第四話 迷宮の街・前編

その一

 不意に馬車が止まった。


「お客さん、申し訳ない。先で馬車が立ち往生していて」


 前から御者の申し訳なさそうな声が響く。


「うっそー! だってこの道二台はすれ違える広さじゃん」


 そう言って外に顔を出したエンが驚きの声を挙げた。


「うっわー! 大型馬車じゃないか!」


「大型馬車?」


「そうだよ、並みの馬車の倍以上の大きさで馬も八頭位で曳くんだ。昔の大戦の時の要塞馬車から始まったらしいんだけどね」


「それがどうして止まってるんだ?」


「あ……何でだろ? 見て来るね」


「私も行こう」


 エンとギタンは馬車を降りると大型馬車に近づいた。

 何やら数名の頭巾を被った白装束の者達が車軸の周りで黙々と作業をしている。


「ん? 何だ?」


 ギタンが怪訝そうな声をあげた。


「ああ、若さま、似てるけどあれはアイツじゃないよ」


 エンの言うアイツとは幾度もサクヤの命を狙った白装束の男の事だ。


「いや、そうじゃない。あの者達だ。生気をまるで感じない」


「へぇ、そんなことわかるの? って、あれは魔導人形だよ」


 エンが感心して言った。


「魔導人形?」


「魔力で動く人形なんだけど、珍しいなぁ」


「良くご存じですね」


 得意そうに解説するエンに大型馬車から声が掛かった。


 二人が声の方を見ると、透き通るような長く、白に近い金髪が印象的な若い女が馬車の縁に腰を掛けて二人を見つめていた。

 大きな丸い碧眼と何よりも特徴的な長くとがった耳。

 北方の大陸に祖を発する森人族と呼ばれる種族の女だった。


「ああ、すみません。軸が折れてしまって。今替えているので今しばらくお待ちください」


 見つめている二人に女は微笑みながら言った。


「いえ、構いませんが、何かお手伝い出来る事でもあれば」


「ああ、それは助かります。実は車軸の交換に難儀しておりまして」


「これだけデカけりゃあねぇ」


「地面が柔らかくて、私の魔導人形でも持ち上げるのが精一杯でして」


「この魔導人形はお姉さんの?」


「ええ」


「では、私達もお手伝いしましょう」


 何時の間にか馬車の元にイヌイと来ていたサクヤが言った。

 その姿を見て女の目の奥が一瞬だけチカと光った。


 馬車は梃子棒と当て馬で折れた後輪が持ち上げられている。

 今でいうジャッキのような物だ。


「え!?」


「ええっ!?」


 ギタンが太い丸太を削りだした車軸を軽々と担いで嵌めていくのを森人族の女とサクヤたちは驚きの目でみていた。


「す、凄く力がおありなのですね?」


 女が感心したように言った。

 確かにギタンは傍から見れば力がありそうには見えない。


「そうなのですか?」


「魔導人形でも二体掛りなのに……」


 ギタンは何でもない風に鉄の輪が嵌った車輪を嵌め、女の指示通りにかんぬきで固定していく。


「ありがとうございます。お陰で夜からの興行に間に合います」


「興行?」


「はい、私は舞踏劇団の座長をしておりますキギスと申します」


 ギタンの問いにキギスはニコリと笑って答えた。






 ――カベルナ州オードラン


 サクヤ一行を乗せた乗合馬車とキギスの大型馬車は連れ立ってオードラン入り口の門前に到着した。


 それまでの街とは違い、多くの乗合馬車がひしめくように行き交い、多くの人々が街に入っていく。

 その多くが剣を腰や背中に差した、一目で冒険者と分かる者達だが、中には護衛剣士に護られた貴族と思しき身なりの者も混じっている。


「すごいなぁ、この人の数は」


 ギタンが感心の声を上げた。

 山育ちのギタンにとってはこれだけの人出は初めて目にする。


 街の大通りでは左右に露店が立ち並び、どこからか笛や太鼓の音が軽やかに流れている。


「それでは皆さま、このお礼は何時か必ず。ああ、よろしければぜひ興行を見に来てください」


 そう言ってキギスは馬車と共に街中に去っていった。


「そっかぁ、若さま運が良いや。今日はオードランの剣祭りの日だよ」


「剣祭り?」


「オードランにはそれはもうでっかい迷宮があってね。今もたっくさんの冒険者が迷宮探索をしているんだよ」


「ほぅ、それでその剣祭りというのは?」


「迷宮探索には武器が必須だろ? 当然この街には武器だの防具だのの職人も集まってきて、今や武具の名産地にもなってるんだ。それで迷宮探索の安全祈願のお祭りが剣祭りって訳さ」


「なるほどなぁ」


「この祭りの時期には沢山の武具が売りに出されるから、貴族様なんかが沢山来てるんだよ」


 大戦が終結して大量の武具が必要な時代は終わりを告げた。

 だが魔物に対抗するため登録をした傭兵改め冒険者には武具の携帯が許可され、平民は昔から護身用に短刀の所持を認められている。


 その為、切り出した鋼を整形して簡易に焼き入れしただけのいわゆる「数打ち剣」は鳴りを潜め、職人たちが様々な技を駆使して拵えた剣は未だに多くの需要があった。


「私達もこのオードランには用事があるのです」


「へぇ、姫様……もしかして剣を打ちに?」


「ええ、オルダワリデでのお披露目の時には銘剣が必要なのです。オードランには優れた銘匠がいると聞きまして」


「銘匠?」


「ええ、銘剣は銘匠と呼ばれる一級の職人でなければ打てないそうです」


「さっすが姫様、良く知ってる……ってオイラの台詞を取らないでよ!」


「うふふ、たまには私もギタン殿に説明して差し上げたいのですよ?」


「おひい様! そのような事はそこの猿にさせておけば!」


 そんな賑やかな一行に不意に声が掛かった。


「ねぇ剣士様、銘剣を打つのならうちでしていかないか?」


 一同が声のする方を見ると、まだ十歳くらいの小さな男の子が腕を頭の後ろに回して立っていた。


「うん? お前……山巧族かい?」


 まじまじと見たエンが珍しそうに言った。


「そうだよ」


「珍しいな。お前が打ってくれるの?」


「まさか。俺の父ちゃんさ」


「エン、山巧族とは何だ?」


「若さま、山巧族とは北方大陸の……森人族や鬼人族達とおなじ亜人で手先が器用なので有名な部族なんだよ」


「そうなのか」


「浮揚船や魔装甲鎧も山巧族が作り出したって話だし、『銘剣』も山巧族の作は評判が良いんだよね」


「私の剣も山巧族の銘匠の作だ」


 イヌイが腰の剣に手をやる。


「ねぇ頼むよ。ウチで作っておくれよ」


 男の子が真剣なまなざしで一行を見て言った。


「童よ、お前の父は腕は確かなのだろうな?」


「もちろんだよ!」


 訝しむイヌイに男の子は胸を張って答えた。


「ではなぜお前はその様に売り込んでくるのだ? 腕が良ければその様な事をする必要は無かろう?」


「そ、それは……」


「イヌイ、小さな子を困らせるものではありませんよ。一度この子の父君に会ってそれから決めれば良い事でしょう」


「そ、それは……分かりました。すまぬ童、では案内してもらおうか」


「うん、ついてきてよ!」


 そう言って山巧族の子供は踵を返した。




「父ちゃん! お客さんだよ!」


 子供の弾んだ声が埃っぽい工房にこだまする。


「うわぁ……」


 エンが思わず落胆の声を上げた。


 そこかしこに放り出されたままの槌や金床にはうっすらと埃が積もり、もう長い間使われていない事を伺わせた。


 さらに鍛冶師の要、命といえる炉には火が全く入っていない。


 そんな工房の奥、酒樽に埋もれるように毛皮を着た小男が寝ころんでいた。


「うぃっ……なんでぇ……アンタら……」


 起きあがったのは髪も髭も伸ばし放題の山巧族だった。

 呑んだくれているのが遠くからでも分かるほどに顔は赤く酒臭い。


「父ちゃん、お客さんを連れて来たよ! この人が銘剣が欲しいんだって」


「銘剣だぁ?」


「はい。この子が貴方は優れた銘匠とお聞きしました。是非銘剣を一振り打って頂きたいのですが」


「……悪ィが剣は作れねぇな。帰ってくんな」


 サクヤを一瞥して父親は言った。


「そんな! 父ちゃん折角来てくれたんだよ!」


「うるせぇ! 余計な事をするんじゃねぇ!」


「ひぅっ……」


 父親の怒声に子供は声を詰まらせた。


「おい、その子はお前の為と我々をここに連れて来たんだぞ?」


「……作りたくても材料が無きゃあ作れねぇんですよ」


 非難の色がこもったイヌイの声に父親は頭を掻きながら半身を起こした。


「材料が無い?」


「へぇ……去年から地下迷宮で急にハガネ石が取れなくなっちまった。だから銘剣が打ちたきゃ自分でハガネ石を迷宮に取りに行くしか無いんでさぁ」


「だが、ほかの店は潤沢に品があったようだが?」


「迷宮から取れたハガネ石や鉄鉱石は城で管理して職人に降ろされるんですが、ハガネ石はたまに出ても人族の職人に優先的に降ろされて、我々山巧族には今は殆ど回ってはきませんでさぁ」


「そうなのか……」


「おかげで沢山いた山巧族の鍛冶師も皆余所に行っちまって、今は俺だけ。それでもハガネ石は回ってこない。そういう事です。すまねぇが他をあたってくだせい」


 そう言うと父親は背中を向けて寝込んでしまった。


「ごめんよ……お姉さん……」


 すっかりしょげた子供が店の前で絞り出すように言った。


「良いのですよ。ハガネ石が無ければ仕方ありません」


「おひい様、別の銘匠を当たった方が良いのでは?」


 イヌイの言葉に男の子がハッと心配顔でサクヤを見る。


「いえ、決めました。この子の父親に是非打ってもらいましょう」


 その言葉に男の子の顔がぱぁっと輝いた。


「しかし、ハガネ石とやらが手に入らないのであれば……」


「私にいい考えがあります」


 やおらサクヤが声をあげた。


「この子の父親が言っていたではありませんか。ハガネ石が買えなければ自分で取りに行けば良いのです」


「「はぁ?」」


 エンとイヌイが同時に声を上げた。

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