その四
雄叫びをのような声をあげながらガダンデが手を振りながら両者の所にやってきた。
「待て待て待てぃ! 曲がりなりにもボンベルジは侯爵家の剣技指南! これ以上の手出しはならぬぞ!」
「なんだって! そんなの有りかい!」
「イヌイ・フォンディフォンよ! お主はその場を動くでない! 動けば国家に対する反逆とみなし、お前の父親や使用人も皆捕らえるぞ!」
「なんだいそりゃあ! ムチャクチャだぁ!」
「そうだそうだ!」
「不公平なんて話じゃねぇぞ!」
エンの罵声に観客も同意の罵声を浴びせる。
「やかましい! 異議のある者は皆捕らえるぞ!」
ガダンデの怒声が会場に響き、警備の門下生たちが一斉に剣を抜くと、会場は静まり返った。
「……」
『スイレン』を纏ったイヌイがファーデン、そしてサクヤを見る。
二人が頷くや『スイレン』は剣を構えた。
「この場を動かなければいいのだろう」
ヨロヨロと立ち上がった『ノウゼンカズラ』も剣を構える。
「へっ、へへへっ、う、動くなよ……」
ボンベルジの声と共に剣を振り上げた『ノウゼンカズラ』が『スイレン』に斬り掛かる。
だが『ノウゼンカズラ』は『スイレン』の繰り出した胴打ちで吹き飛び、再び地べたにゴロゴロと転がった。
「げっぶぅぅぅぅっ!」
「あぎゃあおっ! い、いたひ! いたひぃぃぃっ! う、うごか! うごい! うごっ! うごごごごっ!」
悶絶する様に転がりまわる『ノウゼンカズラ』からボンベルジの悲鳴が響き渡った。
「き、貴様! 儂の言葉が聞こえなかったのか!」
「元より代官殿が仰ったのはその場を動くなとの事。私は先程から全く動いておらぬが」
「き、貴様! 騎士団への推薦を棒に振るつもりか! フォンディフォン家の悲願ではなかったのか!」
「その様な奸計を受けての騎士団であれば真っ平御免被る」
「お、おおおお、おのれ! 乱心だ! こ奴らは乱心者だ! 斬れ! 皆斬ってしまえ!」
ガタンデの声でバラガ剣技指南所の門下生たちが一斉に『トリカブト』を纏う。
「仕方ありません! ギタン殿!」
「承知。エン、ファーデン殿を頼むぞ」
「任せて! 若さま!」
余りの無理に倒れかけてたファーデンを必死で支えていたエンが応える。
「装喚! 『リンドウ』!」
黒い魔装石を構えて叫んだギタンの頭上に黒い魔法陣が現れ、漆黒の鎧が湧き出されて纏わりつく。
「ギタン殿! 殺めてはなりませんよ!」
「承知」
そう言うや『リンドウ』は脇にあった予備の試合剣を二本取ると両手に構えて無造作に近くの『トリカブト』を殴りつけた。
一瞬で『トリカブト』は地べたに大の字になる。
「な、何だコイツ!」
そう呻いた『トリカブト』が斬り掛かる前に『リンドウ』の横薙ぎを喰らって別の『トリカブト』に激突する。
「ぎゃひっ!」
「げひゃっ!」
「な! 何をしておる! 相手はたかが一体ではないか! 囲め囲め! ヘアルジデン円殺の陣!」
ボンベルジの号令でトリカブトたちがギタンを取り囲む。
「
その合図で半数は上段からの斬撃、半数は下段からの突きを放つ。
だが『リンドウ』はそれよりも早く一体の『トリカブト』目掛けて滑り込むと下段からの斬り上げでその『トリカブト』を弾き飛ばし、回転しながら両脇の『トリカブト』も殴り飛ばした。
「ぎゃっはぁっ!」
「ぴぎぃっ!」
その反動で円陣が崩れる。
「ひ、必殺の陣を……何なんだ……アレは……」
呆然とするボンベルジに影が差した。
「あひゃ?」
見上げると『スイレン』が剣を振り上げていた。
「あっきゃあああああっ!」
絶叫しながら『ノウゼンカズラ』は這いつくばって逃げ惑う。
そのあまりの無様な姿に、思わず観客から笑いが漏れる。
「ひっ! ひいぃ! だ、誰かっ! おいっ! 僕を助けろっ!」
だが門下生の『トリカブト』は次々と『リンドウ』に打ち倒されていき、誰もボンベルジの助けに回る者などいない。
「立て! 立って剣を取れ! それでも剣技指南役か!」
『ノウゼンカズラ』を見下ろす『スイレン』からイヌイの容赦ない声が響く。
「ひっ! ひひっ! ひひひぃっ!」
「どうしたー! 剣を取れー!」
観客からも容赦ない罵声が飛んだ。
「ちっちちちちっちくしょお!」
立ち上がった『ノウゼンカズラ』が肩から実剣を取った。
観客の罵声がどよめきに変わる。
「舐めやがって! 舐めやがってぇ!」
「……」
『スイレン』はそのまま仕合剣を構えた。
「舐めんじゃねぇぞおおおおっ!」
雄叫びと共に実剣を振りかぶった『ノウゼンカズラ』が『スイレン』に突進する。
だが、『スイレン』の仕合剣が揺らめく様に動いた直後、猛烈な下段斬り上げによって『ノウゼンカズラ』は宙高く吹き飛ばされた。
「奥義、『紫電』」
きりもみしながら地面に『ノウゼンカズラ』が文字通り墜落した。
「べえっぷぅっ!」
その打撃と墜落の衝撃で『ノウゼンカズラ』の前面装甲が吹き飛び、鼻水を垂らしながら恐怖の顔を浮かべたボンベルジが現れた。
「ま、待て! 待ってくれ! こ、これじゃもう戦えねぇよ!」
「ガダンデ公は父上に言ったそうではないか。剣技指南役ならば生身でも戦えようと」
「し、知らねぇ! 俺は関係ねぇ! い、今までの事は謝る! 勘弁してくれ!」
半壊した『ノウゼンカズラ』を纏ったまま、ボンベルジは地べたに這いつくばった。
「……勝者は?」
呆然とその様を見ていた裁判官にイヌイが聞いた。
「あ……う……」
「勝者は?」
「イ……イヌイ……フォンディフォン」
イヌイの気迫に押された裁判官がそう言うや、会場が大きく沸いた。
イヌイは『スイレン』を解装すると一礼して踵を返す。
その瞬間をボンベルジは待っていた。
半壊した『ノウゼンカズラ』を纏ったままやおら立ち上がるとイヌイに斬り掛かる。
「死ねぇぇ!」
下からの斬り上げをイヌイは待っていたかのように飛んでかわす。
「イヌイ殿!」
そう叫んでギタンが投げたイヌイの剣を空中で掴んで引き抜き、着地と同時に構えた。
「へっ、へへへっ! い、良いのかよ? 着装しなくて」
「今のお前など、生身で十分」
「言ってくれる! その余裕を今すぐ後悔させてやるわぁ!」
だが、半壊した『ノウゼンカズラ』の剣をイヌイはかわしていく。
「な! 何故だ! 何で当たらねぇ! くそっ! くそぉっ!」
剣を大ぶりに振り下ろした『ノウゼンカズラ』を踏み台に駆け上がったイヌイの身体が高々と舞い、日の光に紛れた。
「うぉっ! 眩しっ!」
その光の中で何かがきらめく。
「ちぃっ!」
ボンベルジが渾身の力で斬り上げた剣の先にはイヌイはおらず、虚しく宙を斬った。
「あな?」
間の抜けた声を出したボンベルジの面前に不意にイヌイの顔が現れた。
高く掲げた剣の柄をクルリと回すと柄頭でボンベルジのみぞおちを突いた。
「ぶぐぅっ!」
くぐもった声と共に顔面を紫色にしたボンベルジが仰け反るように倒れた。
余りにも鮮やかかつ、半壊していたとはいえ生身で魔装甲鎧を倒すというその技に会場は再び静まり返った。
「む、無効だ! この決闘裁判は無効だ! 無効無効!」
その中でガタンデが口から泡を飛ばし、手をブンブン振りながら叫ぶ。
「往生際が悪いですよ! ガダンデ公!」
その目前に使用人服を着たままのサクヤが立った。
「な、何だ小娘! 使用人の分際で!」
その罵声を無視してサクヤは魔装石を取り出し構えた。
「装喚! 『オウカ』!」
「な! 『オウカ』?」
サクヤの声と共に頭上に現れた白い魔法陣から鎧が湧き出し、サクヤはそれを纏っていく。
「は、花吹雪の魔装甲鎧……まさか……」
「控えろ! こちらにおわすのは王国第一王女サクヤ姫なるぞ! 図が高い! 控えぬか!」
愕然とするガダンデに追い打ちをかけるようにサクヤの脇に立ったイヌイの声が飛ぶ。
「はっ、ははぁっ!」
慌ててガダンデは地面に這いつくばった。
「ボーブリント代官ガダンデ・バーデ! 貴公の所業、このサクヤしかとこの目で見させて頂きました。既にアグハ候には書状を送ってあります。候の沙汰あるまで謹慎蟄居を命じます!」
「は……ははぁっ!」
ガダンデは力尽きたように更に平伏した。
その沙汰を聞いた観衆から再び大歓声が湧き上がる。
「イヌイ、よくやってくれました」
「姫様……」
右手を挙げて歓声に応えながら言ったサクヤの言葉に、イヌイは感に堪えた表情を浮かべながら膝まづいた。
――翌日
「では父上、行ってまいります」
蟄居が解けた事で当地の神官から治癒魔法を受けて回復したファーデンにイヌイが言った。
「うむ、立派にお勤めを果たすのだぞ」
「はいっ」
「ファーデン、再び剣技指南役として頼みましたよ」
「はっ、姫様の心遣い、有難く頂戴いたします」
ジベアの手配した馬車がやってきて皆が乗り込もうとした時だった。
「ああ、イヌイよ。お勤めが終わったら必ずギタン殿と戻ってくるのだ。準備をして待っているぞ」
「は? 準備? 何のです?」
「勿論結婚じゃ」
「はぁぁっ!?」
「まぁ」
「へぇ」
「?」
「ななな! 何でそうなるのです!」
「勿論、跡継ぎよ。ギタン殿なら婿として申し分ない。息もぴたりと合うておったしのう
」
「ちっ! ちちちちちうえ! わっわわわたしとギギギタン殿はけっけけけしてそそそそのような仲ではぁっ!」
「照れるでない。吉報を楽しみに待っておるぞ」
「なっ! 何の吉報ですか! だっだから違うのです!」
「いや~ヌイヌイの父上、元気になったら性格まで変わったのかねぇ」
「私も少し驚いた……って違う! 違うからな!」
「何が違うのですか?」
「わっ私は!」
そう言ってイヌイはサクヤを見た。
「はい?」
「ああああー!」
「いや~ヌイヌイやっぱ親子だわ~」
「マ、猿! きっさまー!」
「サクヤ殿、私には婿とかサッパリ分からんのですが」
「そうですねぇ……」
「ひっ、おひい様! 説明しなくてよろしいですから!」
ファーデンとジベアが見送る中、必死そうなイヌイの声を響かせた馬車は次の地へと発っていった。
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