第6話

 お昼の弁当の時間。私は、誰と一緒に食べるか決まっているわけではない。雪絵ちゃんや美紀ちゃん、最近仲良くなった彩佳あやかちゃんのグループに混ざりに行く。今日は彩佳ちゃんに誘われて一緒に食べている。彩佳ちゃんは人気者で、しっかりした子だ。みんなに分け隔てなく話しかけるコミュ力の塊だから友達が多い。そんな彼女だから、女子の四つか五つのグループの中で、彩佳ちゃんのグループが一番大きい。

 保護者懇談の一週間は、学校が半日しかないからこの光景も久しぶりだ。

「昨日さー、ついに買っちゃったんだ。HIRUYASUMIのCD。お金なくて買えんかったけど念願のCDだよ」

 と、彩佳ちゃん。

「おおー私も前買ったよ。いいよねあの曲」

 他愛のない話でも彩佳ちゃんが話すとなんか盛り上がる。話上手だし、聞き上手なんだと思う。

  軽快な音楽が鳴って、放送部がしゃべりだす。

『皆さん、こんにちは。お昼の放送の時間です。本日は高校二年松井がお送りいたします』

 少しして、どこかで聞いたことのある有名な歌が流れ始める。

 私は、少し茹ですぎてしまったブロッコリーを口に入れる。ふにゃふにゃだけれど、コリコリうるさいよりいいかも。

 みんなのお弁当は彩鮮やかで、映えって感じ。他人のご飯はやたらおいしそうに見える。



 「早くね?」と言うクラスメートに、雪絵ちゃんは「ウチら真面目だからねー」と返す。

 誰かは知らないけれど、掃除場所を割り当てる人がとち狂ったのか、私たちの掃除場所は教室から遥か彼方、実験室だ。チャイムが鳴ってから教室を出ると掃除の時間が無くなるし、五時間目の体育に遅れかねない。だから休み時間が終わる五分前に、実験室掃除の女子三人で出発したわけだ。

 隣のクラスの前を通ると、まだみんなガヤガヤしていた。男子が誰が好みかとかしょうもない話をしているのが聞こえた。本人がいないとは言え、よくクラスの真ん中でできるな、と少しあきれる。

「咲希いいよなー。優しいしー、笑顔素敵、マジ天使」

 ぷっ、と雪絵ちゃんが横で噴き出した。

「本人いることも知らず呑気だなぁ。ほぼ告白じゃん。やっぱ咲希人気あるよね」

「別に、そんな。えっと、ほら彩佳ちゃんのほうが人気そうじゃん」

「んー、あの子は女子から評判いいけど、男子と仲良くしてるとこは見ないし」

 私の名前をあげたさっきの人とは仲良くない。というか同じクラスになったことないから名前もわからない。誰だっけ今の。

 ザワザワうるさかった声が遠ざかっていく。教室がない階の廊下は不気味なほど静かだ。

「咲希は男子女子関係なく話しかけるしさ、現にモテてるじゃん」

「そうかな……へへ」

 苦笑い。こういう時どういう表情をすればいいかわからない。笑ってごまかした。

「……うぜえんだよ。あばずれが」

「よーし今日掃除の分担どうする?私雑巾でもいいよ」

 後ろの声が聞こえなかったわけじゃない。こんな静かな廊下で聞き漏らすわけない。私も雪絵ちゃんも。それに聞こえるように言っただろうし。でも、ここまで直接悪意をぶつけられたのは初めてだ。

 一年生のころ違うクラスだった人達に陰でいろいろ言われて笑われているのは知ってる。うちのクラスはみんな仲が良かった。クラスが変わり、みんな初めは元のクラスメートたちと固まっていたが、次第に友達を増やしていく人と、別のクラスだった人たちになじめない人の二種類に分かれた。私は後者寄り。私は、ほかのクラスだった人たちによく思われていない。男子に色目使ってるとか、調子乗ってるとか、偽善のいい子ちゃんとか。憶測じゃなくて、全部耳に入ってきた言葉。きっかけは確か、集団の中心にいた人の好きな人が、私に告白したとかそんなだったはず。

ほかのクラスだった彩佳ちゃんが仲良くしてくれるのは、単にあの人が友達を増やしたいだけの純粋な八方美人で、ポジティブな面しか見てない人だから。

めんどくさいなって思う、女子って。私も女子だけど。同族嫌悪なのか、憧れと違うからかよく分からないけれど、嫌いだ。近づきすぎると嫌なことばかり目に留まる。


 久しぶりに雪絵ちゃんが一緒に帰ろって言ってきた。私と雪絵ちゃんの仲は相変わらずだけれど、最近あまり話したりしてない気がする。ほかの友達に誘われたりで一緒にいる時間が少なくなった。随分と身勝手だけど、雪絵ちゃんが誰かと話しているのを見て勝手に嫉妬してたりする。一人で廊下を歩いてる時なんかに雪絵ちゃんの声が聞こえて寂しくなる。雪絵ちゃんが遠くに感じられて。

「自慢でも惚気でもないんだけどさ、私ってモテるんだよね。いまいちよく分かんなくて。最近そういうの嫌になってさ、なんていうか、どうしたらいいんだろうね。こんなこと誰にも言えないし」

「んー、そうか。変なこと聞くけどさ、咲希って初恋あった?」

「えーっと、ないかも」

「なんかね、咲希見てると男子に対する接し方が小学生とか幼稚園頃みたいな感じなんよね」

「……どゆこと?」

「もし私が、的外れな事言ってるなら忘れてもらって構わない。うまく言えないんだけど、男子だとか異性だとかって意識してないんじゃないかって。異性と話す時ってやっぱ頭のどっかで意識してるし、女子と話す時とは多少なりとも違う接し方だと思う。小さい頃は性別とか全く気にしなかったけどさ。だけど咲希は今もなんかそんな風に見える。咲希は友達として接してるつもりでも、話してる男子はそうじゃないかもしれない。そこにギャップというか差みたいなのがあって困惑してるんじゃないかなって。咲希にその気がなくても、女子免疫ない男子は好きになっちゃうもんだよ。ほら咲希かわいいし」

「……そういうもん?なんか嫌だな。そんなんで好きなって、それを人のいる場所で言っちゃうのも。前にそんなものに夢中になろうとしてた私も」

「人間なんだから、所詮そんなもの。私たちは女で、それ以外は男。そうやって決まってんだもん」

「まあ……そうだね」

 横を歩いていた雪絵ちゃんが急に、私の肩に手を置いた。

「そんなことよりー、明るい話しよ。文化祭一緒に回ろうよ」

「いいよ。あ、ほか誰か誘う?」

 外側を歩く私を夕日が赤に照らす。沈みはじめる太陽の反対は、青い色が差し始める。

「んー、ほかの子はね、もう回るグループ決まってるとかでね。だから当日は咲希とふたっりきりデートだよ」

 語尾にハートでもつきそうな甘い声で彼女は言った。

「そういえば雪絵ちゃん、彼氏は?他校の生徒も来れるでしょ」

「んー、別れた。はじめは良かったんだけどね、なんていうかやたらキス迫ってきたり、体触ってくるしでなんか嫌になっちゃってね」

 また私は余計な事言った。空回りしてばっかり。

「そっか、難しいよね。人間関係」

 あってるかな、返す言葉。

「そんなことより、楽しい話。前、学校の帰り道に会った散歩中のわんこにかわいいー、って言ったら飼い主のおばさんが勘違いして照れた話しよ」

「なにそれ」

 思わず吹き出してしまった。会話の温度差に、かな。



 部屋のカーテンの奥が明るくなっていた。私の頭の横で小さく鳴る目覚まし時計を止め、体を起こす。

 夢を見ていた、気がする。はっきりとは覚えていないけれど、お母さんと話していた、多分。夢なんて起きたらすぐ忘れてしまう。

 起きたばっかりで、ねばつく口の中をうがいで流す。顔をあげると、洗面台に私が映っているのが見えた。

 こげ茶色の髪の毛、ぱっちりした二重、丸っこい耳。お母さんにそっくりだ。

 頬が強張る。なだめるようにそこを触る。

 人の支えに、お母さんが言っていた言葉を思い出す。私はまだなれていない。

 オーブントースターの、チンという音が聞こえて我に返る。学校行かなきゃ。


 鞄に弁当を詰め、忘れ物がないか机の上を軽く見る。

 先のほうまで枯れて腐ってしまったサボテンが身に入る。折れて、土に横たわっている。

 目をそらす。

 倒れたサボテンをそのままに、家を出る。行ってきます、返事は帰ってこないけれど口にした。

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