その二

マシラ、お前魔導士だったのか?」


ひとしきり子供たちと遊んだ後、通された部屋でイヌイがエンに聞いた。


「なに子供たちと同じ事言ってるのさ。あれは奇術。魔法とは全然違うよ」


寝台に寝ころびながらエンが呆れたように言った。


「それでも大したものですね」


サクヤも初めて見る奇術に感心する事しきりだ。


「まぁ、生きていくためには……ね?」


「しかし姫様、あの男達、妙でしたね」


「ええ、たかが花一本であの騒ぎよう……一体」


「教えてあげようか?」


「お前知っているのか?」


「あれはシギフ草って言ってね。アへルタンの原料さ」


「アへルタンだって!」


その名を聞いてイヌイの表情が強張った。


「何だ、そのアンポンタンとは」


「アへルタンだよ若さま。すんごく強い麻薬の原料さ」


「麻薬?」


「吸ったり嗅いだりすると、気持ちよくなったり幻覚を見たりする薬の事だよ。特にアへルタンはすぐに頭が駄目になっちゃうんだ」


「私も聞いたことがあります。毎年多くの人が廃人になって苦しんでいると」


「だがアへルタンは禁制の品だ。まさか……」


「ここのどこかでシギフ草を栽培してアへルタンを密造してるんだろうね」


「そんな……」


「シギフ草を栽培してるのが漏れちゃ困るだろうからあの連中はあんなに慌ててたんだろうね」


「これは……見逃すわけにはいきませんね」


「ヘラス団とか言っていたな。あの連中」


「ポンゴ団もそうだけど、要はゴロツキどもの集まりだよ」


「でも栽培ともなると一介のゴロツキが出来る事とも思えませんが……」


「では、明日私とエンで調べてきましょう」


「ギタン殿が? よろしいのですか?」


「ええ、野山を駆けまわるのは慣れてますから」


「そうですか、では是非お願いします」


その時扉の外から声が掛かった。


「あの……よろしいでしょうか」


「あれ、ポーリアさん?」


「お話中ごめんなさい、お食事が出来ました」




広間の食卓には煮豆と根菜を煮込んだ物が並んでいた。


「お口に合うかどうか」


「まぁ美味しそうです。これはポーリアさんが?」


「はい、子供たちにも手伝ってもらいますが」


「ニーアお野菜洗ったのー!」


「まぁ、ニーアさんは働き者なのね」


「ボクもー!」


「ワタシもー!」


「みなさん、ポーリアさんを手伝って、偉いですね」


サクヤの言葉に子供たちは得意そうに笑った。


「では、我々を慈しみ、お導きになる天の神、その御使いたる天帝様、今日一日の糧をお与え頂いたことを感謝いたします。いただきます」


ポーリアが握った左手に右手を被せるようにすると子供たちもそれに倣う。

サクヤやイヌイ、そしてエンも同じようにしたのを見てギタンも倣った。


「いただきまーす」


子供たちは一斉に木の椀に入った煮込みにむしゃぶりついた。


「まぁ美味しいです」


ひと匙口に入れたサクヤが驚きの声をあげた。


「ありがとうございます」


「うむ、これは良い味付けだ」


「こりゃ宿屋顔負けだね」


「おかわりも沢山ありますので遠慮なくおっしゃってください」


「では頂こうか?」


「若さまはやい! はやいよ!」


「わたしもー!」


「ボクもー!」


ギタンが無遠慮に椀を出したのを見て子供たちもそれに倣う。


「はいはい、順番ですよ」


「こうしてみるとギタン殿も大きな子供みたいだな」


「うふふ、そうですね」


その時、表の戸を叩く音が聞こえた。


「何だ、又あの連中か?」


「あ、いえ、違います。私が出ますので」


ポーリアは慌てたように玄関に駆けていき、戸のそとに二言三言声を掛けて戻ってきた。


その顔はさっきまでの笑顔が消え、沈んだ面持ちに変わっていた。


「皆さん、申し訳ありませんが街で病人が出た様なのでこれから治癒に行ってまいります」


「え? これからですか?」


「はい、これも大事なお勤めですので……」


「てか、ポーリアさんって聖魔導士だったの?」


「はい、ネルフィティカ神皇国で修行をしていました」


「そうですか。でもこの夜道は大変でしょう。イヌイをお供に付けましょうか?」


「い、いえ。何時もの事ですし、お客様のお手を煩わせるわけには参りません。でも……出来れば子供たちの相手をして頂ければ」


「いいですよ」


「では、お願いいたします」


迎えにきた瀟洒な馬車に乗り込み、ポーリアは孤児院を後にした。




「こうして悪いおうごんのりゅうを倒したてんていさまに、りゅうは『われのまけじゃ、やくそくどおりおまえのけらいになろう』といいました。……あら、皆寝ちゃいましたね」


子供たちの大部屋で散々遊んだ後に最後はサクヤの寝かせ話で子供たちは皆寝てしまった。

ニーアはサクヤに抱き付いたままだ。


「みたいですね」


子供達に混ざるようにイヌイとエンも眠っている。

子供達の相手をして疲れたのだろう。


「ギタン殿は初めて見るのに子供の相手がお上手でしたね」


「山で動物と良く遊んでいたからでしょうかね」


「まぁ、どんな遊びを?」


「力比べとか、走り比べとか」


「うふふ、楽しそう」


「さっきのお話は何なのです?」


「私が小さい頃から聞かされてきた天帝様のお話です」


「そうですか」


「では私達も寝ましょう」


サクヤは燭台の灯を吹き消した。


〈……悪い金の竜か……爺……〉




ポーリアが戻って来たのは翌日の明け方近くだった。


馬車を見送るその顔に、疲労の色を濃く浮かべていたポーリアに声が掛かった。


「おかえりなさい、ポーリアさん」


「えっ!」


驚いて振り向くとそこにギタンとエンが立っていた。


「ギ、ギタンさん……エンさん……こんな早くにどうしたのです?」


「これから少々、調べたいことがありまして、出かけてきます」


「調べたいこと……ですか」


「まぁ、大したことでは無いんだけど、今晩の宿と乗合馬車も手配しなくちゃだからね」


ギタンの言葉をエンが補足する。


「そうですか……」


ポーリアは心配そうな表情を浮かべる。


「では、昼までには戻りますので、二人をお願いします」


「は、はい……お気を付けて……」



ポーリアに見送られてギタンとエンはニーアの言っていた山の方へ向かった。

険しい山を物ともせずに二人は駆け抜けていく。


「やっぱりだ」


谷の底を切り開いた畑一面に白い花が咲き乱れていた。

丸太で組んだ門は草でカモフラージュしてある。


「かなり大々的に栽培してる……あの子が取ってきた花は種が風で飛ばされたんだろうね」


脇にある小屋の前に停めてある荷馬車に男たちが刈り取ったシギフ草を積んでいる。


「あれは……」


「エン、声を出すな」


「若さま、何……」


そこでエンは言葉が詰まった。

後ろにただならぬ気配を感じたからだ。


二メルテ約二メートルはある巨大な野ブタが背後で二人を睨んでいた。

野ブタといっても口から生やした牙はイノシシに近く、イノシシより遥かに大きく狂暴で知られている。


「いいか、振り向いた瞬間を狙って襲ってくる。振り向くなよ」


エンは首をブンブンと縦に振った。

もし畑の入口を見張ってるゴロツキ共に見つかれば大騒ぎになる。


ギタンが向きを変えると同時に野ブタが跳躍するように突進してきた。


だが、ギタンは顔色一つ変えずに突進をかわすと、野ブタの頭頂部を拳でたたく。

野ブタは悲鳴一つあげずにその場で倒れた。


「うはぁ、素手で野ブタを倒した人、初めて見たよ」


「そうか? いつも獲っていたからなぁ」


「いつも……」


唖然としているエンを尻目にギタンは並の大人ではとても持ち上げられそうにもない大きさの野ブタを軽々と担ぎあげた。


「ちょちょ! どうするのさ! それ!」


「持って帰ってみんなに食べさせてやろうと思ってな」


「はぁ……じゃぁオイラはあの馬車を追って、ついでに宿と乗合馬車の手配をしてから戻るよ」


エンはなかば呆れたように言うと、荷台を布で覆った馬車を追って駆けだしていった。




「うっわー!」


「すっごーい!」


「おっきーい!」


野ブタを囲んで子供たちが驚きの声をあげている。

ギタンは途中の川で血と内臓を抜いて運んできた。


「それじゃあ」


自分の剣を抜いたギタンは慣れた手つきで解体していく。


「すっごーい!」


「スパスパーッ!」


「スパスパー!」



子供たちはギタンの剣が野ブタを切り分けるたび驚きの声をあげる。

あっという間に解体された野ブタの大部分は樽に塩漬けにされた。


残りの肉は塩と途中で採ってきた香草を刷り込んでから、予め取っておいた網状の脂にくるんで大ぶりかつ厚手の葉に巻き焚火にくべる。


「凄いですわ、これもお爺様に習ったので?」


「ええ、山にいた頃はいつもこうして爺と二人で食べていたんです」


「お爺様は博識なのですね。やはりエンのいう通り、何処かの貴族だったのでしょうか」


「さて、どうでしょう」


「ただいま~あ~良い匂い~」


疲れた声を出しながらエンが帰ってきた。


「駄目だぁ、ヘラス団の奴らが手をまわしてるのか宿も馬車も全然取れなかったぁ」


「まぁ……」


「それは弱ったな……」


「あの、もしよろしかったら今日も是非お泊りになっていってください」


考え込んでたサクヤ達にポーリアが言った。


「でもそれでは……」


「こんなにお肉も頂きましたし……子供たちも喜びます」


「サクラお姉ちゃん泊ってー!」


「泊ってー! お話の続きー!」


「づつきー!」


「そうですか、ではお言葉に甘えさせて頂きます」


「やったー!」


「やったー!」


ニーアたちがサクヤの周りをぐるぐる回りながら歓声をあげた。



その晩の食卓にドンと焼きあがった野ブタの肉が鎮座する。


「すごーい!」


「美味しそー!」


「いいにおーい!」


ポーリアが切り分け、皿に乗せて焼き汁に蜂蜜と酒を混ぜて煮詰めたソースを掛ける。


「おいしー!」


「おいしー!」


「ほひひー!」


「みんなに喜んで貰って何よりだ」


ギタンの表情を見てサクヤは口の端に笑みを浮かべた。



その日の晩もポーリアは瀟洒な馬車に乗って出掛けて行った。


「街に出たついでに色々調べたんだけどさ、正式な神官様はちゃんといるんだよね」


皿を洗いながらエンはサクヤに言った。

子供たちはイヌイと騎士団ごっこの真っ最中だ。


「ではポーリア殿は……」


「多分モグリだと思う……それはともかく、シギフ草の行先も分かったよ」


「何処なのです?」


「ここの代官の士族、ラビーク公の屋敷だよ」


「代官の! まさか……」


「代官?」


「もう、若さま博識なんだか無知なんだか。代官はね、郡を治めている士族様の事だよ。ここは州都だけどちゃんと代官もいるのさ」


「なるほど、そいつが親玉というわけか」


「うん、恐らくアへルタンを作ってるのもそこだね。で、明日浮揚船が出発予定なんだ」


「つまり……」


「明日出荷されるって事だね」


「そうですか。では明日の朝、その現場を押さえましょう」


「わかりました」


「うん!」


サクヤの言葉に合わせ、ギタンとエンが頷いた。

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