その四

 白装束の後ろの影に明りが当たり、長身の端正な顔立ちの中年男の姿を映し出す。


「お初にお目にかかります、サクヤ姫様。私、このカベルナ州を預かっておりますホーメイアと申します」


「カベルナ候!? 一体何故ここに? これはどういう事です!?」


「何、その者より注進がありましてな。姫様がオルダワリデまでの道中で世直し遊びに現を抜かしておられると」


「カベルナ候! 姫様に無礼であろう!」


「他の領はともかくこのカベルナでそれをなされるのはいかに姫様といえども。そこで姫様にはここでお亡くなりになって頂こうと」


 イヌイの言葉を無視してホーメイアは僣上の弁を続ける。


「カベルナ候、兵器司処大臣の貴方が出てきたということは鉱物、いえ武具に大きな不正があるということですね」


「……これは恐れ入りましたな。子供の遊びと思ってはいましたが、やはり国王陛下の血を受け継いでおられる。実に怖いお方だ」


 ホーメイアはやれやれといった感じに首を振った。

 兵器司処とはオウレンザルカ王国の武具一切の管理を取り仕切る部門であり、いわゆる兵器廠である。


「今は武具の生産数は決まっています。なのに貴方は裏迷宮とやらで定数以上の鉱物を得て未認可の武具を造っている。違いますか?」


「その通りでございます。いやはや、某感服いたしました」


 ホーメイアの言は言葉とは裏腹に侮蔑の色を含んだままだ。


「単に税逃れの為だけではありませんね?」


「その通り、近々始まる新たな戦乱の為に、オウレンザルカは再び力を付けねばならぬのです」


「戦乱? 何を言っているのですか。もう戦乱の世は終わったのですよ?」


「ふむ、姫様はご存じない? よもやご自身の置かれた立場も……」


「立場?」


「言うなぁっ!」


 ホーメイアの言葉にイヌイがすかさず剣を抜いた。

 だがその剣は白装束の剣に阻まれる。


「くっ、貴様一体……」


「……」


「まぁ、良いでしょう。知らずに死ねたほうが幸せというもの。では私は昼食がありますのでこれでお別れです。姫様、ごきげんよう」


 ホーメイアは酷薄な笑いを浮かべながら白装束の後ろに下がった。


「くっ!」


「き、貴様が姫様のお命を狙っていた者か!?」


 剣を弾くようにサクヤの元に跳んだイヌイが白装束に叫ぶ。


「いかにも」


「貴様王国の者だな!? 何故だ! 何故王国の者が姫様のお命を狙う!」


 一瞬、白装束の動きが止まった。


「……王国の者だからこそ、姫様にはここでお亡くなりになって貰わねばならんのだ」


 白装束の声はまるで苦悶に呻くようにも聞こえた。


「なんだと……」


「護衛騎士イヌイ・フォンディフォン、貴様は知っているのではないのか?」


「っ!」


 イヌイの頬に汗が流れる。

 それはサクヤの護衛騎士となる条件として絶対にサクヤには言ってはならないと国王に厳命されたこと。


「イヌイ?」


「な、何のことだ……」


 サクヤの訝しむ声を背に、イヌイは絞り出すように白装束に言った。


「……まぁ良い。カベルナ候も仰られていたが、知らずに死ぬがせめてもの情け」


 白装束が左手を挙げると、闇の中から同じような白装束を着た男達が二十人、沸き上がるように現れた。

 傘帽子を被った白装束とは違い、一様に白い頭巾を被っている。


「こ、こいつら……特任群か!」


「ふっ、これだけの者を相手にしのげるかな?」


「くっ」


 歯噛みするイヌイを見て、白装束は攻撃合図の手を振ろうとした。


「ゴワッ!」


 短い悲鳴と共に白頭巾の一人が倒れ、ギタンとエンが横穴から浮かび上がった。


「ギタン殿! エン!」


「間に合ったようだな」


「うっひゃー、アイツこんなとこにもいるよ! ってか似たようなのがウジャウジャと!」


「貴様……」


 ギタンに斬り飛ばされた白装束の右手が小刻みに震えた。

 その一瞬にギタンとイヌイが跳んだ。

 直後に二人の白頭巾が斬り倒される。


 剣を抜いたサクヤの元に鋼球を指に挟んだエンが並ぶ。


「ブンデさんは見つけたよ! って、姫様! 大丈夫!?」


「え、ええ……そうですか……」


 だがサクヤの顔色は冴えない。

 先ほどのホーメイアと白装束の言葉が重く心にのし掛かっていた。


 残りの白頭巾達は全員間合いを取った。

 ギタンとイヌイの技量を推し量っての事だ。


「……かくなる上は」


 白装束の手にはいつの間にか紫色の魔装石が握られていた。

 そして白頭巾達の手にも。


「それは!」


「まさか! こんなところで!」


「オイッ! 何をするつもりだ!」


 イヌイとエン、更にはホーメイアの驚く声を無視して白頭巾達の声が響いた。


「「装換! 『ハシリドコロ』!!」」


 続いて白装束の声が響く。


「装換……『ハナズオウ』」


 白頭巾達は『トリカブト』に似てはいるが、装甲を薄くして軽量化したような魔装甲鎧を、白装束は逆に重装甲の鎧武者を思わせる白い魔装甲鎧を纏っていく。


「コイツら……正気じゃ無いよ……」


 呼応するようにギタンとイヌイも魔装石を取り出した。


「だっ、駄目だよ! 若さま! ヌイヌイ!」


 だが一斉に斬り込んできた『ハシリドコロ』を目前に、ギタンとイヌイは声を挙げた。


「装換! 『リンドウ』!」


「装換! 『スイレン』!」


 たちまち二人の身体に魔装甲鎧が纏わりつく。


「あああ~オイラ知らないよぅ」


「大丈夫です。二人を信じましょう」


「姫様ぁ」


「エン、ブンデさんは何処に?」


「あ、ああ。向こうで他のさらわれた冒険者たちとハガネアリを狩らされていたよ」


「さらわれた? カベルナ候! どういう事です!」


 すると奥の闇から声が響いた。


「何、食いぶちにあぶれた冒険者どもに安全な仕事を世話してやっているだけですよ」


「嘘つけ! そこで死んでる奴ら使ってさらっていた癖に!」


「んん〜、何の事やら。フフフ」


「カベルナ候……許せません!」


 サクヤも『オウカ』の魔装石を取り出す。


「ひ、姫様も駄目だって!」


「し、しかし! このままでは!」



「ぬおぉぉっ!」


『ハナズオウ』の大剣が唸りをあげて『リンドウ』に迫る。


 だが『リンドウ』の腕の黒剣がそれを弾く。


「貴様! 幾度も私の邪魔をした挙句にこの腕を! 貴様は一体何なのだ!」


『ハナズオウ』からそれまでの白装束らしからぬ怒りを含んだ声が響く。


「何なのだと言われてもな。私はそれを捜しに旅をしているんだ」


「ふざけるな! 貴様の持ってる剣! あれは天帝の失われた秘剣だ! なぜそれを貴様が持っている!」


「天帝の? 失われた秘剣?」


「とぼけるな!」


『ハナズオウ』の無数の斬撃が『リンドウ』を襲う。


「ギタン殿!」


『スイレン』を纏うイヌイが加勢に回りたくなるほどにその斬撃は苛烈を極めていた。

 だが『スイレン』も襲い来る『ハシリドコロ』達に手一杯でままならずにいた。


「貴様のその黒い魔装甲鎧もそうだ! それは『リンドウ』などと言う名ではない! そいつの名は……」


 その時だった。


 ゴゴゴゴゴと不気味な地鳴りが響いたと思った刹那、迷宮の床に、壁に、無数の亀裂が走った。


「こ、これは……」


「だ、だから言わんこっちゃない!」


 エンが悲鳴をあげる。


 だが構わずに『ハシリドコロ』と『ハナズオウ』の『リンドウ』と『スイレン』に対する攻撃は続く。


「ま、待て! い、いかんぞ! や、止めんか! おい!」


 ホーメイアの叫びが響く。

 だが、『ハナズオウ』は構わずに斬撃を浴びせ続ける。


「こ、これは?」


 イヌイが異変に気づいた瞬間、迷宮がひしゃげるような鈍い音を立て、ガラガラと、天井が、床が、壁が崩れていく。


「ごばあっ!」


 落石で目の前の『ハシリドコロ』が潰された。


「っ!」


 一瞬イヌイの脳裏に生き埋めになったあの事故で目の前で潰死した無二の親友イリンスの顔が浮かぶ。


 だがその幻影を振り払うかのように首を振ってサクヤのいる方を向いた。


「姫様ぁ!」


 だがイヌイの目に映ったのは崩壊しかけた床で揺れているサクヤだった。

 グズグズに崩れていく床が波打っている。


「イヌイ! ブンデさん達を……!」


 そう言った瞬間にサクヤの足元の床が抜けた。

 その一帯が丸ごと崩壊した。


「ああぁっ!」


 イヌイの悲鳴が上がる。


 だが疾風のように駆けつけた『リンドウ』がサクヤを掴んだ。


「ギタン……!」


 しかし、『リンドウ』はサクヤを抱いたまま抜けた床の先、奈落の底へと落ちていった。


「ひっ、姫様っ! 姫様ぁぁっ!」


 半狂乱で叫びながらイヌイはサクヤを追おうとする。

 その時、纏っていた『スイレン』にエンがへばりついた。


「ヌイヌイ! だめだっ! だめだよっ!」


「マ……エン! 離せっ!」


「姫様は何て言ったのさ!」


「あっ……」


 〈ブンデさん達を……!〉


 サクヤの声が脳裏にこだまする。


「とにかくここを離れよう! 大丈夫! 若さまがついてるんだ! 大丈夫だよっ!」


 悲鳴に近いエンの必死の声がイヌイに正気を取り戻させた。


「っ……、分かった……しっかり掴んでろ!」


 エンを抱えて『スイレン』は落石を避け、抜けた床を跳び越えていく。


 〈姫様、どうかご無事で……ギタン殿……頼むぞ……!〉


 その言葉を何度も何度もくり返し、イヌイは崩壊する裏迷宮を駆け抜けていった。

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