第9話

 文化祭が終わって、休日を挟み月曜日。この前はすごく盛り上がっていたのにあっけなく現実が帰ってきた。ただ、教室の後ろにできのいい頭蓋骨が残っていて、それだけがお化け屋敷の痕跡を残している。

 なんだか学校に来る気が起きなくて、でもみんなそんなもんだろう。朝やる気が出なかったし、今日は弁当を持ってきていない。

 お昼ご飯になると、四方八方に美人のお面をつけたような性格の彩佳ちゃんが誘ってくれる。購買行ってくるから、とあまり理由になっていないけれど、笑ってそれを断る。

 文化祭の二日間は楽でいられた。でもこの居心地の悪さは何だろう。


 購買は、割と賑わっている。パンとかカレーとか、色々いい匂いがする。

 なんとなくの気分でメロンパンを買った。そういえば購買を利用するのは初めてだ。

 夏の日差しが暑い。私は教室に戻らず、喧騒から外れた隅の日陰に座った。別に教室で食べなさいと決まっているわけではないし、高校生とかは中庭とかそういうところで食べている人もいる。


 メロンパンを一口かじる。

 視界の端によく知っている人が見えた気がした。

鋭く、短い呼吸音が自分ののどから鳴る。理不尽の塊のような、悪意を固めたみたいな光景だった。

「おねえ、ちゃん……」


 満足に空気を震わせない声が漏れる。お姉ちゃんと、私の知らない女子三人がいた。手や、足が、暴力的な悪意が、お姉ちゃんに降りかかるところを、勝手に目が映し出す。

 なぜ、お姉ちゃんがそんな目にあわされないといけないのか。なぜ、私は気が付かなかったんだろうか。

 怒りの次に、助けなきゃと遅れて思う。私が、助けなきゃ、支えにならなきゃ。

 頭が、痛い。馬鹿みたいに震えて足が動かない。

 なのに、足は反対方向へは驚くほどあっさり動いた。笑いながら攻撃をする人たちから目を背ける。

 私は、逃げた。ひきつった笑みが顔に張り付いていた。


「笑うの、咲希。そうすればみんな救われる。誰かの支えになれる」


 いつか、お母さんが言っていた言葉がよみがえる。私は、誰も救えない。誰の支えにもなれない。弱い偽善者だ。




「咲希、なんかあった?」

 その声で私は我に返る。横には先輩の姿。下校中の景色。

 その声に私は、別に何もなかったよと笑って答える。

「咲希がそう言うなら、いいけど。なんかあったら相談でもなんでも聞くから」

「本当に何もない、大丈夫」

 私は笑みを向ける。

「……最近さ、咲希笑い方変わったように見える」

「……え?」

 そんなことないよと、笑みを向ける。

 無感情な満面の笑みが張り付いた顔を向ける。顔に張り付いてしまった仮面。

 一体いつからだろう。だんだん笑えなくなって、顔に笑顔の仮面が張り付いてしまったのは。

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