その二

 ――冒険者組合



「それではこちらが冒険者章になります。あなたの身分を保証する物なので大事にして下さいね」


 愛想一杯の受付嬢が四枚の紐を通した楕円の金属板を差し出した。


「私、一度冒険者となって迷宮探索をしてみたかったのです」


 冒険者章を首に掛け、心なしか弾んだ様子のサクヤが言った。


「おひい様、遊びでは無いのですよ?」


「分かってますって」


「ん? どうしたのさ若さま、そんなにマジマジと見ちゃって」


「ああ、こういった自分の身の証を立てられるようなモノを持ったのは初めてだからなぁ」


「ええっ、剣があるじゃ……」


 そこでエンは言葉を切った。


「エン、あなたはギタン殿の剣の事を知っているのでは?」


「し、知らないよっ! ただ良い所の人が持つ剣だなってだけだよ!」


 浮かれていたサクヤから発せられた不意打ちのような言葉にエンは慌ててかぶりを振った。


「そうだな。爺もこの剣の事については何も云わなかった。ただ爺の元に私を連れてきた者が一緒に置いていったと」


「そのお方がギタン殿の血族の方なのでは?」


「爺は違うと言ってたな。私も余り気にはしてなかったのだが」


「でも、ギタン殿の立ち振る舞いは、確かに何処かの若君と言われても納得するものがありますね」


「そうだ、姫様に対して対等な口を利くところなど……全く……」


「イヌイ、私は今は冒険者のサクラなのですよ? よいではありませんか」


「ほら、迷宮の入口に着いたよ」


 話を遮るようにエンが言った。


 一同が見上げた先には木で組まれた門のような入り口があり、両側に衛兵が立っている。


「迷宮というよりは鉱山のようだな」


「ヌイヌイ、いいとこに気がついたね。迷宮ってのは言ってみれば鉱山のような物なのさ」


「確かに、ハガネ石を求めているのですから」


「お前達。入るなら冒険者章を見せろ」


 入口にいた衛兵が無愛想に言った。


「はいはいっと。おひい様、早く早く」


「はい」


 エンに促されるように冒険者章をみせて一同は中に入る。

 所々に魔導灯と呼ばれる灯りが据え付けられており、迷宮内は思いのほか明るい。


「もっと暗くジメジメした場所と思ってたがなぁ」


「ヌイヌイ、入り口辺りはこれが当たり前だよ。魔導灯はちゃんと持ってるよね?」


「あ、ああ。勿論だとも」


「いいかい? 迷宮の探索は人数がいても二人一組が基本。もし一人が手傷を負ったら速やかに引き返す。いいね?」


「分かりました」


「あと、魔装甲鎧は落盤や崩落の危険があるから使っちゃダメだよ。じゃあ、どんどん下にいこう」


 一同はエンを先頭に奥を進んでいく。



「他の冒険者があまりいませんね」


「それだけこの迷宮が広いって事だよ。もうそろそろ魔物が出てくるから気を抜かないでね」


「エンは本当に詳しいのですね」


「そりゃあここには何度も……っておいでなすったよ」


 エンの視線の先、魔導灯の灯りの先の闇に気配が蠢いている。


「あ、あれは……」


 見れば一メルテ(約一メートル)はある、巨大な蟻と蜘蛛のあいの子のような魔物が四匹、大顎を開いて威嚇している。



「あれはハガネアリさ。若さま! ヌイヌイ!」


「よし」


「全く、何で私がお前の指図を……」


 ギタンが剣を抜いて飛び出すとイヌイもそれに続く。


 図体に似合わぬ敏捷な動きでハガネアリたちはギタンたちに襲い掛かる。


「うりゃあっ!」


 イヌイの剣が一閃し、ハガネアリの足を瞬時に二本斬り飛ばす。

 バランスを失ってもんどりうったハガネアリの頭部が、翻ったイヌイの斬撃で宙を飛んだ。


「いいね! ヌイヌイ!」


 エンの声を気にも留めず、イヌイは二匹目のハガネアリに斬り掛かる。


 一方同時に二匹が襲い掛かってきたギタンだが慌てるでもなく自身の剣で一匹目の頭を落とすと背後から襲い掛かってきた二匹目の頭に掌を当てた。


 ブウウンと低い唸りが響くや、ハガネアリがガタガタと震えだして突如爆ぜ飛んだ。


「ああっ! 若さま! 駄目だよ。ハガネが取れなくなっちゃうし体液が飛んじゃうじゃん!」


「そうなのか?」


 エンが窘めるような声をあげる傍らでサクヤはその技を悄然と見ていた。


〈今のはまさか……竜波動ヴェグデ?〉


 サイパの街でもギタンは事も無げに使っていたが、その技は限られた特殊な者にしか使えない、伝説の技と呼ばれている。

 勿論サクヤも見るのは初めてで、サイパの時は思い出す余裕も無かったが、今その言葉が頭の中に浮かんできていた。


〈ギタン殿はまさか……〉


「ギキィッ!」


 その思いを掻き消すように断末魔の声をあげて、イヌイが仕留めた仕留めた最後のハガネアリが斃れた。


 途端に大きな尻から親指大の光るものが出て来た。


「お、出た出た……うーん、普通の鉄だなコリャ」


「お、おい猿(マシラ)、これはまさか……」


「そのまさかだよ。ハガネアリは土を削り食べるんだけど、鉄とか銅はこうやって身体の外に出しちゃうんだ」


「じゃ、じゃあ……」


「そそ、詰まるところのウン……」


「い、言わんでいい!」


「でもそれがハガネアリが鉱夫アリとも呼ばれているゆえんだよ。体内の強力な酸で何でも溶かしちゃうんだ。武器として吹き付けて来るから気を付けてね」


「そ、それを早く言わんか!」


「ヌイヌイ、言うなって言ったり言えって言ったり忙しいなぁ」


「イヌイ、また来ましたよ」


 ザリザリという足音がと共に四方から近づいてくる。


「分かりました、姫様はおさがり下さい」


「いえ、私とて冒険者なのです。私も戦います」


 そう言って剣を構えたサクヤの顔は何処か嬉しそうだ。


「し、しかし万一酸をお顔に浴びでもしたら……」


「要は浴びねば良いのです。行きますよ!」


 そう言ってサクヤはハガネアリに突進していく。


「ひ、姫様! ギタン殿! そっちは任せたぞ!」


 イヌイはそう叫んでサクヤの後に続く。


「全く。若さま、さっきの技は使っちゃだめだよ?」


「承知。イヌイ殿の様にやれば良いのだな」


 そう言うやギタンは次々とハガネアリの足と頭を斬り飛ばしていった。




「どうだ? ハガネ石は溜まったか?」


 三アルワ(三時間)程迷宮の中を巡って相当な数のハガネアリを倒し、イヌイがエンに訊ねた。


「うーん、全然でないなぁ」


 エンが厚手の袋に入った鉄や銅の鉱石を見せる。


「出るのは鉄や銅ばかりか……もっとこう、ドーンと出るのはいないのか?」


「いるにはいるけど滅多には出てこないよ」


「イヌイ、焦っても仕方ありませんよ」


「し、しかし姫様……」


 相変わらず楽しそうなサクヤにイヌイは苦い顔をする。


「鉱石も溜まってきたから今日はこれで出ようよ」


「鉄や銅など棄てればよかろう」


「駄目だよヌイヌイ。それは礼儀違反だよ……って若さま?」


 迷宮の奥をじっと凝視していたギタンがぼそりと言った。


「何か来る」


 そう云った途端にそれまでのハガネアリとは一回り以上大きな、色も赤み掛かったハガネアリが猛烈な速さで飛び出してきた。


 赤いハガネアリはイヌイ目掛けて長大で牙のような顎を突き出す。

 反射的に剣を送ったイヌイだが顎はそれを弾いた。


「なにっ!?」


「コイツは騎士アリだよ! 気を付けて!」


 エンの言葉にひるむそぶりも見せずにギタンとイヌイは瞬時に反撃に移る。

 だがイヌイの送った斬撃は赤く分厚い甲殻に弾かれた。


「こいつっ!」


 その隙に送ったギタンの斬撃は騎士アリの足の節に喰いこみ、これを両断する。


「ギシャアアアアッ」


 堪らず騎士アリが吠える。


「イヌイ殿! 節だ!」


「承知!」


 ギタンの声にイヌイも足の節に狙いを定め、これを斬り飛ばす。


 八本中四本の足を失ったにも関わらず、騎士アリはなおも攻撃してくる。

 だが俊敏性は大幅に落ちていた。


「ピシャアアッ!」


 苦し紛れに酸を吹き付けるがギタンもイヌイも難なくかわしていく。


「むん!」


 ギタンの渾身の一撃が騎士アリの頭部を斬り落とす。

 ドウンという重い音と共にその胴が大地に崩れた。


「やった! ほらほら! ハガネ石だよ!」


 エンが声をあげながら騎士アリの胴からひりだされた親指大の鈍色の石をつまみあげた。


「コイツも結局はその大きさなのか……これでは何日かかるか分からんな」


 イヌイがやれやれと云った風に首を振る。


「騎士アリがいなくなったのならこの辺りはもうしばらくはハガネアリは出てこないよ。今日は引き上げよう」


「そうですね、少々名残惜しいですが」


 まだ倒し足りないといった風情のサクヤと一同はエンの先導で地上への帰路についた。


「あのアリどもは金や銀は出さないのか?」


 不意にギタンがエンに訊ねた。


「ハガネアリっていう位だからねぇ。もしかしたらホウライジュの砂金は金の竜の何かだったりしてね」


 エンはそう言って冗談っぽく笑った。


「そうか、そうだなぁ」


 ギタンはぼやかすように頷いたが、それがあながち冗談ではないと言う事は言わずにおいた。






「おや、あの子は?」


 冒険者組合でハガネ石以外の鉱石を換金して出て来たギタンたちの目に、あの山巧族の子供がいた。


「あ、お客さん……」


「どうしたんだい? こんなところで?」


「父ちゃんが……父ちゃんがいなくなっちゃったんだ」


 そう言った子供の目からポロポロと涙がこぼれ始めた。

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