっているものの、自身のアイデンティティを刺激されたとなれば、ここで名乗りを上げなければ女が廃る! 自分も彼らに染まってきたなと思いつつ彼女は人形へと向き合った。

「……で」

 ソラはベッドに腰をかけたままカピカピのサンドイッチに噛り付いた。

 人形を引き取ってからの半日は慌ただしいものとなった。青い体表とはいえ人間サイズの人形が一輪車に乗せられる姿が人目をひかないはずがなく、遠目で見られた彼女は誘拐犯か何かと勘違いされたり、噂に尾鰭がついて警察を呼ばれたりと帰るだけで大騒ぎ。トーノと鉱山現場監督のマークが付き添わなければ事態はどこまで発展したのやら。思い出すだけで頭を抱えたくなる思いだ。

 そして委託業務こそ半日で終われど、ソラは午後を本業である魔女業の営業に当てていた。チャールズ老のための関節痛を和らげる飲み薬を仕込み、ミクスター夫人に処方した夫用の媚薬が不能に終わった原因の聞き込み調査を行い(夫の酒の飲み過ぎで効果が薄まったことが原因だった)、かねてより依頼されていたお遊戯会用の動くぬいぐるみの製作を行い……一息ついた頃にはすっかり日が沈み、人形に向き合えた時間はそう長くない。

「……」

 サンドイッチを平らげテーブルへ皿を置く。

 視界に映る種々の資料。それらは師であるアレイスターも認める資料群であり、この町に来るときに彼から拝借したものだった。他にも鉱山から支給された最新鋭の魔道具のカタログに、自身で取り寄せた魔導書など彼女のテーブルの上は人形魔術に関する小規模な図書館の様相を示していた。

 そんな一級の資料を引用し、師からも教わった知識と、彼女の実践、それらを総合して分かった事は――

「あ〜〜〜……何も分かんね」

 ソラは重力に身を預けると勢いよく後ろへと倒れ込んだ。

「……」

 ふかふかのベッドに受け止められながら頭部をわずかに人形へと向ける。

「……」

「……」

 厳密にいえば、何も分からないわけはなかった。例えば鑑定の結果彼女の特徴たる青い体表は――いや、正確には爪先から毛先の一本に至るまでが破壊不能な特殊金属、オリハルコンで出来ていることが明らかとなった。

 オリハルコンと言えば人間対魔族の時代にかつての英雄達の武器に使用された物であり、ユウディオ英雄国でも大英雄ユウディオの剣がオリハルコン製であることは有名だ。ユウディオの剣は今も国の慶事の度にご開帳が行われ、その金属名を知らない国民はいないだろう。

 とはいえ、オリハルコンは希少金属でありその大半が三百年前の対戦で消耗・消失したとされている。一般人がおいそれと触れられるものではなく、ソラとてアレイスターから見せられたのは手のひらサイズのひとかけらのみ。鑑定の修行の際に、資料の一つとして学んだに過ぎなかった。

「ん〜〜〜」

 唸り声ひとつあげて飛び起きる。

 一転、気を引き締めると人形の前へ、その髪の一房をつまみ上げる。

「……」

 奇しくも自身と同じ青い髪。材質のためアチラの方が光沢がよく、手触りも嫉妬するほど滑らか……――

「ますます分からない」

 オリハルコンの加工はその材質ゆえに困難を極める。

 金属に共通する「熱に弱い」性質はあるものの、溶けた側から瞬時に固まるので並の技師では形にすることが不可能。熟練の鍛治職人でも一本の剣に仕上げるのに数年かかると言われている。

 ところが、人形の髪の毛までもが毛糸どころか人間の毛髪と同じ極細のオリハルコン。何度引っ張ってもちぎれることなく、逆に触れた指先が切れてしまうほどに固い。

「……よーし」

 ソラは人形の手を取ると、手のひらの先から魔力を送り始める。

「起きて、

「……!」

 彼女の魔力に呼応してオリハルコンの人形・ガラテアが頭をもたげた。

 そして、ソラが手を引くまま

「……」

「……」

 全長はソラよりも一〇センチ高い165センチ。いわゆる1/1のスケールの人形である。似たような人形を彼女は師匠の元で何体も見ているが、この手の人形趣味は一般的でないこともソラは理解していた。

「さーてと――」

 ソラはガラテアと指を絡めるとステップを踏みだす。

「スロー、スロー、クイッククイックスロー」

 社交ダンスのひとつ、ジルバのステップ。リチャードとのホームパーティーで教わった動きを思い出しながらソラと――

「スロー、スロー、クイッククイックスロー」

「……」

 ガラテアの二人が息を合わせて踊り出す。

 ソラが知っている技は初心者の範囲のものである。ベーシックムーブメント、チェンジオブプレイス、ウインドミル、クレイドル……山師達が二人の動きを見れば「どうしたぁ? 動きが硬いぞ!」、「もっと腰をセクシーに動かすんだよぉ!」と囃し立てることだろう。

 次は……ターン!

 ソラはガラテアとの接触を維持することに集中してステップを踏み続ける。

「スロースロークイッククイック」

 最後にリンクを決めてダンスは終わった。

「…………」

 我ながらひどいエスコートであることはソラも承知の上だった。セクハラをかましてくるものの、リチャードと踊った時彼女は「私、踊るのも結構イケる!」と思ったのである。ところが実際に動いてみると思った以上にぎこちない。あの日自分は見事に踊らされていたのだなと彼女は老人の評価を改めた。

「……?」

「!」

 一瞬ソラはガラテアが首を傾げたように錯覚した。「私の踊りに満足していただけませんでしたか?」閉じた瞳にそう書かれている気がしたのだ。

「……はぁ……」

 ソラがガラテアに感じる「分からなさ」とはすなわち、彼女の完成度にある。

 人形は自由である。

 材質、外見はもちろん搭載する機能に求める在り方、その全てが創造主の思いのまま。それこそが人形のもつ自由な素晴らしさである。ソラはこの哲学のもと、もふもふのかわいいぬいぐるみを縫い上げ、師であるアレイスターも究極の人形を求めてさまざまな素材や機能をもつ人形製作に邁進している。

 人形に込められた自由、それすなわち創造主の願望。人形とは人形遣いの名刺であり、その哲学の全てが込められていると言える――

「髪やまつ毛といったオプションはもちろん――」

 ソラの視線がガラテアの関節へと向く。

「……!」

 それに応えるように人形は腕や足の付け根の隠し関節などを披露する。

「ん〜……やりづらい」

 関節、そう呟くとソラはその機構を遠慮がちに眺め始めた。

 見た目こそシンプルな機械関節、しかしその駆動範囲は人間の動作を真似できるくらいに幅広くそれでいて滑らか。アレイスターでさえ人間と見紛うほどの社交ダンスを踊れる人形は作れまい。相手がダンスの上手い魔術師であれば上級者向けの技を連発させ、コンテストで優勝できるとソラは確信している。

「ここまできたら遠慮は無しだよね」

 右手でガラテアの左手をしっかり握ったまま、片手を離しテーブルから魔眼鏡(ルーペ)を取り上げる。

「!」

「……」

 青色に赤みが差したように見えてしまったことを、気のせいだと振り払い、ルーペ越しに人形の中身を覗き始める。

 外装こそマネキン人形の如くシンプルなガラテアだが、透過して見えた景色は魔術師にとっての絶景。微細な魔術式が複雑かつ精緻にオリハルコンの基盤に刻み込まれている。

 一級魔術師であるアレイスターの元で学んだことでソラの魔術式に関する知識はアークの魔導学院卒業程度のレベルである。こと、人形魔術の分野においては一級と見積もれるだろう。

 そんな彼女をもってすらガラテアに刻まれた術式の一部分を読み取るだけでも一夜が経過した。しかも判明したのは「駆動」の単語ひとつ。一単語だけでも複雑な暗号であつらえられており、ソラの試算では全身の暗号・術式を解明するのに最低でも五十年はかかると見ていた。

「せめてこの部分だけでも解明できたらなぁ……」

 ソラは胸部へと視線を集中する。

 人間の心臓に当たる位置に人形のそれが存在していた。魔力が密集するその機構、どれだけ複雑な術式が施されていようとも、基礎はそう変わらない。胸部中枢で駆動しているそれはガラテアの魔力炉心である。

「みんな!」

 彼女の呼びかけにぬいぐるみ達が集まってゆく。

「……」

 ルーペにはぬいぐるみ達に流れ込む魔力の流れが映っている。これは彼女が施した魔力吸収の術式の影響だ。これにより術者・所有者が直接魔力を送り込まずともぬいぐるみは起動し、連鎖的に他の術式が起動して動作を行う。

「……」

 右手でピース、とソラが念じる。

「!」

 コンマ一秒で人形の右手が挙がる。そこには見事なピースサインが――

 右足上げ、バレリーナのポーズ、スクワット……魔力が流れ込むごとにガラテアはソラの望み通りの動作を展開してゆく。

 魔力から意思を読み取り、それに合わせた動作を展開できる膨大な魔術式。その総体がもつポテンシャルは本来であれば術者との接触を伴わずとも、テレパスの如く働くはずなのであるが……――

「……」

「……」

「申し訳ない。不完全な私を許してほしい」ガラテアがうつむき、青みに深さが増したように錯覚するソラ。

「……はぁ」

 全身が破壊不能、欠けること能わずとされているオリハルコンで出来た彼女であるはずなのだが……一点だけ見過ごせない瑕疵が存在していた。

 魔力炉心、その中心に刻まれているはずの術式の一部、それもたった一単語分の部分が欠けている。

 たった一単語、それがどのような影響をもたらすのかガラテアを見れば一目瞭然だ――

「ほい」

 徐に右手を解放する。

「!……」

 するとガラテアは先ほどまでの滑らかな動きが嘘のように、落下を始める。

 ドン! と揺れる家屋。

「あ!……」

 受け身も取らずに放り投げられたガラテア。全身オリハルコンの重量は伊達ではなく、床は彼女の形に凹みができている。これが椅子が割れた原因だったなとソラは目の前の惨状に合点がいった。

「……」

「!」

「♪」

「#」

 ガラテアの周囲にはぬいぐるみ達が集まって、彼女を持ち上げようと綿の腕を懸命に働かせている。

「…………」

 ――こんな性能で盗掘なんてできるんだろうか。

 ソラよろず人形店。この街にきてまだ間もない頃、彼女は看板の名に恥じない営業を行おうとしていた。師との旅の中で身につけた人々の生活に根ざした魔女術に、魔術師としての専門知識である人形魔術、それらを活かし自分なりに導いたのがぬいぐるみ販売の営業だった。

 日常生活のあらゆるサポートを行える可愛く万能なぬいぐるみ。掃除洗濯家事炊事はもちろん、子供の遊び相手や老人の介護まで、小さいながらおよそ人間ができることは全てできるまさに魔法の道具。

「……はぁ」

 しかしながら……成績は芳しくなかった。

「確かに便利だけど、これを運用するにはコストがかかるかな」

 トーノの評価が今もソラの胸に深々と刺さっている。

 ぬいぐるみ達は確かに万能と呼べるほどの機能を有していて、そこはトーノや技師達も評価するところだった。十四歳の子供が自分達が取り扱う魔道具よりも遥かに高性能・高品質な物を作っている事実に男達は確かに感心した。

 とはいえ、高性能・高品質であることが常に最適解ではない。

「これ、僕たちじゃ直せないよ」

 ぬいぐるみ達にはソラが施した魔術式が複雑に何十にも編み込まれている。多少のほつれ程度であれば自動修復の術式が作動し元通りの姿になるものの……仮に真っ二つに裂けた場合、ただ縫い合わせるだけでは術式まで修復したことにならない。

「ソラさん一人で一日……いや営業時間換算で八時間に百体以上の人形を直せるっていうなら検討するけど」

「――!」

 これには人形遣いの弟子も言葉を失った。

 工業用魔道具は術式のレベルこそ初心者向けではあるものの、裏を返せば誰でも、魔術の才能に恵まれない者でも習得できる、アークが何年もかけて研究した簡易術式である。単純・簡単と侮ることなかれ。魔術師達が魔術の普及、ひいては魔術師の社会的地位の確立のために三百年かけた執念に十四歳の少女一人が叶うはずもなく、鉱山へのぬいぐるみ導入は失敗に終わったのだった。

 ガラテアは誇張なしに最高の人形であろう。最高レベルの術式をふんだんに搭載され、決して朽ちる事のないオリハルコンの肉体をもつ彼女。そのポテンシャルはソラのぬいぐるみ達を遥かに凌ぐ。

 だがそれは機能が十全であればの話である。

 この人形はたった一単語分の術式が欠けただけで機能不全を起こしている。破損の経緯は分からない。オリハルコンを傷つけられるものなどソラには魔王ぐらいしかイメージできないが、仮にそんな存在がいたら盗掘騒ぎではないだろう。魔王が夜間人目を避けるように盗掘なんて伝説の名折れだ。偉大なる国父には申し訳ないが、三百年前の亡霊が現れる可能性はゼロと見ていいだろう。

 となれば、盗掘者は元から破損していた状態で運用する腹積りだったのだろうか。だとすればああまりにもナンセンスだ。確かに体表の一部分でも接触していればガラテアは動く。オリハルコンであれば粉砕作業等採掘に関わるあらゆる作業をこなすことは容易だろうが……――

「でも、ねぇ……」

「……」

 ガラテアの瞼は開かない。いくら魔力を流してもこの部分だけは全く反応しない。

「……」

 触れられない彼女の顔は色を失い、無機質な青が転がるだけ。

 鉱山は山師達が交代で夜間の警備を担当している。実態は事務所で夜通し酒を飲んだり、賭け事に熱中しているとんでもないザル警備なのだが……彼らがサボる理由も分からないでもない。マキシム鉱山は鉄道こそ通っているものの、ユウディオ英雄国の中央部の不毛の大地に位置している。仮に盗掘したところで魔鉱石を換金できる場所まで馬を使っても一週間。昼間鉄道に乗ったとしてそこでは盗掘者がいないか積荷の検査が入る。徒歩で嵩張る魔鉱石を運ぶにも周囲に他に街は無く旅の補給は見込めない。井戸でも掘れば地域名産の天然水が湧くかもしれないが、たかが石ころのためにそこまでする人間はいないだろう。

 こんな高級な人形を所有していたのだから、相手はひょっとするとただの盗掘者では無いのかもしれない。それがたまたま警備の山師たちに見つかり、足手まといになる人形をほったらかして逃げたのだとしたら……――

「いやいやいや」

 だとしたらあまりに間が抜けている。

 魔術師・人形遣いの価値観からすれば商売道具をほっぽり出して逃げるなど風上にも置けない。人形と心中してこその人形遣い人形狂い。仮に相手が同業者だとしたらあまりに程度が低い。

 だからこそガラテアは置いていかれ、何の因果かソラの目の前で転がっている。

「……やっぱり分かんね」

 すっかり馴染んでしまった山師たちの口調を呟きながら、彼女は再び人形の手を取り部屋の隅まで移動させる。

「……」

「……」

 体育座りの姿勢で下ろし、彼女を見下ろす。

 なぜ人形が捨てられていたのか。なぜオリハルコンで刻まれている術式が欠けているのか。鉱山盗掘におけるガラテア人形のバリューとは何か。考えれば考えるほどに思考の迷宮から抜け出せない。

「はぁ……仕方がない」

 ソラはテーブルの山の中から紙片を引っ張り出すと、羽ペンに緑色をしたインクをつけて手紙をしたため始める。

「本当は成果を上げてから連絡したかったんだけど……」

 宛名人の欄に師であるアレイスターの名前を記し、自身の署名を書き連ねると魔力を流す。すると文字は浮き上がり、絡まり合い、一匹の昆虫へと姿を変えた。「虫の知らせ」は既知の存在であれば場所が分からずとも相手へ情報を飛ばせる魔術である。

 人形が関わることであればき師匠は必ずやってくる。

 家出同然で師の元を抜け出してしまった過去を苦い思いで振り返りながら、ソラは祈るように緑色の軌跡を追う。

 分からないということが分かった。それで一区切りをつけよう――

 ソラはガラテアの髪を整えてやると今日の営業へと出かけた。

 山師たちからは具体的な調査期間は提示されていない。リミットを設けるのであれば、大陸中を駆け巡っている師匠が戻ってくるまで。いくら旅慣れていようとも「虫」が届いて、あの小さな歩幅でこの辺境にたどり着くのに最短でも半月はかかるだろう。

「難しいことは後回し!」

 専門家だからこそ結論を焦ってはいけない。大人として約束をしてしまったのであれば尚更安易な結論に走るのは恐ろしいことだと彼女は街での生活で学んでいた。

 後回しも立派な処世術である。

 頭をほぐすなら単純作業が一番! 今日も作業台で大量の魔道具たちが私を待っている!

 ひとまずはガラテアを棚上げして目の前の仕事へ集中する。そう決めるとソラは人混みに紛れていった。

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