第一章 青い髪の少女たち

1―1

 ポスポスポス、と柔らかい弾力が頭を撫でる。

「……ん……」

 寝ぼけ眼にぼうっと浮かぶふたつの小さな影。

「ああ……ジャッキー……メアリー……」

 少女・ソラは頭部へ手を伸ばすと影たちの頭を撫でた。すると弾力が止まり――

「ん〜〜〜!」

 おはようございます! と声を張りながら跳ね起きる。

「うんうん。二人とも今日もご苦労様」

 ソラは再び枕元の人形たちの頭を撫でる。ジャッキー、メアリーと名付けられた熊のぬいぐるみ達は、彼女の手使いに反応するように両手をあげて撫で返した。

「めざましぬいぐるみたちは今日も順調に稼働っと」

 無生物であるはずのぬいぐるみが自律して動く様子を見て彼女はは大きく満足する。

「さーて……みんな! 進捗はどう!」

 ソラはパジャマ姿のまま仁王立ちすると家屋の中をぐるりと見渡した。

 それほど広くない1Kの屋内はベッドの一角を除いて様々な道具で溢れかえっていた。コンロでは怪しげな緑色の液体が煮立ち、部屋の中央を占めるテーブルの上には魔導書、裁縫道具、機械類が敷き詰められ、クローゼットからは大量の生地が飛び出す。これだけの物がありながら生活の動線が確保されているのは彼女が案外計画的に散らかしているからなのだろうか。

「ミトラ、鍋の番ありがとう。これでリチャードさんの飲み薬ができた。フルルもお掃除お疲れ様。生地が飛び出すのは……仕方がないわね。あ! コリンったらまたテーブル動かしちゃった? ここはどんなに汚くても大丈夫なのに……」

 彼女の部屋のもう一つの特徴としては大小様々なぬいぐるみが存在し……そしてそれらが自らの意思を持つかのように動いている事か。

「整列!」

「!」「!」「!」

 ソラの一言で人形たちは作業の手を止め、自分達のマスターの元へと可愛らしい足音を立てて駆け出す。

「ふ〜む……」

 ソラはおもむろにすみれ色のワンピースタイプのパジャマを脱ぎ捨てた。はらりと落ちるそれを認めるビーズの瞳たち。ぬいぐるみたちはパジャマが着地するのと同時に、短い手足を器用に使いパジャマを畳んで洗濯かごへと放り投げる。

「ん〜……」

 ソラの腕がコリンと名付けられたリスのぬいぐるみを掴む。

「編み込んだ術式に問題は見られない……基本に忠実に稼働しているだけか。となると、片付けの塩梅に合わせて仕立て直す必要があるのかな」

 難しいなぁ、そう呟きながら背伸びするソラ。肌着でいる彼女のそばにはいつの間にか人形たちが集い、彼らの手には朝の着替えが用意されていた。

「ありがとう」

 ソラはぬいぐるみたちそれぞれを愛おしそうに撫でながら着替えを受け取る。青と白のチェック柄のシャツのボタンを締め、職場の山師たちが制服のように着こなすジーンズのオーバーオールを着込む。最後に青色の長髪をポニーテールに括ると――

「よし!」

 窓を開き、肺いっぱいに空気を取り込み深呼吸。時刻は午前五時、早朝の爽やかな力によって彼女はすっかり覚醒した。

「さーて、朝ごはんにしようかなぁ」

 戸棚には夜食の残りのサンドイッチがあったはずだ。スライドさせると果してそこには彼女の記憶通りにハムとレタスとチーズのサンドイッチがあった。乾燥地帯という立地のせいか、一晩で水気を失っているもののソラは気にしない。彼女は腹にさえたまれば味を気にしない、食事に対するこだわりの無い人間だった。

「ふーんふふーん」

 テーブルの上の荷物を適当にどかしサンドイッチの乗った皿が置けるスペースを作る。後は椅子に座って食前のあいさつをするだけなのだが……――

「……ん?」

 ルーティーン通りに椅子に伸ばしたはずの手が空を切る。

 おかしい。半年前に家具付きで買ったこの家屋、家具類は増えも減りもしていないはずだ。

「……?」

 訝しむも無いものは無い。果たして椅子はどこにいったのか。彼女はひとまずサンドイッチを置いて狭い家屋を見渡し始める。

「……あ⁉︎」

 ソラの視線の先、部屋の片隅にはバキバキに崩れた椅子だったものと、それをこさえた原因が床に座り込んでいた。

「あー……」

 まだまだ寝ぼけていた……。ソラは体育座りする人形を認めると、二度目の覚醒と共に目の前で体育座りをする彼女との記憶を振り返り始めた。

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