その三
――翌日、冒険者組合
「ええ、ブンデさんなら昨日迷宮に向かいましたよ」
朝一番で行方不明になった山巧族の銘匠であるブンデの消息を聞きに来たサクヤたちに、受付嬢は事も無げに言った。
「迷宮へ?」
「ええ、鍛冶師や剣匠も時には良いハガネ石を求めてとか自身の作の切れ味を確かめる為とかで迷宮に入る事もあるんです」
「まさか、自分でハガネ石を取りに……」
「それでブンデさんは戻って来たのですか?」
「それは……そこまでは組合も把握してないのです」
そう言って受付嬢は首を振った。
「そうですか……」
「おひい様、どうやらブンデ殿は迷宮で消息を絶ったのは間違いないようですね」
「ええ、ならば私達も迷宮に入ってブンデさんを捜しましょう」
冒険者組合を出るなり出たイヌイの言葉にサクヤは頷いた。
「あの……お姉ちゃん……」
ブンデの息子フデルが心配そうにサクヤを見上げた。
「フデル、貴方のお父さんは私達が必ず捜して連れ帰ってきます。だから家で待っていて下さい。いいですね?」
「でも……」
「大丈夫です。約束です」
「うん、必ずだよ! 必ず連れて来てね!」
「ええ、約束です」
フデルは何度も振り返りながら帰っていった。
入れ替わるように聞き込みに行っていたエンが戻ってきた。
「昨日、迷宮に入っていくブンデさんを見かけた人がいたよ。赤毛の冒険者と一緒だったって」
「赤毛ですか」
「うん、それとここの所、初心者の冒険者の行方不明が多いんだって」
「それは普通に迷宮内で死んだのでは?」
「それにしちゃあ死体も遺留品も見つからないんだ。ハガネアリは人は襲うけど丸ごと喰ったりしないしね」
「そうですか……取り敢えずその赤毛の冒険者が何か知ってるかもしれませんね」
「そいつを捜して聞いてみますか?」
「ならば手分けしましょう。私とギタン殿で迷宮に入りますので、イヌイとエンはその赤毛の冒険者を捜してください」
「承知した」
「オイラはいいけど、二人で大丈夫かい?」
「お! お待ちください! 何故おひい様とギタン殿なのですか!?」
「あら、私とギタン殿ではいけないのです?」
「い、いえ! 決して! いけなくはありません! で、ですが私はおひい様の護衛の任が!」
「そんな事言って本当は若さまと姫様を二人っきりにしたくないんじゃないのぉ?」
「な、何を言っている! そんな事ある訳……な、無かろう!」
何か良からぬ妄想が浮かんだのか、イヌイはブンブンと首を振って否定した。
「そうですね。ではギタン殿、エン。赤毛の冒険者捜しは頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ」
「はいよ~良かったね~ヌイヌイ~」
「マ、猿~!」
歯噛みするイヌイをからかいながら、エンはギタンと街に消えていった。
「全くギタン殿はともかく、あの猿の品の無さには耐えられませぬ!」
迷宮に向かいながら憤懣やるかたない様にイヌイがボヤく。
「あら、私にはとても仲が良く見えますけど?」
「滅相もありません! いくらおひい様でもあんまりです!」
「うふふ、そうかしら。さぁ着きましたよ」
サクヤ達が迷宮の入口に立った時だった。
「よう、アンタ達新参かい?」
声が掛かった方を見ると、赤毛の男と茶髪の男の二人組がにやけた笑いを浮かべて立っていた。
「おま……」
「ええ、昨日からハガネ石を探しているのですが」
問い詰めようとしたイヌイを制してサクヤが言った。
「ハガネ石! ハガネ石ね。なら俺達穴場を知ってるぜ」
「まぁ、本当ですか?」
「本当だとも。一日で剣一本打てるくらいのハガネ石の在りかに大銀貨二枚で案内してやるよ」
「まぁ、是非お願いします。イヌイ」
そう促すサクヤに従い、仏頂面のイヌイが赤毛の男が差し出した手に大銀貨二枚を乗せる。
「へっへへへ。毎度ありぃ。ついてきな」
そう言うと男たちは迷宮に向かって行く。
サクヤはイヌイに頷いて合図すると、後に続いた。
「うーん、見つかんないねぇ」
市内のめぼしい冒険者がたむろする場所を歩き回ったギタンとエンだが、赤毛の冒険者に関する情報は得られなかった。
「もしかしたらすでに迷宮に入っているのかもな」
「じゃあオイラたちも迷宮に入ろうか」
「あら、お二人ともどうしました?」
聞き覚えのある声が掛かって振り返るとキギスが笑って立っていた。
「ああ、キギスさん。こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは、今日はお連れの方は?」
「ええ、迷宮に行ってます。私達もこれから向かおうと」
「まぁ、迷宮に?」
「そうだキギスさん。山巧族の人と赤毛の冒険者が連れ立っている所を見なかった?」
「……山巧族の方は存じませんが、赤毛の冒険者は迷宮に行きましたよ」
「ほんと!?」
「はい。明け方茶髪の男と連れ立って迷宮の方に歩いていきました。それが何か?」
「ううん、ありがとう! 若さま! 急ごう!」
「ああ、キギス殿、かたじけない」
「いえ、お役に立てたなら何よりです」
キギスに見送られながらギタンとエンは迷宮へ急いだ。
不意にキギスの笑顔のまま、ポツリと呟いた。
「ヅェルベルガ、追跡せよ」
その声と共に何かの影が付近の家の屋根で踊った。
「へっへっへ、こっちだよこっち」
赤毛の冒険者は勝手を知った風に奥へと進んでいく。
「おい、途中でハガネアリは何体か倒したが、何れも大したものでは無かったぞ」
「いやぁ、姉さん強かったねぇ。でも慌てなさんな。今から騎士アリがウヨウヨいる所に案内すっから」
「本当なのだな?」
「ああ、それ、ここだよ」
「ここだよって何もないではないか」
イヌイの目の前には岩肌があるだけだ。
「へっへっへ。これをこうするとね」
そういって赤毛の冒険者が付近の大き目の岩を押す。
するとゴリゴリという音と共に岩肌の一部が動いた。
「これは……隠し扉か……なんでこんなものが」
「へっへっへ、多分魔導士か何かがハガネアリを閉じ込める為に仕掛けたんじゃないかな。それを俺達が偶然見つけたって訳さ」
「ささ、どうぞ中へ」
茶髪の冒険者がニヤつきながら手招きした。
「入った途端閉じ込められました、ではないだろうな?」
「疑い深いねぇ。なら俺らが先に入るよ。それで良いだろ?」
「分かりました。イヌイ」
「ええ」
冒険者に続いてサクヤとイヌイも中に入る。
細い道の先に急に開けた場所で二人の冒険者はいきなり剣を抜いた。
「何の真似だ」
イヌイの声が一段低くなる。
「いやなに、この世とのお別れの前に俺達が良い思いをさせゲブフォッ!」
言い終わらないうちに赤毛の冒険者のみぞおちにイヌイの剣の鞘がめり込んでいた。
「テメェンゴフォッ!」
瞬時に引き抜いたイヌイの剣の柄が茶髪の冒険者のみぞおちを抉る。
一瞬にして二人はもんどりうって倒れた。
「ゴ……ガ……」
悶絶する赤毛の冒険者の喉元に殺気を漲らせたイヌイの剣の切っ先が突きつけられる。
「ヒッ! ヒィィッ! ま、待ってくれ! ころ、殺さないでくれ!」
「答えて貰おうか? 昨日ブンデという山巧族とここに来たな?」
赤毛の冒険者はカクカクと頷いた。
「ブンデはどうした? 殺したのか!」
「ち、違う! 殺してなんかいない! こ、この先の裏迷宮に!」
「裏迷宮?」
「そ、そこで働かせてるんだ! アンタ達もそのつもりで!」
「なんだと……」
「お、俺達はただ頼まれて冒険者たちを連れて来ただけなんだ! 勘弁してくれ!」
「誰だ! そのような事を企むのは!」
「そ、それはオゲッ!」
答えようとした赤毛の冒険者の眉間に投げ短剣が刺さった。
同時に茶髪の冒険者の首筋にも同じものが刺さっている。
「っ! 貴様!」
見ると奥から白装束がゆっくりと歩いてきた。
白装束は無言で腰の剣を抜く。
「姫様、おさがりを」
護るようにイヌイが白装束の前に立ちはだかり、剣を構える。
「フッフフフ、これはこれはサクヤ姫様。ようこそおいで下さいました」
突如白装束の背後から声が響いた。
「裏迷宮?」
「うん、この迷宮の西側、お城の真下に封鎖されて公開されてない場所があるんだ」
「そうか、ならばブンデ殿はそこにいるんだな」
「死んでなければね」
「死んでないさ」
エンは何故とは聞けなかった。
ギタンも自分の言葉に何故とは聞かない。
それはギタンがエンに全幅の信頼を寄せているからだ。
〈若さま、物を知らないにも程があるよ……〉
エンはこみ上げる思いを押し殺して先にすすむ。
やがて行き止まりに辿り着くと、エンは岩肌を丹念に調べ始めた。
「あった。これこれ」
そう言って岩の一部を押すと、ゴロゴロと正面の大岩が動いた。
「ほう」
「水の魔道具の力でうごくらしいけどね。すぐ閉まるから早く入ろ」
促されてギタンは中に入る。
道は魔導灯もなく、ジメジメとしているものの、最低限人の手が入っているようだ。
しばらくアリの巣状の道を進んでいった先にボンヤリとした灯りと、無数の剣戟音、怒号や悲鳴が聞こえてきた。
エンが灯りを消して上の細い横穴を指すと一気に駆け上がる。
ギタンも楽々と駆け上がり、腹這いになってエンの横に並んだ。
「やっぱりだ」
体育館程の広さの場所で二十人ほどの冒険者達が必死にハガネアリと戦っていた。
服装はまちまちで薄汚れてボロボロな者もいれば比較的新しい者もいる。
後方では四体の魔装甲鎧が大型の魔導灯で照らしているが、冒険者を助けようという素振りは全く見せない。
反対に冒険者達は神官らしき男が怪我を負った者に治癒魔法を掛けたり、協力しあってるように見える。
そんな中に必死で斧を振るうブンデの姿があった。
「恐らくみんな拐われて、ここで強制的にハガネアリを狩らされてるんだ」
「何故そんなことを?」
初めてギタンが疑問を発した。
「多分二つ。安く鉱石を仕入れるためと、税逃れだね」
「税逃れ?」
「鉱物は産出量に応じて税が増えるんだ」
「ではこれをやってるのは代官か?」
「いや、もっと上だよ。とにかくブンデさん達を助けようよ」
「……サクヤ殿」
「え?」
「サクヤ殿の声がした……こっちだ」
そう言ってギタンは横穴を這い降りると猛然と駆け出した。
「……!」
エンもあげそうになった声を飲み込んで後を追う。
〈どんだけ耳が良いのさ! オイラの商売上がったりだよ!〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます