その三


 ――サイパ代官マフ・ラビークの屋敷



「ラビーク様! ラビーク様!」


 広い屋敷にヘラス団頭目ラス・ヘラスの甲高い声が響く。

 普通であれば当然門前払いどころか捕縛に値するが、裏家業に手を染めているラビークはヘラスには昼夜を問わずの面会を許している。


「無粋な奴め、何事だ」


 部屋に入ったヘラスの前にバスローブのような外套を羽織った禿げ頭の中年男が仏頂面で立っていた。

 幕が下がった奥の寝台には息を荒くついた金髪の女の背中が見える。


「こ、これは申し訳ございません。ですが、この者が火急のお話があると……」


 ラビークとは対照的な細面で神経質そうな顔のヘラスが言い終わらないうちに白装束の男が入ってきた。


「んん? 何だ貴様は」


「ラビーク公、貴公に取って重要な話がある。穏便に澄ませるためにこの者に仲立ちを頼んだのだ」


 相手が士爵だというのに対して挨拶も名乗りも無く、この物言い。

 だがその男はそれをまかり通せるだけの威圧感を持っていた。


「ふん、穏便にか。それで?」


「この街に入ってきた四人組の事だ」


「四人組? ああ、孤児院に寝泊まりしているという……」


「それよ。そ奴等は貴公の隠し畑を探っておるぞ」


「何だと!」


 喉を潤そうと酒の入った銀杯に伸ばしかけた手が止まった。


「恐らくは王国の巡検吏であろうなぁ」


「じゅ、巡検吏だと……」


 巡検吏とは王国中央から諸州の情勢を調べ、報告する官吏の事だ。

 公式に名乗って巡る者もいれば、商人や冒険者の姿で極秘に探る隠密と呼ばれる者もいる。

 諸侯や地方を預かる代官に取っては厄介な存在といえた。


「くっ、何ということだ。しかし何故それを儂にわざわざ教えに来た」


「それは貴公の知らなくてもいいことだ。だが人の厚意は素直に受け入れるもの。貴公も隠し畑とアへルタンの密造が露見して家名断絶の憂き目には合いたくなかろう」


 麻薬の密造は当然重罪だ。それは士族で要職に就くラビークであっても免れない。

 露見すれば全ての財産を没収された上、終身刑は確実だった。


「……貴様、中央の……まさか特……」


 白装束の覆面の奥の瞳がスッと細くなった。


「それ以上言うなら私が今すぐ発覚させても良いのだぞ?」


「くっ……何が望みだ」


「貴公があの四人を抹殺してくれればそれで良い。そうすれば貴公の内職は表沙汰にはなるまいよ」


〈これではまるっきり脅迫ではないか……〉


 ラビークは心中で毒づいたが、目の前の男が本当に王国特殊任務作戦群、通称特任群の者ならそれこそ即座に身の破滅だ。


 陽の巡検吏に対して特任群は影。

 突如病死と発表された士族や諸侯の裏に特任群が暗躍していたとの噂は枚挙にいとまがない。


「わ、分かった。その話、引き受けよう」


 たかが四人を抹殺すれば今の裏稼業は保証される。

 少なくとも特任群に対しては目こぼしの材料が出来たことになる。

 ラビークにしてみれば悪くない取引だ。


「言っておくが連中は相当の手練れが揃っている。魔装甲鎧も三体確認されている」


「何だと!」


 それでは話は別だった。

 いくら屈強なゴロツキが何人いても一体の魔装甲鎧には絶対に敵わない。

 文字通り魔装甲鎧は一騎当千の能力を持っているのだ。


「慌てるな。コイツも付けてやる」


 白装束は床にバラバラと『トリカブト』の魔装石をばら撒いた。


「こ、これは……」


「だが用心して掛かれよ? 一体は底知れぬ強さだ」


「心配は要らん。儂にも奥の手はある」


 脇の卓に置いてある装飾の施された紫の魔装石を撫でながらラビークは粘るような笑みを浮かべた。




 まだ日も昇らないうちにギタン達四人は孤児院を発ってラビークの屋敷にやって来た。


「この屋敷で生成されたアへルタンはあの蔵に収めてあるんだ。これからあっちの浮揚船に積み込みが始まるんだ」


「ではその前に押さえましょう」


「しかしマシラよ、良くそこまで調べられたな」


「へへっ」


 感心するイヌイにエンは得意そうに鼻の下をこすった。


『でもポーリアさん、今日もまだ帰って来なかったね』


「ええ、ですがこの件にポーリアさんを巻き込む訳にはいきません。事が済んだら私がきちんとお話しします」


「……」


 サクヤの言葉をギタンは無言で聞いていた。



「あの穀物蔵だよ」


 エンはラビークの屋敷の隣にある体育館程の倉庫を指さした。


「では皆気を付けて。参りましょう」


 サクヤの言葉を合図に四人は入り口に駆け寄り一気に戸を開けた。


「えっ!?」


「何もない?」


 倉庫の中はガランとしている。

 アへルタンはおろか、ゴミクズひとつ無い。


「そんな! オイラが忍び込んだ時には!」


「はーっはっはっはー! 残念だったな! ネズミども!」


 反対側の入り口から野太い笑い声が響いた。


「!」


「何を捜しに来たのかは知らんが不届きな奴め!」


「そんな! ばれてた? 何で?」


「あなたがラビーク公ですね?」


 一歩進み出たサクヤが声を上げた。


「いかにも儂がサイパを預かるマフ・ラビークよ。巡検吏殿」


「巡検吏? 何の事です?」


「とぼけても無駄よ。貴様らが隠密巡検吏だという事はとっくに分かっておる」


 脇にいたヘラスが右手を上げると、入口からヘラス団のいかつい面々が入ってきた。

 一昨日花を取り上げた者も混じっている。


「嗅ぎつけたのは大したもんだが、ここで消えて貰おう。やれっ!」


 ヘラスの号令と共にヘラス団の面々は赤い魔装石を取り出すと、『トリカブト』を纏っていく。


 たちまちギタンたちはニ十体以上の『トリカブト』に囲まれた。


「仕方ありません、イヌイ! ギタン殿!」


「承知」


 サクヤが魔装石を出すのに続いてギタンも魔装石を取り出す。


「装喚! 『オウカ』!」


「装喚 『リンドウ』」


 サクヤとギタンの頭上に展開された魔法陣から、湧き出した鎧を纏っていく。


 だが、イヌイは魔装石を握ってうつむいたままだ。


「イヌイ!?」


「も……申し訳ありません姫様……やはり……私は……」


「ヌイヌイ! どうしたんだよ!」


「くっ!」


 うつむいた視線の先の魔装石が震えている。


 だが、ラビーク達の視線はサクヤの纏う『オウカ』に注がれていた。


「あ、あれは……肩に花吹雪の魔装甲鎧……まさか……」


「あの魔装甲鎧がどうかしたんで?」


 何かを振り払うようにかぶりを振ったイヌイが声を張り上げる。


「控えよ! このお方こそオウレンザルカ王国第一王女! サクヤ姫なるぞ! 図が高い!」


 その声にラビーク達は動揺の色を顔に浮かべた。


「や、やはりサクヤ姫! あ奴騙しおったな!」


 相手が王国第一王女ならばラビークにとっては巡検吏よりも悪い、最悪の相手だ。

 歯向かえば反逆罪で死罪は免れない。


 思わず平伏しようとしたラビークだったが、踏みとどまると叫んだ。


「ええい、どの道死罪になるなら同じ事よ! ヘラス! やれ! アイツらを始末しろ!」


「へ、へいっ! 野郎ども! こいつらをここから出すな!」


「おう!」


 ヘラスの号令一下、『トリカブト』が襲い掛かる。


「ギタン殿! 頼みます!」


 サクヤの声にギタンの纏う漆黒の魔装甲鎧『リンドウ』が前に出る。

 右手の手甲から漆黒の剣が伸びていく。


「ひゃぎゃあっ!」


 悲鳴が上がり『トリカブト』の一体が崩れ落ちた。


『リンドウ』の漆黒の剣が『トリカブト』の頑丈な装甲を容易く斬り裂いていた。


〈あの剣は……一体〉


 そう思うサクヤの『オウカ』に別の『トリカブト』が斬り掛かる。


「ふっ!」


 気合と共に剣を流し、『トリカブト』に斬り返す。


 だがその分厚い装甲に弾かれる。


〈ならば!〉


「いりゃあああっ!」


 気と魔力を剣に送り、装甲の隙間を目掛けて斬りつける。


「おがっ!」


 腹部を斬られた『トリカブト』は前のめりに倒れた。


「ええい! 魔装甲鎧は二体だけだ! 押し包んで殺せ!」


 ラビークの激が倉庫に響く。


「エン! イヌイ! ここは私達が引き受けます! 二人は浮揚船のアへルタンを抑えてください!」


「分かった! 若さま! 頼んだよ!」


「姫様! それでは私の任が!」


「イヌイ! それも大事な任です! 頼みましたよ!」


「は、はっ! 畏まりました!」


 イヌイとエンは浮遊船を目指し駆けて行った。


「サクヤ殿、ラビークとやらを逃さぬように」


 二体目の『トリカブト』を斬り飛ばした『リンドウ』からギタンの声が響く。


「分かりました。ここをお願いします」


『オウカ』は一気に跳躍すると、ラビークの前に降り立った。


「グゥッ!」


「ラビーク公! 観念しなさい!」


「ちっ! おい! お前も出ろ!」


「……はい」


 聞き覚えのあるか細い返事と共にラビークの背後から現れた人影にサクヤは目を疑った。


「ポー……リア……さん?」


 それは紛れも無くポーリアだった。

 孤児院で子供たちに見せている笑顔は無く、浮かべた悲壮な面持ちはまるで別人にも見えた。


「どうして……」


 サクヤの言葉には答えず、ポーリアは装飾で覆われた紫の魔装石をかざす。


「……装喚! 『アマリリス』!」


 紫色の魔法陣がポーリアの頭上に現れ、白い魔装甲鎧が湧き出す。


「な!?」


 サクヤの目の前で、ポーリアは『アマリリス』を纏っていく。


「そんな……」


 サクヤもその魔装甲鎧の由来は知っている。

 苛烈な槍剣技と天帝由来の聖魔法で知られるネルフィティカ神皇国のフェクテ聖護騎士団の魔装甲鎧。



「サクラさん……いいえ、サクヤ様……お覚悟を!」


 中から響くポーリアの声と共に『アマリリス』が肩の巨大な槍剣を取って構えた。

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