その四

 天空を駆け上る黒い極光が飛び立ったハガネアリの群れを呑み込んだ挙句、巨大な女王アリの上半身を抉るように消し飛ばした。


 その様を全ての兵士、冒険者たちが唖然として見つめていた。

 だが、その直後に歓声が湧き上がる。


「ハガネアリはまだいます! 皆、一気に畳みかけよ!」


 同じように見つめていたサクヤが我に返って声をあげる。


「「おう!」」


 その声に応え、兵士達の声が怒号となって響いた。

 女王を失って統制が効かなくなった騎士アリ達だが個々の生存本能によって飛び立とうとしている。


「飛びそうな奴はお任せっ! うふふふふふふふふふっ」


 キギスの纏う『シュンラン』の速射魔導銃が遅れて飛び立とうとしていたハガネアリを次々と撃ちぬいていく。


「うおぉぉぉっ! 『烈風』!」


 イヌイの『スイレン』が騎士アリ達の間を斬りぬける。

 その頭上を数匹の騎士アリが飛びぬけようとした。


「しまっ……!」


 その『スイレン』の肩をトンと踏み越えて『ハナズオウ』が宙に舞うと、一太刀で四匹の騎士アリの首を落とす。


「秘剣、『揚羽蝶』」


 バラバラに解体された騎士アリと共に降り立った『ハナズオウ』にイヌイの罵声が浴びせられた。


「き、貴様! よくも私を踏み台に! それに何故お前が!」


「今はその様な事を言っている場合ではないぞ、イヌイ・フォンディフォン」


『ハナズオウ』から冷静なフィモスの声が響く。


「わ、分かっている! だが私は貴様のした事を!」


「それこそ、分かっている。だが今は姫様のお指図が先だ」


「くっ!」


『スイレン』と『ハナズオウ』が一瞬背中を合わせると同時に跳ぶ。


〈お前が羨ましいよ、イヌイ・フォンディフォン〉


 サクヤの騎士を志しながら、サクヤの命を奪う事になった己に比べ、『スイレン』を纏うイヌイのなんと眩しい事か。


〈だが、この一時だけでも!〉


 そう思い、握る剣に力を込めた『ハナズオウ』は騎士アリの群れに突っ込むや、当たるに幸いとこれを斬り飛ばしていった。




「ギタン!」


「若さま!」


 サクヤとエンが生身で空を見上げていたギタンに駆け寄った。


「凄いや若さま!」


「あれは、一体」


「さぁ、『リンドウ』の意思とやらが力を貸してやると」


「『リンドウ』の意思?」


 魔装甲鎧に意思があるなどという話は聞いたことがない。

 ましてやあの様な魔導を使える魔装甲鎧は存在しない。


 だが、サクヤはそれに近い話を聞いたことがあった。


 天帝の配下、眷属と呼ばれる者達が使う武具には意思を持つかの如く言葉を話す剣や鎧があるという。


〈やはり……天帝様と何か関りが……〉


 ギタンを育てたのがその昔、天帝と対峙して破れ、その軍門に下ったと言われる金の竜ならば、ギタンが天帝由来の武具である剣や鎧を持っていても不思議ではない。


 だが、天帝は神の御子故、子を為せない。

 過去に天帝の直系を名乗った人物は何人か現れたが、いずれも天帝自身に滅ぼされている。


〈ギタン……貴方は一体……〉


 それは今までのサクヤの思いとは違っていた。


 恐れでもなく、疑いでもない。

 その意味にサクヤは全く気がつかなかった。





 統率を失い、個々の生存本能しか持たない残存のアリたちは最早敵ではなく、日が落ち掛かるころには地上に這い出ていた最後のアリが駆除された。


「城が……儂の城がぁ……ひどいぃ……ひどすぎるぅ……」


 兵士達に連行されていくホーメイアは焦燥の為かすっかり老人のような姿になっていた。


「そんなにあの城が大事だったのかねぇ」


 エンがキギスの『シュンラン』による必要以上の猛攻によって跡形もなくなったアガタ城跡を見て言った。


「なあに、裏迷宮は完全に埋まっちまったが、表の方は生き残りのアリの中からすぐに新しい女王が産まれるだろうよ。ガハッハッハ!」


 ブンデが特に気にするでもなく笑う。


「姫様ーっ」


 肩に大きな塊を担いで『スイレン』が戻ってきた。


「イヌイ、掃討の任、ご苦労様です」


「はっ、途中女王アリの死骸からこれを見つけて参りました」


 イヌイは担いでいた塊をゴロリと地面に転がした。


「こ、こりゃルリイロハガネじゃねぇか!」


 鈍い虹色の光を放つそれを見てブンデが声を張り上げる。


「ルリイロハガネだって!」


 ブンデの声を聞きつけて他の山巧族たちが周りに詰めかけてきた。


「っかー! これがルリイロハガネかぁ! 初めて見たぞい」


「そんなに珍しいのか?」


「珍しいも何もここ百年は世間様でお目にかかったことのない代物でさぁ。いや……あるな。アンタの剣」


「これか?」


 ギタンが剣を抜くと再びどよめきが起きた。


「この色! まさにルリイロハガネじゃ!」


「そうなのか」


「姫様、このルリイロハガネで是非に姫様の剣を打たせては頂けないでしょうか?」


 ブンデがサクヤの前にひれ伏した。


「勿論です、是非にお願いします」


「はっ、有難き幸せ。して魔石はございますか?」


「これを。母の形見ですが」


 そう言ってサクヤは首にかけていた魔石の首飾りを外してブンデに渡した。


「おお、これもまた見事な。きっとこの魔石に恥じぬ剣に致します」


「ブンデ! 俺に向こう槌を打たせてくれ!」


「俺もだ!」


「儂もだ!」


「うむ、これだけの素材、儂一人では手に余る。皆の力、貸してくれい!」


「おおう!」


「貸さいでか!」


「とうちゃん! 俺もやるよ!」


 フデルも堪らずに声を挙げた。


「フデル……お前……」


「俺も姫様の剣を打ちたいんだ! 頼むよ!」


「分かった! お前が一番槌だ! しっかりやれ!」


「うん!」


「良し! 炉に火を起こせ! 剣祭りはこれからだ!」


「「おう!」」


 それから総出で広場に炉が組まれ、日の暮れた街は再び湧いた。


 ブンデとフデルが赤熱したルリイロハガネを叩いて鍛えていく、

 その槌音に合わせてブンデの炉の周りに集まった山巧族達や職人たちが酒を飲み、歌を歌う。


 その歌に合わせ何処からか楽器の音が響いて来た。

 更にその音に合わせるかのように純白の踊り装束に身を包んだキギスが祈願の舞を舞う。

 後を追うように次々と踊りだす者が増えていく。


 いつしかあらたな剣祭りがブンデの工房を中心に始まっていた。


「ふぅっ! ふぅぅっ!」


 やはり子供の身体にはきつかったのか槌を振るうフデルの動きが鈍くなってきた。

 振り上げた拍子でよろけたフデルをギタンが支える。


「兄ちゃん……」


「頑張ったな。フデル」


「ギタン殿、ギタン殿も、皆さんも打ってくだせい!」


「よしきた」


 ギタンはフデルをエンに預けて槌を振り上げる。

 小気味良い音が街にも届かんばかりに響き、歌と踊りが更に盛り上がる。


 その喧騒は夜を越え、朝日が照らすまで続いた。



 ――翌朝。


「では姫様、魔石を嵌めさせて頂きます」


「お願いします」


 あれだけ熱狂していた工房周辺が静まり返っていた。


 剣に魔石を嵌める。


 それは単に装飾を施すのではない。

 文字通り銘剣に魂を込めるのだ。


 赤熱した剣身にブンデが慎重に魔石を合わせる。

 嵌めた瞬間、すかさずヒノイ油で満たされた樽に剣を漬けると勢いよく火柱が上がった。


 見ていた者達から歓声が湧き上がる。


 火柱が収まり、樽から取り出した剣身を拭うと、そこにはうっすらと虹色に光輝く地金が現れた。


「出来たぞ!」


「凄い剣だ!」


 周囲から大歓声が沸き起こった。


「研師!」


「おうよ!」


 ブンデの声に待ってましたとばかりに、研師が丹念に剣を研いでいく。


「鞘師!」


「これに!」


 鞘師があらかじめ作って置いた柄を嵌め、鞘に納めていく。

 寸分狂わずに剣は鞘に収まった。


「姫様、完成いたしました。ご見分を」


 ブンデが恭しく掲げた剣を受け取ったサクヤが、静かに引き抜く。


 剣身に美しい虹色の紋様がうっすらと浮かんで揺れていた。


「なんて、なんて綺麗な剣……」


 周囲からも溜息に似たどよめきが漏れる。


「この剣は活人剣でございます」


「活人剣?」


「はい。人を殺めるのではなく、人を活かす剣にございます」


「何故それが分かるのです?」


「剣が仰られておりました」


「剣が?」


「いずれは姫様も剣の声を聞く時が来るでしょう」


 会心の笑みを浮かべながらブンデは言った。







「ブンデ、フデル、皆さんお世話になりました」


 サクヤたちの乗る馬車の前にはブンデたち山巧族が見送りに集まっていた。


「いえ、お世話になったのは一生に一度の大仕事をさせてもらった我々でさぁ」


「あんな素晴らしい剣を見たら創作意欲がいや増すぞい」


「そうじゃそうじゃ」


「姫様、また来てくれよ。今度は俺が姫様の剣を打つよ」


「はい、楽しみにしてます」


「フデル、お前がいっちょ前になるには、そうさなぁ……二十年は掛かるぞ?」


「平気さ! 俺は父ちゃんの子だぜ?」


「生意気言いやがって!」


 そう言ったブンデだが、やはり嬉しそうなのがギタンにもサクヤにも分かった。


「それじゃ、出発します」


 御者の声と共に馬車が動き始めた。


「姫様! 兄ちゃん! きっとまた来てね!」


 フデルはいつまでも手を振っていた。



 ――街外れの一角


 大型馬車の前で、キギスと素顔を曝したフィモスが対峙していた。

 隠密巡検吏としてキギスは後始末が残っている。


「兄上……やはり行くの?」


「ああ、もう姫様の命は狙わん」


「でもそれじゃ……」


 フィモスの率いていた特任群は全滅し、フィモスの任務は事実上失敗した。


「俺は俺なりのケジメをつける。心配するな」


 その顔はいつからか見なくなっていた優しい兄の顔そのものだった。


「兄上……」


「姫様を頼む。それとあのギタンという男もだ。あの男が姫様を救う鍵になるやも知れん」


 そう言った直後に一陣の風が吹き、フィモスの姿は消えた。

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