その二

「散々手こずらせてくれましたが、ここなら邪魔も入りますまい」


 白頭巾たちが次々と『ハシリドコロ』を纏っていく中、白装束が呟くように言った。


「何故ですか? 何故王国の者であるお前達が私の命を狙うのです?」


『ハシリドコロ』も『ハナズオウ』も王国の魔装甲鎧である。


「……それを知れば姫様は苦悶の中で死を迎える事になります。それは……それは私とて非常に辛い事なのです……御免……装喚、『ハナズオウ』」


 白装束は呻くような声と共に『ハナズオウ』を纏っていく。


「くっ……ギタン殿、降ろしてください。私も『オウカ』で……きゃっ!」


 だが直後、サクヤを背負ったまま全速で駆け始めた。


「ギ、ギタン殿!」


「黙っててくれ。舌を噛む」


 ぶっきらぼうに言ったギタンの言葉に、サクヤは思わずギタンにしがみ付いた自分の腕に力を込めた。


「逃げ切れると思ったか!」


 白装束の声が崩れた迷宮内にこだまする。


 だがサクヤを背負ったギタンは軽々と『ハシリドコロ』の一体を踏み越えていく。

 とても人を背負っての速度ではない。


「囲めっ! 絶対に逃すな!」


 白装束の声で俊敏に『ハシリドコロ』達がギタン達を追う。


 魔導灯を照らさずともギタンは構わず駆けていく。


 三体の『ハシリドコロ』が追い縋りながら同時に斬り込んでくるも、ギタンは巧みにこれをかわす。

 だがそのかわす動きの為に駆ける速度が落ちた。

 その機を逃さずに『ハシリドコロ』たちはギタンとサクヤに対する包囲の輪を巧みに狭めていく。


「ギタン殿! 降ろしてください! 『リンドウ』で!」


「駄目だ」


 サクヤにはギタンの気持ちが分かった。

 ギタンはサクヤに怪我を負わせた自分自身を責めているのだ。


〈でも……!〉


 その時、上方から光が照らされたかと思う間に、何かが降下してギタン達の前に着地した。


「これは……」


 それにサクヤには見覚えがあった。


 白装束や白頭巾に似てはいるが微妙に違う白い衣装。

 顔も布一枚で覆った奇妙な姿。


 キギスの魔導人形だ。


 続いて五体の魔導人形がギタン達を護るように次々と降り立つ。


「ぬぅっ……これは……」


 白装束の驚きの声の中、最後に大型の魔導人形に抱きかかえられたキギスが降り立った。


 暗闇が『ハシリドコロ』と魔導人形たちの発する魔導灯の明りでひと際明るく照らされる。


 そこは広大な空間の上部が崩落によって縦穴が開いたようになっていた。

 崩壊は小康状態になったようだが、いたる所で未だに小さな石粒がパラパラと落ち、危険な状況を現していた。


「キギスさん!」


「どうやら間に合ったようですね」


「一体……貴女は?」


「姫様、まずはお怪我を」


 そう言うやキギスはサクヤの腫れた足に手をかざし、呪紋を詠唱する。

 たちまち腫れと痛みが引いていく。


「キギス! お前、邪魔立てするか!」


 ギタンの背から降りたサクヤの耳に白装束の声が響く。


「兄上! 王国特任群が姫様の命を狙うなど僭上の極み! 見過ごす事など出来るわけがありません!」


「兄上?」


「はい。あの者は私の兄、王国クルガ特任群のフィモス・ディムオンといいます。私は王国隠密巡検吏、キギス・ディムオン。兄の率いるクルガ特任群の動きを探っておりました」


 そういって白装束、フィモスを見るキギスの目は出会った時の愛らしい目ではなく、森人族特有の厳しい目であった。


「フィモス……フィモス……」


 サクヤは口の中でその名を繰り返した。

 何処かでその名を聞いた覚えがあった。


「王国の未来の為だ! 邪魔立てするならキギス! 妹のお前とて容赦はせん!」


 その言葉の背後で『ハシリドコロ』達がギタン達との距離を詰めていく。


 魔導人形たちも剣を構えた。


「兄上! レルガ大老が何を吹き込んだのかは知りませんが、兄上のしようとしている事は……」


「レルガ!?」


 レルガ・ギオンヌは大戦以来のオウレンザルカ王の右腕とも言える人物だ。

 その功績とその温厚誠実な人柄で、今では大臣筆頭の大老という地位にある。


「その名を出すな! やれっ!」


魔導人形ヅェルヴェルガ戦闘開始! 護衛対象はサクヤ姫様とギタンさん!」


 フィモスとキギスの声を合図に戦闘の火蓋が切って落とされた。


 一直線にサクヤに向かう『ハシリドコロ』に立ち塞がるように六体の魔導人形が立ち塞がる。

 魔装甲鎧は元来、天帝の大陸侵攻に際して、天帝軍の主力である魔導人形兵に対抗するために導入された物だ。


「キギスさん、イヌイ達は?」


「姫様、私は姫様の臣下でございます。キギスとお呼び捨てください。イヌイさん達は城の地下で冒険者たちを救出して地上に向かっています」


「そうですか。ならば私も……」


 そう言ってサクヤは魔装石を取り出した。


「姫様、未だに裏迷宮は不安定なままです。十分にご注意を」


 キギスの声にサクヤは頷いた。


「装喚! 『オウカ』」


 サクヤの頭上に魔法陣が浮かび、そこから織り出て来た薄紅色の魔装甲鎧を纏っていく。


「ギタン殿!」


 サクヤの声にギタンも漆黒の魔装石を取り出した。


「装喚! 『リンドウ』!」


 ギタンの頭上に黒い魔法陣が浮かび、そこから絞り出される様に現れた漆黒の魔装甲鎧がギタンを飲み込んでいく。


「纏わせるかぁっ!」


 その間隙を狙うかのようにフィモスの『ハナズオウ』が魔導人形たちを抜いて必殺の突きをギタンに放ってきた。


 ギキンという鋭い音が響き、『ハナズオウ』の大剣が弾かれた。


 キギスの脇にいた他の魔導人形とは一回り大きい魔導人形がそれを弾いていた。


「ぬうっ! それは!」


「兄上ならご存じでしょう?」


「そんなものまで持ち出してきたのか!」


 そこへ『リンドウ』の横薙ぎの一閃が『ハナズオウ』を襲う。


「くぅっ!」


『ハナズオウ』は咄嗟に吹き飛ぶように後方に飛んでそれをかわす。


 その隙に数で劣る魔導人形を抜いた何体かの『ハシリドコロ』が『オウカ』に迫る。


「シュンラン! 射出剛拳!」


 キギスの声を受けてシュンランと呼ばれた魔導人形の左右の腕が『ハシリドコロ』に飛び、二体を吹き飛ばした。


 そこへ別の『ハシリドコロ』がキギス目掛けて斬り掛かる。


「キギス!」


 滑り込む様に踏み込んだ『オウカ』の剣が『ハシリドコロ』を薙ぐが、『ハシリドコロ』は飛ぶように後ろに下がる。


「姫様! 私の事など構わずに!」


「そうはいきません。魔装甲鎧を纏わない貴女を放ってはおけません」


「ならば……『シュンラン』! 魔装形態!」


 その声にシュンランの各部が開き、キギスを飲み込んでいく。


「まぁ……」


「『シュンラン』は魔導人形でもあり、魔装甲鎧にもなるのです」


 キギスの声と共に『シュンラン』は肩部に装着された剣を構えた。



 その時、不気味な地鳴りが辺りに響いた。


「また崩壊? いえ……何か違う……」


 サクヤの胸中に不吉な予感が沸く。

 例えれば無数の何かが行軍する足音。


 突如、洞窟の横壁が崩れ、赤い騎士アリの大軍が飛び出してきた。

 不意を突かれた『ハシリドコロ』の一体が騎士アリの一体の顎に挟まれた。


「フィ、フィモス様あぎあっ!」


 悲鳴と共に『ハシリドコロ』が両断される。

 その間にも次々と横穴が空き、騎士アリが湧き出してくる。


「こ、ここは……まさか……」


 サクヤの視線の先の壁が崩れ落ち、巨大な腹を抱えた女王アリが怒りを映したような赤い瞳を光らせて現れた。


「どうやら……ハガネアリの巣の最奥部に落ちたようですね」


『シュンラン』からキギスの切迫した声が響く。


 その間にも津波のように騎士アリの大軍が押し寄せてくる。


『ハシリドコロ』たちが必死に応戦するが多勢に無勢で次々と呑まれていく。


「ギタン!」


「兄上!」


 剣を撃ち合っていたギタンとフィモスにサクヤとキギスの声が飛ぶ。

 ギタンがその声に一瞬動きを止めるが、そこへ『ハナズオウ』の大剣が打ち込まれ、ギタンは漆黒の剣でそれを弾く。


「兄上! 状況が見て分からないのですか!」


 単体の騎士アリならば、生身の冒険者でも数を頼めば倒すことはできる。

 だがこれだけの数がいれば、例え魔装甲鎧といえどもひとたまりもなかった。


「アリがどうしたというのだ! それで姫様のお命を頂けるのなら! もとよりこの命は姫様に殉じているのだ!」


「な……」


 キギスが絶句する傍らで、サクヤは思い出していた。


〈あれは……イヌイと出会った……〉


 子供剣士大会で年長の部と年少の部で優勝した二人の剣士が幼いサクヤの前にかしずいている。


 一人はイヌイ・フォンディフォン。


 もう一人は――


「フィモス・ディムオンと申します。将来は王国の、叶うなら姫様のお役に立ちたいと思います」


 森人族特有の涼やかな顔が、希望に燃えた瞳が、幼いサクヤにも美しく見えた。


〈あの者が……〉


 なぜ自分の命を狙うのか。

 大老レルガは一体何を彼に命じたのか。


 数匹の騎士アリが『ハナズオウ』に押し寄せる。


「邪魔をするなあっ!」


 大剣を一閃させ、騎士アリを薙ぎ払いながら『ハナズオウ』はなおもリンドウへ斬撃を送る。


「私は! 私がっ! なのにっ! 何故貴様はっ! 貴様がっ!」


 鬼気迫る斬撃が騎士アリを斬り飛ばし、ギタンを襲う。

 ギタンは無言でそれを捌いていく。


 だが『ハナズオウ』渾身の一撃を『リンドウ』が受け止め、双方の動きが止まった刹那、騎士アリの無数の顎が両者に食らいついた。


「ハッ! ハハハッ! これで貴様はっ! 姫様はっ!」


〈この男が死ねば姫様は……!〉


 やっと姫様に殉ずる事が出来る。


 そう思ったフィモスの目に、信じられない光景が映った。


『リンドウ』に嚙みついた騎士アリの頭部が鎧にめり込んでいる。


 一瞬喰い破ったのかとフィモスは考えたが、その跡がない。

 まるで『リンドウ』から騎士アリの身体が生えているかのようだ。


 その騎士アリの足が痙攣したかのように激しく動いた直後、花がしおれるように縮んで動かなくなった。


 その尻からボトリとハガネ石が落ちる。


 動かなくなった騎士アリの身体が『リンドウ』にめり込み、消えた。

 まるで『リンドウ』が騎士アリを喰ったかのように。


『リンドウ』に喰らいついた騎士アリが逆に次々と『リンドウ』に喰われていく。


「あ……あああ……うわあああああっ!」


 その凄惨な光景にたまらずフィモスは恐怖の悲鳴をあげた。

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