第五話 迷宮の街・後編
その一
――オードランの西の高台にそびえるアガダ城。
さらわれた多くの冒険者たちはこの城の地下の蔵に囚われていた。
今、そこにも不気味な地鳴りと振動が絶え間なく響いている。
「なんじゃ……何が起こってるんじゃ」
午前の探索から戻り、粗末な昼食をとっていたブンデは、かんぬきで閉ざされた分厚い扉の覗き窓から外の様子を伺った。
見張りの兵士達が慌てて右往左往している。
「おぉい! 何がどうしたぁ!」
叫んでみるが兵士達はブンデに構うそぶりも見せない。
「断言は出来んが下の迷宮が崩れたな」
同じ部屋の山巧族の一人がポツリと言った。
この部屋には山巧族ばかり十人程が押し込められている。
そんなやり取りをしているうちに更に外が騒がしくなった。
「今度は何じゃ?」
「ブンデ殿! ブンデ殿はいるか!」
ブンデを呼ぶ声が響く。
「ここじゃ! ここにおるぞ!」
大声で答えると、やがて扉が開いた。
「あーいたいた。無事だったようだね」
エンが顔を覗かせて笑った。
「お、お前は……」
「助けに来たよ……ってか、この人たちは?」
「あ、ああ……儂の銘匠仲間だ。街を捨てたと思っていたがここに囚われて武具を造らされておったのじゃ」
「そうだったんだ」
「全く、とんだ濡れ衣じゃ」
「そうじゃそうじゃ!」
「だから謝ったじゃろが!」
他の山巧族の罵声にブンデも負けじと怒鳴り返す。
「あー、そう言う事は後でしてくんない? いまこの下の裏迷宮が崩れて大変な事になってるんだ」
「裏迷宮が崩れたじゃと?」
「うん、ここもいつ崩れるか分からないから早く地上に出るよ!」
「わ、分かった。おい!」
ブンデの呼びかけに山巧族が声をあげた。
「
「ちょっとぉ! ヌイヌイも手伝ってよ!」
「私は兵を食い止めるのに手一杯だ!」
「ならば儂らがやるぞい!」
ブンデたちが手分けして冒険者が囚われている部屋の閂を外していく。
「お前達! 何をごあっ!」
気がついた兵士が声を挙げた瞬間、顔面に山巧族のごつい拳がめり込んだ。
数で勝る冒険者達が浮き足立った兵士達を容易に圧倒していく。
「くそっ、『トリカブト』を出せっ!」
その声に兵士の一人が魔装石の入った箱を開ける。
そこに既に『スイレン』を纏ったイヌイの剣が突きつけられた。
「ヒッ!」
「それはこちらに戴こうか?」
兵士はカクカクと頷きながら魔装石の入った箱をイヌイに差し出した。
「この中に魔装甲鎧を纏えるものはいるか!?」
イヌイの言葉に何人かの冒険者が声を挙げて応えた。
「 いつ崩れるかも分からん! なるべく戦闘は避けろ !」
そう言ってイヌイは冒険者たちに魔装石を渡していく。
イヌイ達魔装甲鎧を纏った者たちを先頭に、冒険者達は地上へ脱出を開始した。
地下の裏迷宮の崩壊を白装束の助けでほうほうの体で逃げ出してきたホーメイアが漸く居室で酒を呷って人心地ついていた。
「全く……あれ程魔装甲鎧を使うなと言っておいたのに」
「魔装甲鎧を使わねばあの者達は仕留められぬ。特にあのギタンという男は……」
白装束が静かに言った。
「それよ。あ奴は何者だ?」
「断定は出来ぬが……天帝に連なる者」
「はっ! 馬鹿なことを言うな! 天帝様は神の御子だぞ? それ故に子を為せぬという話ではないか」
「だがあ奴の持つ剣、虹色に輝く剣は伝承に云われる天帝の剣……」
「考えすぎよ。どの道あ奴も姫様も奈落の底へ落ちた。全く貴重な裏迷宮を……アリどもが掘り直すのにどれ程掛かるやら」
ホーメイアの頭の中は既に己の迷宮の復旧に忙しく動いていた。
ハガネアリの巣である迷宮は一部が崩れてもやがてはハガネアリが修復する。
だがその間は材料の鉱物が採れなくなってしまう。
ホーメイアにとってはその事のほうが重大だった。
「ホーメイア様! 一大事にございます!」
そこに裏迷宮を管理していた監督官が駆け込んできた。
「何事だ!」
損得勘定を邪魔されたホーメイアの怒声が飛ぶ。
「地下蔵の冒険者どもが叛乱を!」
「な、何だと!」
「二人組が城内の混乱の隙をついて次々と……」
「あ、あ奴らか……」
ホーメイアの脳裏にサクヤと共にいたイヌイとエンの顔が浮かんだ。
「冒険者どもは武器と魔装甲鎧を奪って地上へ出ようと」
「くっ! 兵を総動員しろ! 奴らを絶対に地上に出すな!」
「ははっ!」
監督官は飛び跳ねるように部屋を出ていった。
「オイッ! お前も手下を連れてあ奴らを止めてこい!」
ホーメイアは無言で聞いていた白装束に怒鳴った。
「……お断り申し上げる」
「な、何だと? 貴様、儂のいうことが聞けんというのかっ!」
「私の役目は姫様のお命を頂くことのみ。そちらは領分ではありませぬゆえ」
そう言って白装束は踵を返して部屋を出ていこうとする。
「待てっ! 貴様何処へ行く!」
「姫様のご遺体を確認。では御免」
「待てっ! 待たんかぁっ!」
ホーメイアの声を無視して白装束も部屋を出ていった。
ズキズキとした痛みが体の底から湧き出すような感覚が、サクヤを現実に引き戻していた。
「……う……」
「気がつかれたか」
魔導灯にギタンの姿が浮かんでいた。
「ギタンど……痛っ」
「動かない方がいい。右足を打っている」
「ここは……何処なのでしょう」
「さて。随分と落とされたようだが」
「ギタン殿は? お身体は」
「『リンドウ』を纏っていたから私は何ともない」
「良かった……」
「でもすまない。サクヤ殿に怪我をさせてしまった。やはり力の加減が難しかったようだ」
「気にしないでください、相当な高さを落ちたようなので命があってよかったです」
だが、サクヤは自身が落ちる時に『リンドウ』に抱き抱えられたのを覚えている。
その後凄まじい勢いで何度も何かに当たった事も。
恐らくそこで打撲したのだろう。
申し訳なさと共にある疑念がサクヤの胸に湧き上がった。
ギタン殿は明らかに人を超えている。一体……。
すぐに一つの仮説が浮かんだ。
「ギタン殿……貴方を育ててくれた方はもしかして金の竜なのでは?」
「……よく分かりましたね」
特段驚くでもなくギタンは肯定した。
「やはり……地の竜の生き血を飲んだ者は不老長命と人を越えた力を手にすると伝承にあります」
「……爺のもとに連れて来られたときの私は瀕死だったそうだ。やむ無く爺は私に自分の血を飲ませたと言っていた」
「そうだったのですか」
「それが何か?」
「いえ、ギタン殿のお力の理由が分かったので」
曖昧な返事をしたサクヤの胸中は複雑だった。
過去に地の竜は戯れかつ気紛れに人に己の血を分け与える事が稀にあった。
その血を得て超人となった者の中には暴虐な振る舞いや悪逆非道の行いに手を染める者も多々いたと言う。
〈ギタン殿がもしそうなったら……〉
サクヤにそう思わせるのはギタンの纏う『リンドウ』の闘いぶりにあった。
漆黒の禍々しい意匠も然ることながら、その闘いぶりは見ている者に恐怖を抱かせずにはいられない。
〈そういえば、あの『リンドウ』も……〉
確かに姿形は魔装甲鎧だが、何かが違うようにサクヤには思えた。
根本的に違う何かが。
〈それは『リンドウ』等という名ではない!〉
落ちる間際に白装束が発した言葉が思い浮かぶ。
「『リンドウ』は……爺が娘に貰ったと言っていた」
サクヤの考えを読んだかのようにギタンが口を開いた。
「娘? ではその方も……」
その言葉にギタンは首を横に振る。
「私は会ったことはなかったが、爺は自身は玩具で遊ぶような歳では無いとぼやいていたがね」
「まぁ」
この世の絶対強者と言われた地の竜が娘の贈り物でぼやく。
何となく可笑しくなってサクヤはクスリと笑った。
「それでエルドリオへ向かうはなむけに爺が私にくれたのです」
「ギタン殿はエルドリオに知己のつてがあるのですか?」
ギタンは胸元から紐に括られた首飾りを取り出し、サクヤに見せた。
碧色の魔石に変わった紋様が彫ってある。
「棄てられていた私と一緒にこれがあったそうだ。これを頼りに自分の出自を探せ、これが爺の言いつけでね」
「そうだったのですか」
「でも私にとっては自分が何処の誰だかなどはどうでも良いんだ。私が棄てられていたのならそれを知ったところで……」
「それは違いますよ」
「……」
「その首飾りには恐らく貴方を産んだ方の思いが宿っているはずです」
「私を……産んだ……」
「ええ、私も母の形見の魔石を持っているので分かるつもりです。貴方を思っているからこそ、それを一緒にしたのでしょう」
そう言ってサクヤも首に掛かっていた魔石を取り出し、ギタンの魔石に並べた。
心なしか二つの魔石の光が増したように見えた。
「そうか……ならばやはり確かめないとだな」
「そうです。確かめましょう」
「ありがとう、サクヤ殿。心のもやが晴れたようだ」
「良かった」
「では行きましょうか」
「え? 行くとは? きゃっ!」
ギタンはサクヤを背負うと裂いて紐状にした服で固定する。
「相当深く落ちたようです。こちらから動いた方が良い」
「……分かりました……頼みます……」
「そうはいかんな」
不意に声がひびき、ギタンが周囲を鋭く見回した。
白装束とその配下の白頭巾達がおよそ四十人。
崩壊した瓦礫の上から、ギタンとサクヤを見下ろすように立っていた。
「こんな所まで追ってきたとは……」
サクヤが愕然として呟く。
「確かめに降りてきて正解だったな」
白装束が手を挙げると白頭巾達が一斉に魔装石を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます