その四

「ポ、ポーリアさん!?」


「……ヤアアアッ!」


 兜を下ろしたポーリアの魔装甲鎧『アマリリス』が気合いと共に槍剣を突き込む。

 辛うじて『オウカ』は剣で受け流した。


 間髪入れずに流れるような突きの連撃が繰り出される。


〈この動きは!〉


「……」


 ポーリアが呪文を詠唱すると『アマリリス』の持つ槍剣がうっすらと白い輝きを帯びだした。


「雷刃撃!」


 鋭く振り下ろされた槍剣を『オウカ』は後ろに飛んでかわす。

 振り下ろされた床が一瞬白い光に包まれる。


〈雷魔法まで!〉


 それはポーリアが一級の聖護騎士であったことを示していた。


「ポーリアさん! どうしてあなたが!」


「……ラビークは孤児院にお金を出していたんです」


 チロチロと炎が揺らめく中に立つ『アマリリス』からうめくような声が響く。


「何ですって!?」


「も、勿論慈善の心からなどではありません、引き換えにわ、私の……私の身体を……」


「……!?」


「最初は……寄付をお願いに行ったのです……でも、アへルタンを嗅がされて……気がついたら……でも……目の前に出されたお金に……私は……私は手を……」


「ポーリアさん……」


「だ、だから! あなた達がしていることは院の……子供達の明日を奪うんです! だから!」


「あなたはラビーク達が何をしているのか知っているのですか! アへルタンの為に大勢の人が苦しんでいるのですよ!? そんなお金なのですよ?」


「ええ! ええっ! 分かっています! 分かっていますとも! それでも! 私にとっては子供達の命を繋ぐ大事なお金なんです!」


「ポーリアさん……」


「国が何をしてくれたと言うのです! 僅かばかりの支援金では子供たちに麦粥すら満足に食べさせてやれない! なのに地税や人頭税は平気で取っていく! ラビークの金がなければとっくの昔にあの子達は飢え死にしていたんですよ!」


 気迫というよりは怨念のこもった突きが次々と打ち込まれる。

 だが『オウカ』はひたすらかわすのが精一杯だ。


「挙げ句にあなた達が全てを奪おうとする! させない! 世直し遊びに現を抜かしているあなた等に子供達は奪わせない!」


『アマリリス』が槍剣を掲げ、呪文を詠唱する。


「――重縛鎖!」


「なっ!」


 途端に『オウカ』が拘束結界に捕らわれる。


「……ア……う……」


『オウカ』は逃れようともがくが結界はびくともしない。

 それは天帝魔法とも呼ばれる極めて難度の高い魔法だった。


「本当はこんなこと……したくなかった……でも、でも仕方ないの……ごめんなさい!」


 悔恨の言葉と共に白雷を帯びた槍剣が『オウカ』の眉庇に狙いを定めた。


「くっ!」


 だが、バキンという音と共に槍剣が弾かれ、折れた刃が宙に舞った。


「あうっ!」


 傍らでいつの間にか『リンドウ』が左手から伸ばした剣で弾いた。

 すでに二十体以上いた『トリカブト』は地べたに這ったまま動きを止めていた。


「ギタン殿!」


「ギタン……さん?」


 ポーリアの言葉に無言で『リンドウ』はゆっくりと近づいていく。

 その魔装甲鎧から発せられる異様なまでの気迫と剣気は元聖護騎士であるポーリアをも十分すぎるほどに畏怖させた。


「い、いや……こ、来ないで……」


 その言葉も聞こえないかのごとく『リンドウ』は歩を進める。


「こ、来ないでぇ! ーー重縛鎖!」


『リンドウ』に結界が張られ、一瞬歩みが止まる。


 だが、パキンという音と共に虹色の光が輝くと、『リンドウ』は平然と歩みを続けた。


「そ、そんな……ーー重縛鎖! ーー重縛鎖! ーー重縛鎖!」


 恐怖に顔をひきつらせながらポーリアは必死に呪文を放つが『リンドウ』は意に介さない。


「い……いや……」


『リンドウ』が瞬速で右手の剣を跳ね上げた。


「きゃああぁっ!」


 悲鳴と共に『アマリリス』の前部が吹き飛ばされ、ポーリアの姿が露になる。


 勢い尻餅をついたポーリアを見下ろすように『リンドウ』が屹立した。


「あ……ああ……」


 最早戦意を失い震えるだけのポーリア目掛けてリンドウはゆっくりと剣を構える。


「ギタン! いけません!」


 その言葉に『リンドウ』の動きが止まった。


 結界が解け、動けるようになった『オウカ』が『リンドウ』に駆け寄る。


「ギタン殿……この人は殺してはなりません」


『リンドウ』はその言葉に剣を下ろした。


「うっ……ううっ……うううっ……」


 壊れた『アマリリス』からポーリアの嗚咽が聞こえる。


「ニーア……ダヤン……トッペ……みんな……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 子供達への贖罪が悲しく響く。


 サクヤもまた悲しげな顔で見つめるしかなかった。





 護衛の剣士とラス・ヘラスを引き連れラビーク公は浮揚船に走る。


「あ、あの船のアへルタンが侯に知られれば! わ、儂は破滅じゃぁっ!」


「あっそう、じゃあ破滅して貰おうか」


「だっ! 誰じゃ!」


 浮揚船の中から二つの影が現れた。


 先回りしていたエンとイヌイだ。


「サイパ代官マフ・ラビーク! お前の悪事の証拠は全て押さえた!」


「そうら! これが証拠だよ!」


 エンが投げた『香油』と書いた札の貼ってある壺がラビークの足元で割れ、独特の甘い匂いを発する粘液が散らばった。


「ああっ! な、なんてことを! ええい斬れ! 斬り殺せ!」


 飛び散ったアへルタンをかき集めながらラビークが護衛剣士に叫ぶ。


 その声を受けて剣を抜いた護衛剣士達が二人に殺到した。


「ヌイヌイ! 頼むよ!」


「その呼び方はやめい! なぜ私がお前に指図……」


 エンに向かって文句を言うイヌイに向かって護衛剣士が斬り込む。


「ぐはっ!?」


 だが一瞬早く抜いたイヌイの剣が護衛剣士をなで斬っていた。


「ちっ、畜生!」


 短剣を抜いたヘラスが斬り掛かるがイヌイは苦も無くかわすと、ヘラスの頭を剣面でひっぱたく。


「げぴうっ」


 カエルのような声をあげてラス・ヘラスは昏倒した。

 すかさずエンが手慣れた様子で縛り上げる。


「曲がりなりにも士爵に剣を振りたくはない。大人しくご同道願おうか?」


 イヌイが凄みのある声でアへルタンをかき集めていたラビークに言った。


「ん?」


 だがラビークの様子がおかしい。

 かがんだ姿勢でブルブルと震えている。


「おい?」


 不審に思ったイヌイが鞘でラビークを小突くとゴロンとひっくり返る。


「ハニャパー」


 その顔は既に幸福感を通り越し、瞳にはもはや知性の輝きは無かった。


「あーあ、これだけの量吸っちゃぁそりゃあ一気に駄目になるよなぁ」


 エンが腰に手を当ててあきれ顔で覗き込んでいた。





 ――数刻後。


「サクヤ姫様におかれましてはまことに御見苦しい様を晒しまして、真に慚愧の念に耐えません」


 騒ぎを聞きつけ自ら騎馬で衛兵を率いて馳せ参じた血気盛んな領主、ワムサラ・ダイシャは『オウカ』を見るなり馬から転げ落ちるように平伏した。


 その脇をヘラスと廃人と化したラビークが兵に連行されていく。



「では、ダイシャ殿、宜しいですね」


「はっ、ラビークの財産は没収、全額を聖女様の営む孤児院へ寄贈する旨。直ちに布告を出します」


「お手数をおかけします」


「いえ、姫様と聖女様のお力でわが領地に巣くう膿を搾れたと思えば、この程度の事など」


「ありがとうございます」


「つきましては姫様の領内での御移動は我々が責任を持って行いたいと存じますが」


「ご配慮感謝します。ですが密命の旅ですので謹んでご辞退させて頂きます」


「そうですか……では姫様、せめて馬車の支度だけでもさせて頂きたいと存じます」


「ありがとうございますダイシャ殿、その厚意、感謝致します」





「やはり……領主様にしてみればこの程度の事なのですね……サクヤ様にとっても……」


 ダイシャの乗った騎馬を見送りながらポーリアがポツリと言った。

 王女であるサクヤを手に掛けようとした以上、死罪は免れないと覚悟していたポーリアにとっては意外な沙汰だった。


「ポーリアさん……」


「分かっています……これで子供たちの命が……明日が繋がったと言う事も……でも……」


「ポーリアさん、日々を懸命に、必死に生きているあなたには私のしていることは世直し遊びに写るのでしょう……その通りだと私も思います」


「サクヤ様……それは……」


「良いのです。でも、それでも私は一人でも多くの人を、せめて目の前にいる人だけでも救いたい……そう思ってこの旅に出たのです」


「……」


 ポーリアの瞳から涙が溢れ出た。


 聖護騎士として血の滲む研鑽を積んだものの、平和な世となり騎士団は解散した。

 神官を志してサイパに流れ着いたときに目の当たりにした孤児院の惨状。


 その時の気持ちが改めてポーリアの胸に蘇る。


 静かに、そしてとめどもなく涙する聖女を、サクヤと共にギタン達は優しく見守っていた。






「それでは今度こそ本当のお別れですね」


 孤児院の前で子供たちと一緒に並ぶポーリアにサクヤは笑顔で言った。


「サク……サクラさん……ギタンさん……イヌイさん……エンさん……本当にありがとうございました」


 そう言うポーリアの顔には幾ばくかの笑顔が戻っていた。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん! また来てくれる?」


 涙を堪えながらニーアが訊ねた。


「ええ、必ずまた来ます。その時までみんなポーリア様の言う事をよく聞くのですよ?」


「うん! 約束だよ!」


「やくそくー!」


「たくそくー!」


 孤児一人一人に指を絡ませるサクヤをイヌイは複雑な表情で見ていた。


〈必ずか……だが、姫様は……〉


 領主ワムサラ候の仕立てた馬車はサクヤの要望からか至極普通の馬車だった。

 その馬車の中で、サクヤは何かを考えるように遠くをみている。

 堪らずにイヌイが言った。


「姫様、ポーリア殿の言った事、あまり気になさらない方がよろしいかと」


「ええ……でも、気になります」


「ひ、姫様の為されている事は決して遊びなどではございません! それはこのイヌイが一番……」


「ああ、その事では無いのですよ」


「へ? で、では何を……」


「ええ、ポーリアさんが仰っていた『引き換えに身体を』というのがどのような事なのかと」


「はあぁっ!?」


「イヌイ、知っているなら説明してくださいな」


「し、知りません! 知りませんとも! な、ななんの事やらさっぱりです! ハイッ!」


「そうですか。ギタン殿はご存じで?」


「いえ、私もさっぱり」


「オイラ知っモガゴゴゴ!」


「マ、猿……いや、エンよ、迂闊な事を言うのは止め給えよ」


 鬼気迫る笑顔でイヌイはエンの口を塞ぎながら言った。

 顔を紫にしたエンの手が横にヒラヒラと振れる。


 そんな賑やかな馬車を見送るように一陣の風と共に色とりどりの花びらが舞っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る